第23話 <少年の成長>

文字数 1,257文字

なんと、サプライズの4曲目があるとは。

「恥ずかしいから英語の歌にしました、和訳は後で調べて」

そう言って、賢斗は私と里美に視線を送った。

「4曲目、ジョン・レノン『Woman』」

しっとりとした亨のギターのイントロが流れ出す。

「Woman」はラブソングではあるが、
女性全般に送るエールのような歌でもある。

ゆったりと優しい声。

その声は愛と敬意に満ちていて、
暖かな音の波動が体に染み入る。

賢斗、ここに来た時よりも明らかに顔つきや空気感が変わっている。
硬く閉ざしたハリネズミだったのに、
今は賢斗自身の中から聞き手に光を届けている。

子供っていつのまにか成長するものなんだな。

曲が終わる頃には、涙で顔がべたべただった。

里美も鳴咽して泣いていた。

涙と一緒にいつしか私が長年抱えていた黒い感情も
完全に洗い流されていた。

リサイタルが終わり、常連客たちも

「素晴らしかった!!」

と、賢斗の周りを取り囲んだ。

「サイコーだな!
これ、動画サイトにアップしていい?」

亨が賢斗に言った。

「ぜひ!」

賢斗はキラキラと光を纏いながら笑った。

その様子を目を細めて見ていると、

「小夜子さん」

と賢斗が近づいてきて声をかけてきた。

「カフェラテ、飲まない?」

そして照れ臭そうな顔をしながら

「母さんも」

と言った。

「え? 今、何て……」

里美は驚いたような顔で賢斗を見た。

私と里美はカウンターに座り、
賢斗はエスプレッソマシンの前に立った。

しばらく待つと、二つのカップをトレーに乗せて、
「はい」と私たちの前に置いた。

「わぁ、素敵!」

カフェラテの表面にはきれいなリーフ模様が描かれていた。

「めっちゃ練習してできるようになった」

そう言って笑った。

「もうどこのカフェでも通用するよ」

私も笑った。

この子の中に、私の何かが残せた。

そんな事がこのカフェラテのように、あたたかく優しかった。

「里美、今日の賢斗を見て感じるもの、あったでしょう?」

私は隣の里美に言った。

「うん」

「勉強以外の大事なものって、こういう事じゃないのかな?」

「うん、やっとわかった気がする」

そう言って里美はまた涙をぬぐった。

その後お客たちはそれぞれ店を後にし、
閉店後の店で、賢斗は頭を下げた。

「お世話になりました」

「はい、それじゃこれ今月分のお給料」

そう言って封筒を手渡した。

「荷物はダンボールに詰めたから、発送だけお願いします」

賢斗は言った。

「了解」

私が言い、

「それじゃ」

と言って賢斗は店のドアに立ち、
深々と一礼をして出て行った。

「寂しくなるねぇ」

亨がしみじみと言った。

「で、寂しいついでになんだけど……」

申し訳なさそうに亨は続けた。

「俺、明日香と一緒に暮らすことになって……
仕事もちゃんと地に足のついた職を探そうと思ってるんだ」

「え! そうなの!?」

「うん、あ、でも次のスタッフが見つかるまでは店手伝うから!」

「そうか…… でもまぁ、あんたの幸せのためなら私は祝福するよ!」

そう言って笑った。

笑ったけれど……。

急にひとりぼっちか……。

何だかしんみりした気持ちになって、
賢斗の荷物の入ったダンボールをそっと撫でた。

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