第29話 死者が麗奈を返還する

文字数 1,675文字

 だが話の展開は、まだ終わらなかった。
 そのとき、突然ピーッ、ビーッ、ピーッ、ビーッと、非常に不穏(ふおん)な警告音のようなものが、鳴り響いた。
 俺も大津も何事かと身構え、音の出所を探した。
 音は単に天井付近の、スピーカーから出たものだった。
 だがそこで、何と御所園(ごしょぞの)美姫(みく)の声が、聞こえ出したのだ。
『今、あたしのこの声を聞いているという事は、あたしの身体はまだこの部屋にあって、でも、あたしの心肺機能は停止したという事ね。バイオテクノロジーを使った、仕組みを作っておいたの。……残念だけど、仕方が無いわ。それで、短く話すわね。まず理事長机の上の電話のボタンで、♯を長押しした後、0239と押してみて』
 飛びつくように、大津がそうした。
 すると「プシュー」と言う音とともに、理事長机の後ろの装飾本たちの一角が、ゆっくり前にせり出してきて、そこには白銀色の男女のスキーウェアと、真夏の海辺用の男子の水着と、女子のビキニが、一着ずつ格納されていたのだった。
『ごめんなさい。詰まらないものを出して。これはね、昨日大津くんの好きな色を聞いた後、駅ビルの有閑堂書店の上の湘南スポーツ、あそこはうちの系列なの、あそこから取り寄せた、水着とスキーウェアなの。あたし、最後の最後まで、大津くんと愛し合いたかった…。許してね。大津くんのサイズに合うはずよ。そして、あたしはいつもハイヒールを()いていたけど、本当の身長は162だから、麗奈ちゃんと、ほとんど変わらないの。これ、あたしのかわりに、麗奈ちゃんと二人で着て、楽しんで来てほしいの。一生のお願いね。死んだ私からの』
 そこまで言うと死者である美姫お嬢の声は、言葉が大津の心に染み渡るのを待つように、10秒くらい止まった。
 それから、
『それでは次に、♯を押して、0207と押してちょうだい。大津くん、さようなら。これからも、頑張ってね』
 また大津が目にも止まらぬ速さで、番号をプッシュする。
 すると今水着とスキーウェアが出てきた隠し空間のすぐ隣、4倍くらい開口部が大きいところから、最後の秘宝が出てきた風の大きな「プッシュ―」という音と風圧がして、装飾本棚が開き、ビロードの内張りをした格納スペースが、ゆっくりとせり出してきたのだった。
 そこには、我が妹の麗奈が、猿轡(さるぐつわ)をされ、両手両足を縛られて、横たわっていた。(ああ、麗奈が見つかった、助かった)と思った瞬間、俺は安心して力が抜け、その場にヘナヘナと座り込んだ。
 大津が麗奈を抱き上げて床に下ろし、すぐに猿轡と縄を、(ほど)いた。
「麗奈ちゃん、もう助かったよ、大丈夫、遅くなってごめんね」
「大津くん、(一瞬こっちを振り向いて)お兄ちゃん、ありがとう」
「どう? 大丈夫?」
「ちょっと(のど)が、渇いちゃった…」
「今これしかないけど、飲んで」
 大津は自分が一口飲んだ(ふりをした)ワインを持ってきて、「これはやはり、やめとこう。万が一ってこともあるし」と言って戻し、俺のワイングラスも持ち掛けて止め、ワインボトルを手にし、その口から直接麗奈に飲ませた。
 麗奈はゴクゴク、と喉を鳴らせて、美味しそうに、少し未成年飲酒した。
「…どう? 落ち着いた?」
「うん…。でも、大津くんが来てくれて、本当に嬉しい」
「この前言ったろう? 僕はオーツー、麗奈ちゃんの酸素(さんそ)になるって。もう君は僕無しでは、一生生きていけないよって。ずっと、守ってあげるからね。約束したろ?」
「うん…。オーくん、ありがとう…」
「麗奈ちゃん…」
 そこで二人は、「未成年飲酒」や「未成年喫煙」をはるかに上回る重罪である「未成年抱擁」並びに「未成年チュー」という極悪極まりない破廉恥(はれんち)犯罪を、涙を流しあい、抱き合いながら、したのであった。身も蓋もない言い方をすれば、ベロチューであった。
 俺は脳内で大津に死刑判決を言い渡し、奴の頭をチェーンソーで2つにパッカーン切断するシーンを想像しつつ、(はらわた)をグツグツと煮え繰り返しつつ、少しだけ我慢して…、そのあとキスを止めさせた。もうなんか本当に俺は疲れていて、疲労困憊(ひろうこんぱい)、言葉が上手く出てこない感じだった。
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