第11話 山中の洋館に、にじり寄る

文字数 1,058文字

「運転手さん、ここで止めて下さい」
 大津が急にそう言ったのは、山に登り始めてからしばし時間が経ち、ちょっと一山超える丘みたいになった、その少し下あたりだった。
「領収書、お願いします」
「はい。宛名は、どう致しますか?」
「上様で」
「はい。ではこれで。お気をつけて、大津刑事比定」
 ん? 最後なんか引っ掛かったが、俺はもうだいぶ緊張と疲労で「頭パーン」なってしまっていたので、俺の聞き違いの空耳だった、ということにした。
 日はもう、だいぶ暮れている。道の両脇は、鬱蒼とした森林という感じ。
 だが、我々の登ろうとする折れ曲がった道の行く手には、ちょっとした小城のような洋館が、夜空高くに向け、聳え立っていた。
「なんだよあれ、すっげえなあ」
「シーッ。先輩、ちょっと声を潜めて下さい。いわゆるヒソヒソ声、ではなくて、今僕が話しているような、低い声でお願いします。その方が、敵から聞こえにくいので」
「おう、分かった(低い声)」
「この坂を登って、くの字に右に折れて、洋館の前に行きますね。その手前で、脇に入りましょう」
「おう、分かった(低い声)」
 ゆっくりと、細い木の幹を握りながら、俺たちはそっと叢に入って登る。足元は草だらけだが、枯れてないので、ほとんど音はしなかった。
 背をこごめる。その姿勢で、前進登坂する。
 顔だけはアルパカもしくはキリンもしくは潜望鏡のように、出来るだけ伸ばして、前を見る。
 洋館を一番下の地面沿いから、全部しっかり見えるところまで、坂道の横の茂みを、登りきった俺たち。
 玄関というか、エントランスが見える。アーッ、体格のいい黒づくめの男が2人、立っていた。
 妹をさらっていった時にいた男たちだ! …多分。かも知れん。感じが似ている気はした。
 今は黒いスーツで、あの時は(遠目だが)もう少しスポーツウェアか戦闘服っぽい感じの黒づくめだったような気もするが、俺の記憶にはいつもかなり疑う余地があるので、そこは断言しない。
 思わず、さらに進もうとする俺を、手で制しながら、大津は
「先輩、ちょっとここにいて下さい。今からちょっと、片付けてきます。先輩、大事なことを言います。合図をするまで、絶対に、何がどうあっても、ここから出て来ないで下さい。今私、ハッキリ言いましたからね? 分かりましたか?」
「おう、分かった(低い声)」
 大津はそれだけ言うと、草むらを出て、身を隠すこともなくスタスタと、門番をしているなにかヤクザ(と言うかもっとヤバい犯罪組織員)風の黒づくめのガタイがデカい男たち2人に、近づいて行った。
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