第20話 由紀きゅんの独り言①
文字数 2,100文字
いつものように朝早くから駅ビル2階のあたしの勤め先に入った。
あたし、由紀きゅんは、この勤め先・有閑堂書店の店長である。
2階から4階までがうちの本屋のエリアで、駅ビルは16階建てだ。
8階から上はホテルエリア。そこまでは飲食店やフィットネスクラブや100均や楽器店やゲーセンやスポーツウェア店やら、下々の生活を支えるどうでもええような(内緒)商業店さんたちが、雑然と入っているビルだった。めでたし、めでたし。
帳合 はトーハンさん。いつもお世話になってます。そんなことは思い出さなくてもええ。
朝の確認作業を一通り終え、狭い店長室(女性のワイが店長だから、戸締りちゃんとしてる)から秘密エレベーターで、地下3階の地域セル拠点まで下りてゆく。
地下3階と言っても、地下2階とは100メートルくらい隔たれていて(どんだけよ)、どんな地中貫通爆弾 をも無効化する防御施工が、なされている。
着いた。パチンと照明スイッチを押す。巨大な体育館のような光景が広がる。まばゆい広大な白亜の床。すぐ稼働が始まる施設じゃなくて、機材はまだまだ設営の途上だ。そんなには無い。
100以上のデスク、パソコンは75台くらい。専用機材の導入は、これからの課題っす。普段はワイしか出入りしない。
ここは、もしも我が国が外的勢力の侵攻をされた時に、万が一内的勢力の売国加担があって拠点制圧を受けた場合の(もしくは主要施設が壊滅的痛撃をされた場合の)一時避難的な「最後の砦」的に、極秘裏に展開され始めた、地域セル施設だ。警視庁と防衛省の共同事業だが、知る者はごく少数だ。
万が一の時には、総理大臣でも、なんなら、もっとやんごとなき口に出すのも憚られる、日本国の至宝の存在たる恐れ多いお方をも、お導き奉っちゃう可能性のある、ラストリゾートの向こう側のような、我が国渾身の、究極の最終拠点なのである。地方に今10くらいある。
なーんちって。固い話はこんくらい。
はー、だりー、だりー。
昨日はうちに帰ってみたら、誰もいねーでやんの。娘が敵に取っ捕まったって連絡があった。娘の部屋に行ってみたら、閃光弾かなんか撃ち込まれたみたいで、部屋中ボロボロ。娘は地域セルのメンバーでもある。だが今は共同内偵してる警視庁高校の刑事比定から、「手荒な真似はされない見込みです」って分析が来てるから、安心してる。あの子は相当の腕っこきだって、評判だからねえ。
しかもずぶの素人であるうちのバカ息子まで、その刑事比定ちゃまと行動を共にしてるとかで、家を空けていた。まあ大丈夫でしょう。あたしゃ肝が据わってんだ。こういう時にジタバタしない。ドーンと行こうやって、構えられる女だ。ただ単に鈍いだけかも知らんがね、由紀きゅんは。でも「鈍感力」って言うでしょ。
あたしは気を落ち着けようと、別の事を考えることにした。息子の進路。あー、三者面談とか近いうちにあったっけ。よく覚えてないけど。「現役では慶心か和瀬田に、まかり間違えば行けるくらいの模試結果」とか本人はゆってる。ハアアア? ウケルー! 馬鹿すぎるやろお前、頭痛いだろママは! 男なら、現役で東大法学部か医学部くらい鼻歌混じりで楽々入れや、おめえの父ちゃんみたいに! 当たり前に! 誰が産んだんだ、おいコラ、すかたん!
トイレの中で「現役で大学行くのは、もう諦めた。僕、サッカーしてたもん…。ああ、もう死にたい…」とか、情っさけない小声で弱音の独り言を呟いてたのを、ママは偶然、聞いてしまった。
アイタタッ、胃が痛い。胃薬は? 胃薬はどこ?
受験生の母親とか、なるもんじゃねーな、ホント。
ま、あたしは二浪して慶心だけどね。多浪女子様だ!
娘の部屋に照明弾ぶち込まれて拉致されんのも、勘弁だけどな。
あたしはどうせ主人に先立たれた、可哀想な未亡人ですよーだ!
どんだけよ、どんだけ踏んだり蹴ったりの人生なのよ、ワイは。
…そこのけ、そこのけ、悲惨女子様の、お通りだ!
