第7話 <三人の食卓>

文字数 1,817文字

「はー、飯! 飯!」

どこかに出かけていた亨が戻って来た。

「あれ? あの子は?」

「コインランドリーに行った、たぶん」

「ふーん」

そう言ってテーブルにあった茹でたてのとうもろこしをかじった。

「前から思ってたけど、小夜姉ぇって結婚考えた事ないの?」

「あるよ、そりゃ
でも人生うまく行かない事もある」

亨はとうもろこしにかぶりつきながら続けた。

「圭介さんって高校から付き合ってたの?」

「そう、里美も同じクラスで、よく三人で遊んでた
私は大学に行ってもやりたい事なかったから、
大学には行かずに料理の専門学校に行って、
あの二人はそのまま同じ大学に進んで……
今思えばそれが運命の分かれ道だったのかな……」

「小夜姉ぇは決めたら脇目も振らずにまっしぐらだからな」

「そうだね、でも……」

少し間をおいて続けた

「まっすぐなのがいい事なのかどうかわからなくなる時もある
私、あんたにも好きな事やんなさいって言ったけど、
それで失うものもある。
だから自分にとって何が大事かって、ちゃんと見極めて行動しなさいよ」

「なんだよ、結局最後は説教かよ」

亨は口を尖らせて憮然とした。

するとダンダンと階段を上がる音がして、賢斗が帰って来た。

「お! 少年! おかえり!」

亨が言うと

「どうも」

と頭を下げた。

「早速だけどちょっと手伝ってくれない?」

私は賢斗を台所に呼んだ。

「今日は豚汁にするから、野菜切ってくれる?
あ、包丁使った事ある?」

「ない」

「それじゃ、これを機に練習!」

そう言って包丁の持ち方から教えた。

「添える左手は丸くして、指に当てるように包丁を当てて……」

ダンッ!

と音がして人参が切り落とされる。

見ていてハラハラする手つき……。

でもこの指…… 指までそっくりなのね……。

私が欲しかったもの……。

思わずその指から目をそらした。

今夜は私と賢斗と亨、三人の食卓だ。

賢斗がお椀に口をつけて豚汁をすする。

「どう? 自分で切った野菜の入った豚汁は」

不恰好な野菜たちがごろごろしている豚汁だったけど、
賢斗は「うまい」と言った。

「賢斗はさぁーー 部活とかやってんの?」

亨が聞いた。

いきなり呼び捨てかい!
と突っ込みたかったが、男同士だしまぁいいか。

「中学の時はバスケ部
バスケとかやったら箔が付くかななんて思って入ったけど、
ノリが合わなくて幽霊部員だった。
高校からはやってない。
でも一年の時バンドやってた。」

「へー! バンド!! 楽器は?」

「楽器はやんね。 ボーカル」

「すげー! ボーカル!?」

「でももうやめた
ババァがそんな不良まがいな事やめろって、
仲間にも俺を引き摺り込むなって言ったんだ」

「え? そんな事したの?」

「あの人はあの人の世界を完璧に作り上げたいんだよ。
俺のことなんてただのババァ劇場の登場人物くらいにしか
思ってねぇんだよ」

「少し…… 聞いてもいい?」

私は聞いた。

「どんな生活だったの?
言いたくなかったら言わなくていいけど、
あなたのこと少しは知らないと、
私たちもどう接していいかわからないのよ」

賢斗は静かに口を開いた。

「ババァはさ、いつだって部屋もピカピカに磨いて、花を飾って
優しい綺麗な母親、そんな自分を崩したくなかったんだ」

私と亨は黙って賢斗の話の続きを待った。

「俺にも完璧な息子を押し付けて
中学受験するんで小学校から友達とも遊ばず勉強漬けで
去年やっとできたバンドの仲間も取り上げられて、
学校行っても楽しいことなんてないし、
バンド仲間とも話合わなくなって離れちゃったし
何だか、何のために生きてるのかわかんなくなった」

この子もこの子なりにいろいろある中で生きてきたのね……。

実態のない、私を苦しめる存在だった
顔も知らない圭介と里美の子供が、
今リアルに目の前に存在しているひとりの人間なんだという
実感が湧いた。

「まぁ、うちは見ての通り、
おしゃれともセレブとも程遠い家だけどさ、
気楽なのは保証するから、ゆっくりしてけよ!
俺も弟分ってだけじゃなく、
音楽仲間ができそうでテンション上がった!!」

「何かやってるんですか?」

「俺も昔バンドやっててギター担当だったんだ。
ずっと売れなくて解散しちゃって今はフリーターだけど……」

そう言ってちらりと私の顔を覗き込んだ。

「まぁ、どうあれ私は好きな事をやるのは賛成派だから」

私が言うと

「そう! 
自分の好きを素直に出した方が人生上手くいく!!」

自分にも言い聞かせるように亨も言った。

「そのうちセッションしようぜ!」

亨がそう言うと賢斗の表情に少し明るさが見えた。

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