3. 転落

文字数 1,331文字

 俺が育ったのは、大陸のいちばん南にある森。だから見てみたい、その反対側にある森の景色を。

 そんな思いで、木々を真っ直ぐに渡ってきたリューイは、空を飛んでいるような感覚でそこに座っていた。崖っぷちに根を張っている大木の、大きくせり出して伸びている太い枝に。宙ぶらりんにしている足元の地面は、ずっと下に見えている崖下にある。林立している木々が、いきなりここで切れているからだ。

 そんなところで平然と(くつろ)いでいるリューイは、そこから、この緑深い森を見下ろしたり、遥か彼方(かなた)の青い稜線(りょうせん)を眺めていた。

 今はよく晴れた朝で、うっすらとたなびく霧のような雲が空にかかっている。見晴らしは最高で、目の前にはえもいわれぬ絶景が広がっている。森を突き抜けて蛇行(だこう)しながら、地平線まで続くひと(すじ)の川。周りの土地はほとんどが緑豊かな田園地帯で、この北の方には平野ばかりが広がっている。そこに点在する村も、遥か遠くの地平線の近くにある、町らしい灰色の風景まで見ることができた。

 リューイはその景色をしばらく眺めたあと、何気なくポケットに手を突っ込んで、青い宝石を入れている巾着(きんちゃく)を取り出した。顔も知らない母親の形見で、カイルが言うには、海の神ネプルスオークの使徒ともいえる精霊とやらが宿っているらしい精霊石である。
 
 リューイの母親は、もともとこの精霊石を、花をイメージした金の型に()めてペンダントにしていたが、ロブからこれを渡された時のリューイは腕白盛りのまだ幼い少年だったので、それを同じように首からかけるには邪魔に思えた。そしてそれよりも、芯の方からあまりに魅惑的に輝いているそれを丸ごと手に取ってみたいという気持ちにかられたため、ある時、子供ながらに強引(ごういん)に精霊石の部分だけをくり抜いてしまったのである。

 巾着袋からその宝石を取り出したリューイは、切ない瞳で見つめながら、ずいぶん長いあいだ物思いに(ふけ)っていたが、やっと気が済むと、ため息をついてそれを元のとおりポケットにしまった。

 そろそろ戻ろう。リューイは注意もせずに右足を枝上にかけた。

 そして途端(とたん)にハッとした!

 ベキッという音とともに枝が折れて、驚く間もなく、突然そこから落とされたからだ。しかし真下の地面はずっと下、崖下である。普通なら助かる見込みはない・・・が、リューイはサッと猫のように体をひねり、落下しながら体勢を整えた。そして、岩壁から突き出している枝のようなものに狙いを定めるや、冷静にそれに(つか)みかかろうとした。 

 ところが、それを見てリューイは(あせ)った。
 なんて(たよ)りない・・・!?

 それは、せめて衝撃を和らげてくれればまだいい太さの、心許(こころもと)ないもの。暢気(のんき)に困っている暇もなく腕を伸ばせば、案の定、それもまたボキッと折れてしまった。そのあと何度か同じチャンスはあったが、同じ場所に生えているそれらはどれも似たり寄ったりで(ことごと)く同じ目に遭い、おかげでそこかしこをぶつけながら、最後は下の方の土と草の斜面を成す術なく転がり落ちていく羽目になった。

 そして崖下の草地に横たわった時・・・リューイには、すでに意識が無かった。転げ落ちている途中で、突然、消えてしまったのである。その時の強烈な痛みも、何もかも。

 そう、頭の中の全てが。







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