第5話 絶対女王…御所園美姫登場!

文字数 2,686文字

「ワン、ワン!」ニコニコ丸が俺に()えてみせる。この犬は犬にしておくのが勿体(もったい)ないほど性格が良く、みんなに好かれている人気者だ。もとい人気犬だ。
 今も俺に、愛想(あいそ)を見せてくれた。
 と思ったらそれは間違いで、出たー! 最終ボスキャラ登場。
 ニコニコ丸が今愛想を振りまいたのは、グラウンドの横を通りかかった、我が校の絶対プリンセスの御所園(ごしょぞの)美姫(みき)さまだった。
 相変わらずオーラが凄い、オーラがもう酷い。
 当学園の創設者・理事長の血筋にして、両親早逝(そうせい)で現役JK(言い方はしたないかな?)つまり現役の当校生徒にして、理事長代理。しかも全国の完全トップ頂点におわします、あの国立か、あの私立の医学部に合格A判定しか出さない全国模試結果。
 ブイブイ言わせるオーラ(オーラまた言った)。学校のジャケット制服着てるのに、極端(きょくたん)華麗(かれい)に見える。薄く口紅とかアイシャドウをして、ヒールの高いパンプスはいて、胸元にネックレスしてるのは、校則違反のような気もするけど、誰も何も言わない。
治外法権(ちがいほうけん)」「絶対領域(ぜったいりょういき)」「不可侵(ふかしん)聖域(せいいき)」「特例措置(とくれいそち)」といった言葉とは、こういうものなのか。御所園美姫さまを見ていると、しみじみと感じざるを得ないのである。
 身長も高くてスタイル抜群、和洋折衷(わようせっちゅう)怜悧(れいり)な顔立ち。湘南宝光学園の奥にある瀟洒(しょうしゃ)な洋館は、彼女の居宅である。学園理事長館。
 彼女は女王様だ。だが、それでいて性格もそんなに悪くはなく、ただ高貴なご身分、高嶺(たかね)の花みたいな存在なので、庶民(しょみん)が気安く話しかけられないだけの人だ。俺はC組で彼女はA組なのであまり良く知らないが、クラスの1軍みたいな女子が3人、彼女の取り巻き・お付きの人みたいに、いつも同行している。
「あっ、お嬢様、お疲れ様です!」
「理事長、ご機嫌(きげん)(うるわ)しゅう!」
(あんたたち今の今まで、凄絶(せいぜつ)に口汚く、いがみ合ってたやろが!)という俺の心の声など()ねのけて、それこそ直立不動(ちょくりつふどう)みたいにして、蟹埼(かにさき)先生も名取(なとり)先生も、渾身(こんしん)の作り笑いをしている。
「どうもご苦労様です」と上品に会釈(えしゃく)して微笑(ほほえ)んだ、御所園美姫さま。
 そして視線を凸凹(でこぼこ)先生の2人から移し、
「石原くん、明後日は頑張ってね」と言った。
 へっ? 石原って誰? 俺のこと見ながら言ってるよこの人。…な、何? それもしかして、俺のこと? ギャー!
「は、はい、頑張ります!」
「地区予選に勝って県大会まで行ってくれたら、来年の学校パンフレットやネットのホームページの部活動紹介の写真、サッカー部に替えようって案が出てるの。このところ野球部、弱いでしょ」
 正直なところ緊張(きんちょう)歓喜(かんき)で身体中が律動(りつどう)し、ゴウゴウと渦巻(うずま)きながら、あまりにも当然に敬語とか使っちゃって、返事をする俺。後半のお話なんか、もうボワーッて身体が熱くなって、飛び上がりそうだった。
(生きてて、良かった…)
 入学してから苦節(くせつ)2年半以上。(つい)にお嬢と、お話しちゃったよ俺、まあちょっとだけど! お嬢様(じょうさま)女王様(じょおうさま)! しかも俺の名前を知っててくれてたよ、まあ、ただサッカー部の主将だからだろうけど。俺、もういつ死んでも良いんだけど!、お(じょう)万歳(ばんざい)
 お嬢様の顔にも胸にも目を合わせられず、ワイは肩のあたりの柔らかそうなふくらみを、恐れ多くも盗み見るようにしていた。
