14. 困ったことに・・・
文字数 2,639文字
そうして、しばらく道なりに歩き続けていると、こぢんまりとした平屋の家にたどり着いた。その家は全体的に木造りだったが、煉瓦 の煙突 が取って付けたように壁面 に貼りついている。無理にでも暖炉 を確保してあるらしいところは、このモナヴィーク地方が、特に冬の夜の寒さが厳しくなる土地だからだ。レッドはその家の正面付近にいたが、家の後ろには小川が流れていて、小さな水車が回っているのが半分見えた。
レッドが、どうも におう その家を凝視 しながらいろいろと黙考していると、不意に、若い男女の笑い声が聞こえてきた。
少し遠目だったが、リューイによく似た青年が、誰か女性と歩いてくる。その彼は、きっと朝採 りの野菜などを入れたザルを抱えて、なんの不自由もなく普通に歩いているように見えた。
それを見た瞬間、リューイの無事を確かめた気がしたレッドは安堵 の笑みを浮かべた。
しかし、知らない女性と一緒なのでひとまず様子を見てみることにし、リューイのそばへ行きたそうにしているキースを促 して、近くの藪 に隠れた。
小川に架 かる板橋 を渡って、やがて二人がレッドの目の前にやってきた。見慣れない服を着ているが、やはりリューイと酷似 で、背丈や体格もそのもの。だが違和感がある。表情や物腰 に・・・あの剥 き出しの血気盛 んな感じがまるでしない。妙に穏やかで、雰囲気がぜんぜん違う。何より、あのリューイが、こちらの気配に全く気付かないのは最もおかしい。隠れてはみたが、リューイなら分かるだろうと思っていたレッドは、声をかけることもできなくなってしまった。
「じゃあ、アレスは先に入ってて。」
リューイとよく似ている青年のことをそう呼んだ少女は、その彼から野菜や果物の入ったザルを受け取ったあと、水車が見える方へ行ってしまった。
レッドは耳を疑った。そして、茂 みの隙間 からまじまじと、リューイとは違う名で呼ばれたその青年をのぞき見た。
だがやはり、キースはやや身を乗り出していて、まだその青年の方へ行きたがっているようだ。それをレッドは、背中にそっと手を置くだけで止めさせた。キースも上手く理解することができた。
「キース、お前はここにいてくれ。」
ためらいながらも茂みから出てきたレッドは、家の中へ入ろうとする金髪の青年に、背後からそっと声をかけてみた。
「あの・・・。」
青年が振り向いた。
レッドから見れば、彼は不思議な表情を浮かべている。誰・・・? と、そう問いたそうな、きょとんとした顔をしている。
実際、その通りだった。今のリューイから見れば、どこか荒々しい雰囲気で武器を備えているレッドは、明らかに近くの村人ではない。通りすがりの旅人が、道でも尋 ねてきたのだろうと思ったのである。
そのレッドは肩を落としていた。俺のことが分からない ? 人違いなのか・・・と。
「あの・・・えっと・・・。」
「ごめん、俺、何も知らないんだ。メイリンが戻ってくるまで、中で待っててよ。」
レッドはハッとした。リューイの声だ。
しかしあまりにも他人行儀なその対応と驚くべき言葉に、レッドは戸惑ってどうしたらよいのか分からなくなってしまった。
「え、あ・・・ああ。」
うながされるまま後 について、玄関をくぐるところまで来たレッド。複雑な心境で小さなため息をつくと、そこで、そっと名前を呼んでみた。
「なあ、リューイ。」と。
青年が立ち止まり、肩越しに振り向いた。目に、あからさまな動揺の色を浮かべて。
「・・・リューイ・・・って・・・。」
「いや・・・だから、その・・・リューイ・・・だよな。」
「・・・・・・。」
突然、青年の目から涙がこぼれた。後 から後から止めどもなく溢 れ出してくる。
「うわ、なんだ、リュ、リューイ?どうした⁉」
驚いたレッドは、どう見てもリューイではあるが、中身が違うその青年の肩を両手でつかんで、面と向かい合った。
「リューイ・・・リューイ・・・。」
唖然 と驚いているレッドの目の前で、一方の彼はほろほろと涙を流し、憑 かれたようにその名をつぶやくばかりだ。
またひどい不安に襲われたせいだった。そう呼ばれてもピンとこず、彼のことも思い出せない。本当に自分の名前で間違いないのか、彼は知り合いなのか。突然、関わりがあったと思われる者が、何も分からないところへそうして現れても信じきれず、怖いとさえ感じた。
レッドが第一印象でたいてい与えてしまう見た目の険しさ、その危険な匂いも悪かったのかもしれない。剣を二本も腰に帯 びているレッドは、今のリューイから見れば 住む世界の違う赤の他人だ。そんな彼と関わりがあるとすれば、彼は自分にとってどういう人物なのか。自分は一体何者で、どこで何をしていたのか。思い出も経験も、その一切を失い、過去が消えてしまったことは、寂しいとか悲しいなんてものではなかった。なにより不安で、怖かった。途方もない孤独感に耐えられなくなりそうなほど。
だが記憶を取り戻す・・・それもまた単純に喜べるものでもないことに気付いた。今は、優しく世話をしてくれ、安らぎを与えてくれる少女メイリンといることで精神的に落ち着いていられるリューイには、レッドは受け入れ難く混乱してしまう存在である。
そしてレッドも、この様子から衝撃の事実にさすがに気付いた。
