第22話 <8月31日>

文字数 1,881文字

リサイタルが数日後に迫った夜、
賢斗がプリント用紙を手にしながら、歌詞を再確認していた。

「曲決まった?」

「うん」

「楽しみだわね」

そう言って笑うと、

「あのさぁ」

と、賢斗が言った。

「俺、大人って何でもできて、何でもわかってる風な顔して、
俺らとは全然違う生き物みたいに思ってたけど、
大人もカッコ悪い所だらけだな」

「そうね。」

「いつも上から目線でああしろこうしろ言うけど、
自分らもわかってない事いっぱいあるじゃんって思う」

「そりゃそうだよーー、一生わかんない事だらけじゃん?
大人も必死でもがいてあがいて幸せに近づこうって頑張ってんのよ」

「うん、でもさ、何だかほっとしたんだ。
大人も俺らとそう変わんない事に。
なんかわかんないけど『しょうがねぇなぁ』って気持ちになった」

「そうそう、悩みの質は違うかもしれないけど、
大人も子供も一緒、同じ人間なの」

「わかってくれないって思ってたけど、
見えてないのはこっちも同じだったのかもな……
自分の見方が変われば世界は変わるって本当かも」

そしてプリントアウトした歌詞に目を落としたまま賢斗はこう続けた。

「俺、家に戻るわ。
夏休み終わったら学校行くよ」

「え?」

「自分の武器をたくさん揃えるには、
学校の勉強も武器のうちだもんな」

賢斗はそう言ってこちらを見て笑った。

「だからバイトも今月いっぱいで!」

「そう」

良かった…… と言うべきなんだろけど、
何だか心がきゅんと痛んだ。

「俺、最初ここに来た時さ、
早川って人なら何かわかってくれんじゃないかって思って。
親が喧嘩してる時に出てくる早川って人のイメージがさ、
なんか嫌いじゃなかったんだ」

私はその話を聞いて目を丸くした。

「ここに来て良かった、ありがとう」

賢斗はまっすぐに私を見て言った。

目の奥が熱くなるのを感じたが、

「そう、あんだけ最初噛み付いてきたくせに!」

と毒づいて、

「お風呂入ってくる!」

と、その場を離れた。

シャワーを浴びながら、
お湯なのか涙なのかなんだかわからないまま、髪を洗った。


8月31日。

リサイタルに集まった顔ぶれは、10人ほどの常連客と、
時田さんと萌ちゃん、八重子、
明日香さんとその娘さん、里美と圭介。

ドラムとベースは打ち込みだったが、
亨はエレキギターと音響機材もちゃんと用意してくれて、
本格的なライブさながらと言った雰囲気だった。

「今日はお集まりいただきありがとうございます。
わずかな時間ですが楽しんでいって下さい」

さすが、バンドのボーカル経験者ということもあって、
MCは流暢だった。
オーラさえ感じる。

「今日は3曲やります。
1曲目は来ていただいたみなさんへ、
2曲目は今僕が好きな子へ、
3曲目は僕自身へ歌います
それじゃ、1曲目、ブルーハーツ『人にやさしく』」

そう言って亨に目配せした。

出だしから賢斗の声量がぐっと観客の心を引きつけ、
アップテンポのビートが観客たちの気持ちを躍らせた。

ブルーハーツの曲は、
尖った雰囲気だがその中には優しさが詰まっている。

お客さんたちも声を合わせて歌い、場が一体となった。

軽快なリズムに合わせて体を揺らす賢斗が小気味良く、
みんな手拍子をしたり、中には飛び跳ねている人もいた。

一曲目が終わり、

「ありがとうございました。
みんなで歌うと楽しいですね」

そう言って賢斗は生き生きした表情で笑った。

「それでは2曲目、今僕の好きな人へ
back number(バックナンバー) 『オールドファッション』」

次は軽快なテンポの爽やかな曲。
途中のファルセットが透明感のある世界観を醸し出す。

大事な人との出会いが自分に足りなかったものを教えてくれた。

そんな歌だ。

その歌を賢斗は曇りのない瞳で歌い上げ、
萌ちゃんはまっすぐ聴いていた。

賢斗、ここに来てまだ一ヶ月ちょっとだけど、
顔つきに優しさが見えるようになった。

それは萌ちゃんのおかげでもあるのだろう。

「ありがとうございます。
では3曲目、僕自身へ歌います。
King Gnu (キングヌー)『Teenager Forever』」

これは疾走感のある軽快なリズムの若者らしい曲だ。

迷いや悩みの多い十代の気持ちを表している歌。

でも、そんな中でも煌めきを見つけて
進めと言うメッセージが込められている。

これからの決意表明だろうか。
いろいろな思いを突き抜けた、そんな強さが目に宿っていた。

三曲を歌い終わるとパチパチと大きな拍手や
ヒュー!と言う口笛なども聞こえた。

「ありがとうございます!」

賢斗は晴れやかな顔をしていた。

「3曲って言いましたが、実はサプライズでもう1曲追加しました。
ラブソングっぽい曲だけど、
二人の女性への感謝とリスペクトとして聞いて下さい」

賢斗は意味深にニコッと笑った。

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