第6話 麗奈が攫われた!

文字数 1,069文字

 大津が先に到着していることはない。俺が「大試合を前に、下級生は部室の清掃をする」という我が部の伝統を、今日突然創設して、大津らに下命したからだ。
 ガハハハハ。勝った。
 今頃きゃつは、濡れ雑巾や箒と、格闘しているはずだ。
「我が妹よー。今日はお兄ちゃんの方が先に帰宅するぞー。ニヒッ、ニヒッ、あいつに意地悪しちゃった」と自転車のサドルの上から、麗奈のスマホにメッセージを送った。脳内エアでだが(本当にそんなの送ったら、顔を引っ搔かれちゃう)。
 自宅まで、あと100メートルくらい。
 その時、本当にほんとうの、緊急重大事件が起きた。
 虫の知らせという奴だろうか? 俺がふっと顔を上げて見た瞬間、俺ん家の二階の奥の麗奈の部屋。その窓が、ブワッと膨らんだように見え、そして閃光と爆音とともに、破裂したのだ。
 白煙が猛然と、上がっている。
 ベランダから部屋の中に、黒づくめの男が3人、一瞬で入っていく。(それは閃光の後から目に入った)。そして数秒の後には麗奈の口を押え、ぐったりした身体を抱え上げ、ベランダから庭に次々と飛び降り、道に出て、デカい黒いミニバンの中に押し込み、猛スピードで去っていったのだった。
 信じられない事態が起きたが、逆に何かパニクってはいない俺がいた。異常な緊迫感が頭を熱くしている、心拍が鐘を打っている。だが自転車を可能な限り、スピード出して漕いだ。しかし俺ん家に辿り着いた時、逃走するミニバンはもう見えなくなっていた、俺は麗奈の部屋まで、すっ飛んで上っていった。
 ああ、やはり部屋は、もぬけの殻だった。
 灯りのついてない部屋、ガラスが内側に散乱している、火薬の臭いがまだ少しする、カーテンが月夜に揺れていて、外を過ぎる自動車たちの音が、微かに聞こえていた。
 潮騒と潮の香りも初めて、俺の耳鼻に届き始めていた。
 へなへなと座り込む俺、だんだん頭が麻痺してきた。
 警察に電話しないといけない、でも何番だっけ、頭がグラグラして思い出せない。それに<警察に通報する>という考えは何か、ガラスの部屋の中にうずくまる俺みたいになっていて、頭と身体がそちらに動かない。その俺が顔を上げて、俺に向かって(大津に、知らせろ)と口を動かしている。
 キーンて音がして、レモンの匂いがする。俺は「分かった」と起き上がり、麗奈のカバンを開く。スマホあり。大津を検索して「麗奈がさらわれた。助けちk」とメッセージを打った。
 そこで俺は、頭がきつく締めつけられたようになり、世界がグニャッと歪んで圧し潰され、膝が折れ、気絶して倒れこんだ、ようだった。
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