「…石原くん、聞いてる? 大津くんとも、お話させて?」
「…………、あ…、ハイッ!」
 その時俺はイジケてしまい、(ああ、ボクの世紀の恋は、10秒で撃沈(げきちん)されたでち。でもまた頑張るでち。良い夢見れました、ありがとう美姫ちゃんでち)と、ネットの子猫動画の気持の説明語みたいな感じで、心の中で(つぶや)いた。それから、
「おーい、大津! ちょっと来ーい!」
 と切れ気味に奴を呼びつけると、大津は100メートル8秒くらいの猛スピードで、すっ飛んできた。
「こちら、本校の学園長代理でかつ3年A組の、御所園美姫さんだ。知ってるよな? 御所園さん、大津です」
「ありがとう。初めまして、あなたが大津くんね。明後日の試合、頑張ってね」
「ありがとうございます」
「小さい時にご両親を亡くされて…、叔父(おじ)さまに育てられたのね? 大変だったでしょうね」
「はい、そうです。いえ、優しい叔父で」
 知らなかった。俺は(そうだったんだ)と思った。
「もし何か困ったことがあったら、何時でも相談してね。学園としても、個人的にも。きっと力になるわ」
「はい、ありがとうございます」
「夜の波止場(はとば)とかで、デートしたいな。……あらごめんなさい。今読んでる小説の中の主人公に、大津くん似てるから、つい変なこと言っちゃった」
 そこで従者(じゅうしゃ)のお付き三人が、楽しそうにウフフフとちょっと笑った。
「大津くん、好きな色は何? カラー」
「そうですね、雪原(せつげん)のような純白(じゅんぱく)とかでしょうか」
「ありがとう。変なこと聞いちゃって、ごめんなさいね。明後日の試合、本当に頑張ってね」
 そこまで会話を楽しんだあと、「では、参りましょう」言って、お嬢さまは従者3人と新たに名物教師2人と、犬1匹とドローン1機を引き連れて、優雅(ゆうが)に去って行った。
「名取先生、蟹埼先生、明日は頑張ってね」
「はっ!」
「はっ!」
「明日のルボシア共和国歓迎(かんげい)式典(しきてん)で、(我が校の名物の)ニコニコ丸とクロドロ号の、競演(きょうえん)演武(えんぶ)があるの」
 そう振り返りながらニッコリ微笑(ほほえ)んで、俺と大津に説明するお嬢様。
(あかーん! 可愛さ大反則!)
 あざといなぁぁああ。
 でも、何というキャワウィーさ。
 あかんて…。それ、あかんて…。
 俺は、見返り笑顔に、バチクソ弱いんじゃー!
 絶対に許しがたいほどの、突き抜けた可憐(かれん)さであった。
 ギリギリだった。俺の目が(つぶ)れないで、本当に助かった。
 少女のような頑強(がんきょう)なまでの純真(じゅんしん)さと、大人のような馥郁(ふくいく)とした優雅(ゆうが)さ、感じられた。素敵(すてき)だなあ…。好き。そして「スクールカーストの頂点」なんて言葉も木端微塵(こっぱみじん)になるような、学園長代理も務めている高校3年生。なにか話とかした後で、呆然(ぼうぜん)とするような虚脱(きょだつ)感まで残してしまう、美姫お嬢なのであった。好き。

「キャプテン、あの人いま、ちょっとメッセージ残しましたね…」
 なにか大津が呟いたような気がしたが、こっちも色々テンパってたし、返事しなくていいような言い方(返事をすることなど許さない、ただ聞いておけというような何かを感じる言い方)だったので、俺はその問いかけには、黙っていた。

 そのあと部室で、空撮(くうさつ)映像(えいぞう)を見ながら、フォーメーションの最終(さいしゅう)確認(かくにん)をした。あまりあけすけに大津に球を集めすぎるなとか、色々確認する。アーリークロス多めに入れる。(にせ)サイドバック作戦もやる。などを確認した。
 そのあと俺は、大急ぎで帰宅した。
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