第1話 大津が妹の部屋にまたいた

文字数 3,052文字

 びっくりした。
 家に帰ると、大津がいた。妹の部屋の中にいた。
 正確には、3日連続だ。
 驚いたというより、呆れた。俺、(げき)おこまる。
 大津はいわゆる「(うわさ)の転校生」である。

 転入(てんにゅう)試験(しけん)は、かなりの好成績だったらしい。
 大したことは無いが、いわゆる美少年系の顔をしており、我が湘南宝光(しょうなんほうこう)学園高校の、なんでしょう尻軽(しりがる)って言うんですか? 目ざとくミーハーな女子が3学年にまたがって、数十人くらい即死(そくし)しそうに、夢中(むちゅう)になってる案件(あんけん)である。
 それで言い忘れたが俺、石原拓也(いしはらたくや)主将(しゅしょう)をしているサッカー部に入部して、一日練習を終えたらコーチが、レギュラークラスに認定(にんてい)した選手である。
 入部申込書によると、身長は172センチ。ドヤァ! 俺の方が1センチ高い。まあ俺の顔は、ジャガイモ顔(男らしい顔と言っとくれ)だけどさぁ。
 俺は練習が終わった後、同じ3年生部員のダチたちと、1時間ぐらい部室でダべってから、帰宅したのだが。許しがたいぞ大津、なんかもう1時間くらいは妹の部屋にいるような雰囲気(ふんいき)で、(しゃべ)っている。

 そういうわけで俺は、玄関に大津の靴があるのを見た後、なぜでしょう、何かコソコソ泥棒(どろぼう)みたいに音を潜めて、()(あし)()(あし)、俺の部屋にそーっと帰還(きかん)した。
 俺ん()はごく庶民の家。二階の俺の部屋の(となり)が、妹の部屋である。
 妹の名前は、麗奈(れな)って言う。
 俺はコップを手に取り、壁に当てて、そこに耳を付けた。
 これが実は、なかなか高性能の盗聴器(とうちょうき)になるって寸法(すんぽう)だ。
(まあ俺ん家が、壁が薄い安普請(やすぶしん)なせいだけど)。
 麗奈と大津は永遠のように、イチャイチャ喋っている。
「ねえオー君、一番好きな季節はなに?」
「やっぱり春かな。希望にあふれている感じがする」
「そうよね((うれ)しそう)! あたしも春が好き!」
「でもさ、少しずつ寒くなっていく今の季節も…、ストイックな感じがして、嫌いじゃないけどね。レナちゃんにも会えたし」
「あたしも、秋も好き(嬉しそう)!」
「でも来年の夏は、レナちゃんと海に行きたいし、今度の冬も、レナちゃんとスキー場とか行けたらいいね」
「連れてって! 絶対行きたい(超嬉しそう)」
「レナちゃんの水着が見たいな」
「いやーん、オー君たら(幸せで死にそうな妹)」
 二人とも、まだ高校2年生である。
 段々(だんだん)俺は、ムカつきMAXになってきた。
 まだ大津が転校してきてから、3週間しか経ってない。
 なんでこいつら、こんなに和気(わき)藹々(あいあい)と、仲良いんだ?
 兄の沽券(こけん)が、行方不明! ふざけるな!
 大体、「海に行きたい」とか言って、海ならほぼほぼ目の前にあるじゃねーか、ボケ! (ころ)すぞ!(俺の心の中で、「頃すぞ」という(なぞ)の漢字があり、よく使われている)。
 話の合間に麗奈は、
「オー君と話してると、ほんと楽しいなあ…。オー君、お話上手いんだもん」とか言ってる。
 大津はなーんにも面白いことなんて言ってないだろ、アホ女(俺はギリギリ歯ぎしりする)。
「僕はレナちゃんと、ずっとバカップルしてたいな…」
「あたしも…」
「レナちゃんはもう僕に、捕まっちゃったんだからね。逃がさないわよ」
「あたし逃げる気持ちなんて、ひとっつもないもん」
「レナちゃん…」
「オー君…」
 もう頃す、絶対頃す! 俺は机の引き出しをガシャッと開けた。何か人を頃せる道具はないか! あった! サクラ拳銃(けんじゅう)が! と思ったがそれは幻影(げんえい)で、特に何もなかった。
 その瞬間、俺はふと(これは、ネットか何かでAIで作った架空(かくう)会話に、二人の音声をかぶせ、俺に聞かせて、実はその(すき)に、他の事をしているのではないか?)と思い立った。
 シャー! (なぞ)()けた! 見抜いたぞ大津! 麗奈!

