第23話 由紀きゅんから悪夢の電話

文字数 1,928文字

 大津はまた例によって、俺に聞かせながら通話を始めた。
《もしもし? おつ! おつ! 大津くん、おつ! 由紀きゅんれーす! お待たせ! 待った? 3分半だったね》
「ええ…」
《これでもあたい、バチクソ頑張ったのよ~。褒めて、褒めて~。由紀きゅん、一生懸命やりましたワン!》
「ありがとうございます……」
 その頃、俺はもう愕然(がくぜん)というか、呆然(ぼうぜん)というか、枯れ果てた冷たい木のように固まって、真っ白になっていた。世界広しと言えども、この声、そしてこんな話し方をするバカ女は、俺の母ちゃんだけだ。間違いない、名前も言ってるし。ぴえんまる。
 俺は本当に真面目な、ただのサッカー部主将なだけの高校生なのに、妹ばかりか、母親まで公安秘密組織とやらの構成員だったのかよ!!! 世の中怖すぎる! 女は恐い!
《ん……、ちょっと待って。………………あれ、なんか今、凄っげえ嫌な空気感、漂ってんだけど。………………アッ! しまった! 大津くんと話すことに頭がいっぱいになっていて、世界のおまけみたいな奴が一緒にいること、忘れてたあ! 忘れてたあ! やっぱし大津くんにお姫様抱っこされて、『羽毛のように軽い』とか言ってもらっちゃったのが、まずかったあぁ! まずかったあぁ! ……いやそれは、こっちの話。だけど、もういゃあだあ! 聞こえてるかな? あいつ聞いてる? あいつ聞いてないよね? まあいいや、今晩以降、何万回問い詰められても、惚けて、惚けて、惚けまくればいいや》
「それがいいですね」
(そういうのまで声に出すかよ、バカおかあ! ちょっと潜めた声だったけど。アホ!)と俺は、思っていた。(おまけに大津も、俺を目の前にして、ふざけた返事してるし。俺、泣きたい)。
《それでは大津刑事比定、暗号解読の結果をお知らせします。よろしいですか?》
(いまさら話し方変えるな、バカ!)
「お願いします」
《それでは申します。「W作戦を実行せよ。9月25日午前9時33分」復唱します。繰り返します。「W作戦を実行せよ。9月25日午前9時33分」です》
「了解しました」
《それと、人定の依頼がありました2名ですが。判明しました。アルジェ兄弟です。20年ほど前に世界に名をはせた凶悪テロリストで、ロシアの空港爆破や、人質と政治犯の交換事案などに関わりましたが、以降行方は知れず、両名とも国際指名手配犯です。この二人を確保出来たら、すごいお手柄ですよ。ルボシア共和国出身です。身長は二人とも175くらいでしょう?》
「いえ。1人は190くらいで、もう1人は160くらいです」
《……ふーん。そうなの? でも分かった! それ、旧ソ連で一時期やってた、足骨移植の身長変更だわ、きっと。1年半とか2年とか、寝たきりから始まって社会復帰出来ないんだけど、その間日本語の勉強とか、してたんだと思うよ。由紀ちゃん、お見通し》
「でも、ソ連の空港を爆破したんでしょう?」
《うーん、でもでも。こういう秘密情報機関とか国際テロリストって、何でもありで、寝返ったり、くっついたり。二重スパイとか三重スパイとか、いくらでもやってっからね。大津くんはまだお若いから、疑問に思うかもしれないけど、あたしくらいのベテランになると、複数視座が大切だって、分かってんのよ。どう? お姉さまの魅力に気がついた? エへ へのカッパ》
(あのさ、おばさん、お前、真面目な話し方しようとしても、1分持たねえだろ、バカ!)と俺は、思っていた。
 ちなみにこの人は、「まだ30才くらいに見える」とか、最近では「麗奈と姉妹にしか見えない」とかお世辞を言うと、猛烈に喜んで、大体何でも買ってくれる。お世辞や! アホ。 
「分かりました。大変感謝します。現場に急行します。また何かありましたら。失礼します」大津は通話を切った。「あの2人、特段に仲が悪そうにしてたの、偽装だったんだな…」
 俺の方を振り向いて、
「石原先輩…」と大津は言った。
「何も言うな。俺はもう十分びっくりした。ええそうですとも、この感情は、『心の痛み。深く傷ついた』と言っても、過言ではないでしょう。何も言わないでくれ」
「分かりました」
(もう少しなんか言って。慰めてよ)
「湘南宝光学園に、急行しましょう」
「また昨日のタクシーの人、呼ぶの?」
「いえ、僕は気が小さいので、2日連続でお願いするのは、尻込みしちゃいます。そもそも松本さんは、今日はタクシー乗務員姿で、待機してません。それに、時間がもうありません。午前9時33分まであと20分じゃないですか。今から呼んで来てもらっても、間に合いません。別のいい案があります」
「どうするの?」
「地下一階、歩きながら説明します、行きましょう」
 大津はスタスタと進みだした。
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