崖下 で見た血痕 ・・・恐らくリューイは頭を打った。そして・・・。
「リューイ・・・お前・・・。」
そこへ勢いよく駆けてくる足音がして、レッドは反射的に目を向けた。すると、先ほどのロングヘアーの少女がいきなり割りこんできた。そのせいでレッドは押し退 けられ、動揺してニ、三歩離れた。彼女はまるで家族を守ろうとするかのように、なんの躊躇 も無く正面から彼 ―― リューイに抱きついたのである。
「アレス、大丈夫よ、無理しないで。」
「いや、ちがっ、俺とこいつは ―― 。」
「あの・・・すみません、今日のところは帰ってください。お願い。」
レッドの顔を見ることなくそう言うと、少女はうな垂れるリューイの背中を押して、家の中へ入ってしまった。
そして戸口を閉めながら、最後に小さな声でこう言い残した。
「ごめんなさい・・・。」
レッドはその場に立ち尽くした。
知り合いだと分かってもらえなかった・・・ ? いや・・・俺が教えた自分の名前を繰り返していたリューイに、彼女は無理しないでと言った。さっきのやりとりや、今の彼女の言葉から考えても、そんなはずはない。
困ったことになった・・・。
レッドが、どうも におう その家を
少し遠目だったが、リューイによく似た青年が、誰か女性と歩いてくる。その彼は、きっと
それを見た瞬間、リューイの無事を確かめた気がしたレッドは
しかし、知らない女性と一緒なのでひとまず様子を見てみることにし、リューイのそばへ行きたそうにしているキースを
小川に
「じゃあ、アレスは先に入ってて。」
リューイとよく似ている青年のことをそう呼んだ少女は、その彼から野菜や果物の入ったザルを受け取ったあと、水車が見える方へ行ってしまった。
レッドは耳を疑った。そして、
だがやはり、キースはやや身を乗り出していて、まだその青年の方へ行きたがっているようだ。それをレッドは、背中にそっと手を置くだけで止めさせた。キースも上手く理解することができた。
「キース、お前はここにいてくれ。」
ためらいながらも茂みから出てきたレッドは、家の中へ入ろうとする金髪の青年に、背後からそっと声をかけてみた。
「あの・・・。」
青年が振り向いた。
レッドから見れば、彼は不思議な表情を浮かべている。誰・・・? と、そう問いたそうな、きょとんとした顔をしている。
実際、その通りだった。今のリューイから見れば、どこか荒々しい雰囲気で武器を備えているレッドは、明らかに近くの村人ではない。通りすがりの旅人が、道でも
そのレッドは肩を落としていた。俺のことが分からない ? 人違いなのか・・・と。
「あの・・・えっと・・・。」
「ごめん、俺、何も知らないんだ。メイリンが戻ってくるまで、中で待っててよ。」
レッドはハッとした。リューイの声だ。
しかしあまりにも他人行儀なその対応と驚くべき言葉に、レッドは戸惑ってどうしたらよいのか分からなくなってしまった。
「え、あ・・・ああ。」
うながされるまま
「なあ、リューイ。」と。
青年が立ち止まり、肩越しに振り向いた。目に、あからさまな動揺の色を浮かべて。
「・・・リューイ・・・って・・・。」
「いや・・・だから、その・・・リューイ・・・だよな。」
「・・・・・・。」
突然、青年の目から涙がこぼれた。
「うわ、なんだ、リュ、リューイ?どうした⁉」
驚いたレッドは、どう見てもリューイではあるが、中身が違うその青年の肩を両手でつかんで、面と向かい合った。
「リューイ・・・リューイ・・・。」
またひどい不安に襲われたせいだった。そう呼ばれてもピンとこず、彼のことも思い出せない。本当に自分の名前で間違いないのか、彼は知り合いなのか。突然、関わりがあったと思われる者が、何も分からないところへそうして現れても信じきれず、怖いとさえ感じた。
レッドが第一印象でたいてい与えてしまう見た目の険しさ、その危険な匂いも悪かったのかもしれない。剣を二本も腰に
だが記憶を取り戻す・・・それもまた単純に喜べるものでもないことに気付いた。今は、優しく世話をしてくれ、安らぎを与えてくれる少女メイリンといることで精神的に落ち着いていられるリューイには、レッドは受け入れ難く混乱してしまう存在である。
そしてレッドも、この様子から衝撃の事実にさすがに気付いた。
「リューイ・・・お前・・・。」
そこへ勢いよく駆けてくる足音がして、レッドは反射的に目を向けた。すると、先ほどのロングヘアーの少女がいきなり割りこんできた。そのせいでレッドは押し
「アレス、大丈夫よ、無理しないで。」
「いや、ちがっ、俺とこいつは ―― 。」
「あの・・・すみません、今日のところは帰ってください。お願い。」
レッドの顔を見ることなくそう言うと、少女はうな垂れるリューイの背中を押して、家の中へ入ってしまった。
そして戸口を閉めながら、最後に小さな声でこう言い残した。
「ごめんなさい・・・。」
レッドはその場に立ち尽くした。
知り合いだと分かってもらえなかった・・・ ? いや・・・俺が教えた自分の名前を繰り返していたリューイに、彼女は無理しないでと言った。さっきのやりとりや、今の彼女の言葉から考えても、そんなはずはない。
困ったことになった・・・。
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