文句あるか! ないよね? ハー。
ま、それはいいとして。
ああ、やっぱり最後に思うのは、お父ちゃんの事だ。あたちの大好きな、大好きなお父ちゃん。3年ほど前に癌で星になっちゃった我が夫。あたしを置いて先立ったことだけは、超絶バカヤローだけど、あたしの心は今も、あの人から1ミリも動いていない。
なんであの人はあんなにも素敵で、優しくて、あたしの心をこんなにも絞めつけ続けるんだろう、今も…。
もう一回、もう一回でいいから、あの人に会いたい…。あの人に抱きしめて欲しい…。
早い話が、あたしは(早く死にたい)だけが本心で、この世を生きている、捨てバチ猫だ。お父ちゃんと一緒に、永遠に暮らしたい。どれだけ毎日、そう思っている事か…。でも死ぬ勇気はないから、人生投げてるけど、一応生きてるんだ。息子と娘もいるしね。
でも映画「東京物語」で主人公の紀子が「きっとまだ何かあると思ってしまっている」とか言ったけど、そう少しだけは、思っているのよ。…でも基本は、もうこの世なんかどうでもいい、詰まんないし、早く死にたいって思ってんのよ、由紀ちゃんは。
あたし、由紀きゅんは、この勤め先・有閑堂書店の店長である。
2階から4階までがうちの本屋のエリアで、駅ビルは16階建てだ。
8階から上はホテルエリア。そこまでは飲食店やフィットネスクラブや100均や楽器店やゲーセンやスポーツウェア店やら、下々の生活を支えるどうでもええような(内緒)商業店さんたちが、雑然と入っているビルだった。めでたし、めでたし。
朝の確認作業を一通り終え、狭い店長室(女性のワイが店長だから、戸締りちゃんとしてる)から秘密エレベーターで、地下3階の地域セル拠点まで下りてゆく。
地下3階と言っても、地下2階とは100メートルくらい隔たれていて(どんだけよ)、どんな
着いた。パチンと照明スイッチを押す。巨大な体育館のような光景が広がる。まばゆい広大な白亜の床。すぐ稼働が始まる施設じゃなくて、機材はまだまだ設営の途上だ。そんなには無い。
100以上のデスク、パソコンは75台くらい。専用機材の導入は、これからの課題っす。普段はワイしか出入りしない。
ここは、もしも我が国が外的勢力の侵攻をされた時に、万が一内的勢力の売国加担があって拠点制圧を受けた場合の(もしくは主要施設が壊滅的痛撃をされた場合の)一時避難的な「最後の砦」的に、極秘裏に展開され始めた、地域セル施設だ。警視庁と防衛省の共同事業だが、知る者はごく少数だ。
万が一の時には、総理大臣でも、なんなら、もっとやんごとなき口に出すのも憚られる、日本国の至宝の存在たる恐れ多いお方をも、お導き奉っちゃう可能性のある、ラストリゾートの向こう側のような、我が国渾身の、究極の最終拠点なのである。地方に今10くらいある。
なーんちって。固い話はこんくらい。
はー、だりー、だりー。
昨日はうちに帰ってみたら、誰もいねーでやんの。娘が敵に取っ捕まったって連絡があった。娘の部屋に行ってみたら、閃光弾かなんか撃ち込まれたみたいで、部屋中ボロボロ。娘は地域セルのメンバーでもある。だが今は共同内偵してる警視庁高校の刑事比定から、「手荒な真似はされない見込みです」って分析が来てるから、安心してる。あの子は相当の腕っこきだって、評判だからねえ。
しかもずぶの素人であるうちのバカ息子まで、その刑事比定ちゃまと行動を共にしてるとかで、家を空けていた。まあ大丈夫でしょう。あたしゃ肝が据わってんだ。こういう時にジタバタしない。ドーンと行こうやって、構えられる女だ。ただ単に鈍いだけかも知らんがね、由紀きゅんは。でも「鈍感力」って言うでしょ。
あたしは気を落ち着けようと、別の事を考えることにした。息子の進路。あー、三者面談とか近いうちにあったっけ。よく覚えてないけど。「現役では慶心か和瀬田に、まかり間違えば行けるくらいの模試結果」とか本人はゆってる。ハアアア? ウケルー! 馬鹿すぎるやろお前、頭痛いだろママは! 男なら、現役で東大法学部か医学部くらい鼻歌混じりで楽々入れや、おめえの父ちゃんみたいに! 当たり前に! 誰が産んだんだ、おいコラ、すかたん!
トイレの中で「現役で大学行くのは、もう諦めた。僕、サッカーしてたもん…。ああ、もう死にたい…」とか、情っさけない小声で弱音の独り言を呟いてたのを、ママは偶然、聞いてしまった。
アイタタッ、胃が痛い。胃薬は? 胃薬はどこ?
受験生の母親とか、なるもんじゃねーな、ホント。
ま、あたしは二浪して慶心だけどね。多浪女子様だ!
娘の部屋に照明弾ぶち込まれて拉致されんのも、勘弁だけどな。
あたしはどうせ主人に先立たれた、可哀想な未亡人ですよーだ!
どんだけよ、どんだけ踏んだり蹴ったりの人生なのよ、ワイは。
…そこのけ、そこのけ、悲惨女子様の、お通りだ!
文句あるか! ないよね? ハー。
ま、それはいいとして。
ああ、やっぱり最後に思うのは、お父ちゃんの事だ。あたちの大好きな、大好きなお父ちゃん。3年ほど前に癌で星になっちゃった我が夫。あたしを置いて先立ったことだけは、超絶バカヤローだけど、あたしの心は今も、あの人から1ミリも動いていない。
なんであの人はあんなにも素敵で、優しくて、あたしの心をこんなにも絞めつけ続けるんだろう、今も…。
もう一回、もう一回でいいから、あの人に会いたい…。あの人に抱きしめて欲しい…。
早い話が、あたしは(早く死にたい)だけが本心で、この世を生きている、捨てバチ猫だ。お父ちゃんと一緒に、永遠に暮らしたい。どれだけ毎日、そう思っている事か…。でも死ぬ勇気はないから、人生投げてるけど、一応生きてるんだ。息子と娘もいるしね。
でも映画「東京物語」で主人公の紀子が「きっとまだ何かあると思ってしまっている」とか言ったけど、そう少しだけは、思っているのよ。…でも基本は、もうこの世なんかどうでもいい、詰まんないし、早く死にたいって思ってんのよ、由紀ちゃんは。