第9話 暴走族のアジトに突っ込む!

文字数 2,728文字

 「じゃあ話の続きはあとで。運転手さん、10分くらい、しばらく待っていてもらえます?」
 大津は俺には思いつかないような、世慣れた大人のような事を言って、タクシーを降りた。
 やや古いが、造りがしっかりしている、5階建てくらいのマンション(レジデンス)が、目の前に建っていた。
 大津はスタスタとエレベーターに乗る。そして306号室へと直行した。
 ピンポーン。
 寝ぼけた顔をしたあんちゃんが、フラフラと出てきた。だが案外若い、もしかして、俺と同い年くらいか?
「赤城さんいらっしゃいますか?」
 ごく穏やかに大津がそう言う。ホエッ? という感じでやっと顔を上げて彼の顔を見た途端、あんちゃんは目を真ん丸にし、
「そ、総長、お、お、大津さんが、お見えになりましたー!」
 と喚きながら、奥に飛び帰る。
 すぐに赤城氏はやって来た。でかい。185の120キロと言うところか。サッカー部じゃなくてラグビー部あたりが足にタックルして、「うちに入部しておくれ」と懇願しそうなガタイだった。
「おお! 大津ちゃん、よく来てくれた、上がって、上がって」
 これ以上ない歓待の意志を示す。
 真っ赤な顔をしている。黄色く染めた髪はクルクルとパーマしている。ウケルー。「これが鬼でなくてなんなのよカット」と、俺は命名した。声はどっしり図太い。
 丸太みたいな腕で、大津の肩を「ガシッ」と抱くようにして、中へ連れてゆく。大津も嫌がる素振りも見せないで、和気藹々的になんか笑いながら、小声で話している。
 部屋は見えてるだけで3つあり、どれもデカい間取りだった。早い話が見るからに「不良のたまり場」だが、相当気合が入った伝統ある名門暴走族さんか何かである事は、疑いようがなかった。1メートル強の大きさの「散華上等」とか金文字看板がある。特攻服が何着も掛かっていて、木刀が30本くらい並んでいた。
 部屋の中は至るところに、服やゴミや10人くらいの男女が転がっていた。皆さんが着てらっしゃるファッションは、だらけまくった脱力モッズ系だ。半分くらいが寝ていた。あとラリッた(と言うんですか)目でずっと俺を睨んでいる、頬のゲッソリした中学生っぽい女子とかもいた。背中がゾゾーッと粟立つ目だ。
 実は俺は、犬の親戚みたいに嗅覚が鋭いのだが、鼻が曲がりそうなすえた匂い。汗だか腐った食品だかトイレだかの匂いに、しっかり腐ったタバコの香り、部屋の消臭剤だか香水の匂いが、ぐるぐる巻きに混ざりあい、バトルロワイヤルをしているような、凄絶な匂いだった。
「だずげでぐれー!」と言いたい俺。だがオエッとかしたら、俺を睨んでる女子に次の瞬間にグサッと刺されて、気がついたら天国に行ってそう。泣きたい気持で、口で息していた。大津と赤城氏は、麗奈がさらわれた話をしている。
 黒革の高そうなソファーに、我々は座る。
 大津が黒いミニバンの行方が分からないか? と要件を述べると、赤城氏は「うんうん、分かった、おい」とちょっと不良っぽいチー牛顔の少年に声を掛けた。そう言われると、それまで素早く打っていたスマホの、送信ボタンを押して、「今調べてます」と総長に返事。
 そこで赤城氏は、俺に話題を向ける。
「大津ちゃん、この人は?」
「石原先輩。学校のサッカー部のキャプテン、さらわれた子のお兄さん。いずれ僕のお義兄さんになる人」
「おう、そうなのか! 兄弟分の盃、交わすのか、固めの儀式には、俺も是非呼んでくれな!」
「違う、違う、将来、僕が今さらわれてる人と結婚して、お義兄さんになる予定です」
「大津。頃すぞ」
「おおっ、お前さん、元気いいなあ、気に入った! まあ仲良くしてくれよ、石原の旦那。ガッハッハ!」
 俺は一つ向こうの部屋の隅に見えている台所のシンクに、弁当やスナックの袋や紙パックや何かが、本当に山のように積み上がり(恐らく悪臭源の一つだ)崩れかかっている地獄のような光景を、どうしても目の端から離すことが出来ないまま、ろれつの回らない舌で聞いた。
「大津ろは、どういうろ関係で?」
「それ!」とびっくりするくらい大きな声で言いながら、手をパチンと叩いて、合いの手を入れた後、
「よく聞いてくれた。短く話すとな、3週間くらい前かな、オーちゃんが繁華街でな、俺の子分がカツアゲしてるところに通りかかって、まあ止めたのよ。それで揉め事になったんやけど、いやオーちゃん強い強い、5、6人まとめて、あっという間にのしちゃったんよ」
「総長、8人す」とチー牛。
「おう。それで別ん日、俺もタイマンしたんだけど、あっという間にのされた笑(部屋にいる連中全員が、慎重に、恐る恐る、そっとエへへと同調して、笑った)。で、そのあとよ。仲直りにカラオケバー行って遊んだんだけど、いやオーちゃん強い、強い。あんときビール15本くらい空けたよな」
「総長、20本す」とチー牛。
 俺は(聞かなかったことにする、俺は絶対に聞かなかった)と心で必死に念じていた。
「おう。それで歌も、うめえんだよこの人。ラルクアンアンとかZジャパンとか沢田研一とか加山雄二とか、もうノリノリのアゲアゲでさあ、いやー、あれはほんとに楽しかった、盛り上がったねえ!」
 俺は、(大津、お前いくつやねん?)と素朴に思った。(なんにしても、ダジゲデー! もうこの悪夢のような空間から、早く逃げ出したいでちー)口で息していた。
 その時チー牛の持っていたスマホが鳴り、赤城師匠にすぐ手渡した。
「ふんふん、えーなになに。アルグランドは影沼交差点より2本目の横道に入ってすぐの物陰に、隠すように放置されている。そのあと山の中に、恐らくセダンのベンチEクラスで向かった、だって。オーちゃん、これくらいでいい?」
「十分です。ありがとう、一つ借り出来ちゃったね。感謝。じゃ先輩、行きましょう」
「おう」
 玄関まで赤城総長は、追いかけてくる。
「なあ、オーちゃん、今日のことなんてどうでもいいけど、この前言ったこと、ちょっとは考えてくれた? オーちゃんしかいないんだよ、この湘南ブラックベイナイツの第18代総長になる人は。やっぱそういうのは、器だから、器量だから。俺は一発で、あんたに惚れたんだ。500人の舎弟を率いる力のあるのは、オーちゃんしかいねえって! 頼む! この通りだ! この赤城隆太、一生のお願いだ! 俺ももう24才の老いぼれだ。もうそろそろ引退しねえといけねんだ。頼むよ!」
「その件はもう少し、お時間を下さい。今は緊急事態で」
「お、おう、そうだな」
「でも本当にありがとう、心から、恩に着ます」
「お安い御用よ。じ、じゃあな、元気でな」
「はい。赤城さんもね。失礼します」
 総長は最後まで、すがるような目で大津を見ていた。
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