12.  エメラルドの帯留め

文字数 1,591文字

 翌日の早朝、村の集落へと一人で出かけたメイリンは、知人に訳を話して、彼が着られるものを用意してもらうことができた。ただし間に合わせなので、何枚も余裕はない。

 それに着替えたリューイは、メイリンに連れられて、バルンの森の中にある小さな滝が流れ落ちる場所へとやってきた。

 到着するとさっそく、メイリンはスカートの(すそ)を膝の上で結び、素足で川の中へ入って行った。滝壺(たきつぼ)の近くは川底が深くえぐられているが、この場所を知り尽くしているメイリンにとっては、危険なことなど何もなかった。

 しきりに聞こえる小鳥のさえずりと、風に吹かれてざわめく葉擦(はず)れの音に、リューイは黙って耳を澄ます。やはりほっとする気持ちに浸りながら、リューイは川のほとりの斜面に腰を下ろして、彼女がすることを見守った。

 そんなリューイの周りには、シマリスや野うさぎ、鹿などの森の動物たちが、なぜか警戒もせずに次々と集まってきていた。それどころか、すぐ(かたわ)らまでやってきて、体を()り寄せたり、小動物などは膝の上に乗り上がってきたりと、(さわ)って欲しそうにするのである。それら動物たちの行動に、リューイは何よりもまた(なつ)かしさを覚えた。

 ねだられるままに、リューイはそれらの体を順番に()でてやった。

「みんな私のお友達なの。」
 水中に向けていた顔を上げて、メイリンは言った。
人懐(ひとなつ)っこいんだな。」
「あなたが気に入られたのよ。あなたはきっといい人ね。」
「そうなのかな・・・。」

 真面目(まじめ)にそう答えた彼にくすりと笑い声を漏らして、メイリンはまた水中に目を向ける。

 日の光がさんさんと降り注いでいる澄んだ川面(かわも)は、(まばゆ)いばかりにきらきらと輝いている。水深は膝まではいかなかったが、(かが)んだ時に、結び目から垂れているスカートの裾が水に浸かることもあった。メイリンは流れに逆らって うろつきながら、真剣そのものの眼差しで、清らかに()みわたる水の中に目を()らしている。

「この川には綺麗な色の小石が流れてくるのよ。これが私の仕事なの。私、もう慣れてて目が()くのよ。加工次第では、ちょっとしたアクセサリーが作れるらしいの。でも、所詮(しょせん)はただの石ころだから、大したお金にはならないけれど。でも、村の人の仕事のお手伝いもしてるから、いい小石が見つからなくても、私たちが暮らしていくくらいなら、不自由しないわ。」

 メイリンは水の中に両手を突っ込んでそう言い、一つこれだという水色の小石を(つま)み上げて、リューイを振り返った。

「俺もできることは手伝うよ。世話になるからな。村の人の仕事って何?」
「いろいろあるけど、家畜のお世話とか、畑仕事とか、それに、チーズやパン作り。とにかく、冬になるまで朝はここで小石を探して、午後からは村へ行くの。私の日課。」

 そう答えると、メイリンはまた水の中を探り始めた。

「俺もやっていい?宝探し。」
「ええ。でも、足もと気をつけてね。いきなり深くなってるところがあるから、私のそばからあまり離れないで。」

 腰を伸ばしたメイリンは、一度リューイがいる岸辺へと戻った。そして、いつも大事に身につけているものを外して、(ほこ)らしげに彼に見せた。
 それは帯留(おびど)め。
 緻密(ちみつ)に編み込まれた数本の(ひも)で出来ているそれには、宝石にしか見えない美しいエメラルドグリーンの飾りが付いている。

「ねえ、これ見て。これもこの川で見つけたのよ、ママがね。で、帯留めに加工したのはパパなの。」
「綺麗だな。そんなのが見つかるのか。」
「宝石みたいでしょ?これは天然石の中でも最高よ。これ以上のものは、なかなか見つからないわ。お金に換えれば高値で売れたでしょうけど、ママは宝石を一つも持っていなかったから、二人とも手放せなかったのね。だから、これが形見なの。ほかの安い家具はみんな売っちゃったけど、私もこれだけは手放せないわ。」

 リューイの見ている前で、メイリンはその帯留めを愛しげに抱きしめた。





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