 ちょうどその時に、二人のAI会話の声が止まった。
 次の瞬間(しゅんかん)、俺の中で奇跡(きせき)(てき)な、俺のスペックを超える、物凄(ものすご)い速さの「神の判断」が働き、俺は閃光(せんこう)のような速度で壁から離れて、机の前に座った。
 次の瞬間、ノックも無しにガチャッとドアが開き、「お兄ちゃーん」「石原先輩どうも」と二人が、いきなり入ってきた。
「おう、来てたのか」
「はい、お邪魔(じゃま)してました」
「俺はたった今、帰って来たとこだ。よく分かったな」
「……あれ? お兄ちゃん、コップが落ちてるよ」
「えっ? あふあふっ、なんでだろ?」
(ひろ)って差し上げます、先輩」
「いいよ」と言わせない素早さで、大津がコップを拾い、麗奈に渡した。
「あれ、お兄ちゃん、このコップ、なんか暖かい。汗みたいなの付いてるよ」
「い、いや、気のせいだろ」
「ふふふ」
「じゃあ先輩、今日はこれで失礼します」
「お、おう」
「あっ、先輩。……もし何か不測(ふそく)事態(じたい)があったら、警察(けいさつ)ではなく、僕の携帯(けいたい)に、すぐ電話して下さいね」
 大津がシュッと右手を中空に払いながら、そう言った瞬間、なにかレモンのような匂いがして、心臓が一瞬だけキュッと締め付けられ、脳の中で何かが、ドロッと溶けた気がした。
 これは恋?
「おう、分かった」と答える俺。
「下まで送っていくね」と麗奈。
 玄関先でまた「オーちゃん、またね」「……(聞こえなかった)」「いやーん、アハハハハ! じゃーねー、また明日ー」みたいな会話が聞こえた後、大津は帰っていった。
 麗奈が俺の部屋の前を素通(すどお)りしそうになるところを「おい、妹!」と俺は呼び止め、ちょっと部屋に入らせた。
「なんでしょう、兄上」
「お前、不純異性交遊(ふじゅんいせいこうゆう)、いい加減(かげん)にしろよ」
「そんなんじゃないよ、ただ勉強教えてもらっただけ」
「そんな会話してなかっただろ」と言いかけて、俺は(あわ)てて止めた。
「お兄ちゃん、あれして」
「あれか? ああいいよ」
 頭を()でてやる。
「お前って、ほんとカワチイなあ」
「にゃんにゃん」
 ああ、この世で一番可愛(かあい)いこの子が、俺がこの世でただ一人、愛せないと決まっている女の子だとは。神様のバカバカ。
 俺は()き通るような白い肌、青い目とブラウンの(かみ)の美少女を見つめながら、なおも頭をナデナデした。人には聞かせられない「仲のいい兄妹の会話」をしながら。
 麗奈とは血はつながっていない。俺たちは義理(ぎり)の兄妹だ。
 麗奈は人種(じんしゅ)的には、全くの白人だ。
 日本で育ったせいか、身長は160ちょっとだ。かわちい。
 意志が強いようなキリッとした目元口元。巫女(みこ)さんのような女剣士のような。神秘的(しんぴてき)な顔をした一品(いっぴん)である。
 亡くなった俺の親父が、学生時代に大親友だった麗奈の父と母が、同時に事故で死んで、アメリカから引き取る人が誰も来ず、麗奈は5才の時から、俺の妹になった。
 麗奈は基本、日本語しか話せない。国籍(こくせき)は日本人だ。
 俺は麗奈がうちに来るとき、親父から「本当の妹だと思って、可愛(かわい)がるんだぞ」と、きつく言われた。
 親父が3年前に(がん)で亡くなった時にも、「麗奈をお前の命に代えても、絶対に守ってくれよ」と死に(ぎわ)に、何度も言われた。
 ほやけんワイは、(ワイの命に代えても、絶対にこの子を守り抜く)と、決めているんや。
 そういうこっちゃ。
 最初は、(つら)かったぁ。こいつがうちに来た頃には、俺は(すで)に何十回と会っていた(こいつと、結婚しよう)と決めていたので、その決意(けつい)を完全に封印(ふういん)するのは、本当にきつかった。当時6才だったが。だが俺も男だ。それは絶対の(ちか)いである。
 俺たちの母は、駅前の本屋の店長をしている。
 連日帰りが遅い。日付が変わってから、帰ってくる毎日だ。
 朝も早い。毎日過酷(かこく)な労働に()え、俺たちを育ててくれている。
 週末はともかく、平日はあんまり顔を合わせない。
 俺たちは母が作ってくれた夕食を温めて食べた後、風呂に別々に入って(当たり前)テレビ見て寝た。
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