28.  神話の続き

文字数 2,279文字

「あ、あった、あったよ!ほんとに、あった!彼女の服に付いてた!あの帯留(おびど)めの(かざ)りに、ノーレムモーヴがいたよ!」

「カイル、でも、ほら・・・あの二人、なんか別れの言葉交わしてるみたいだけど・・・。」
 狼狽(ろうばい)するあまり挙動不審なカイルに、レッドの方は、そんな二人を指差して冷静にそう言った。

「バカね、早く行って教えてあげなさいなっ。どうして、ここへ真っ先に戻ってくるの。」
「だって、邪魔するなって言ったじゃないかあっ。」

 しどろもどろになりながら、カイルは再び二人に近づいて行く。
 そのリューイとメイリンは、別れを惜しんでまだ離れられずにいた。

「メイリン、どうか元気で。」
「リューイもね。私、あなたのこと忘れたいって言ったけど、嘘よ。短い間だったけれど、私・・・あなたのこと本気で好きになったもの。」
「俺も、あんたのこと好きだ。」

 メイリンは、顔が悲しみに(ゆが)むのをこらえようと下を向いた。

「もう・・・最後にそんなこと言っちゃダメよ。」
「あんたも言ったろ・・・。」
「記憶が戻って、よかったわね。ほんとは真っ先に、そう言ってあげるべきなのにね。私ったら、夕べは困らせてごめんなさい。」

 健気(けなげ)に笑顔を向けてくれながらも、涙声になるのはどうにもできないそんな彼女に、リューイは黙って首を振り、見つめ返してほほ笑んだ。

 一方、そばでただ口をぱくぱくさせていたカイルは、ここでやっとタイミングをつかめて遠慮がちに一歩踏み出す。

 声をかけるなら、今だ。

「あのう・・・ちょっといいですか。」
「なんだ、カイル。さっきから。」
 リューイが(あき)れ顔で振り返る。
「ええっと、その・・・彼女さ・・・仲間みたいなんだけど・・・。」
「え・・・。」

 やや・・・間が空いた。

「だから、その、僕たちが探してた・・・その人なんだよね。」

 唖然(あぜん)となったリューイをそのままに、カイルはさらに歩み寄ると、彼女の胸の下を指差して言葉を続ける。

「あの、その帯留め・・・ちょっといい?それは・・・?」
「これはパパとママの形見よ。リューイ、私が仲間ってどういうことなの?」

 さっぱり訳が分からないメイリンにそうきかれて、リューイも本来の目的を今思い出した。それから頭の中でいろいろと整理してみる。

「いや、どういうことって・・・って、ことは・・・。」

「彼女と別れられたら困るんだよ。」
 少し前からそばに来て、この様子を見守っていた三人のうちギルが言った。

「悪いな、リューイ。せっかくいい雰囲気で、最後決めてくれたみたいだけど。」
 レッドもにこやかに そう ひやかした。

「つまり、あのね、僕たちはちょっと事情があって、仲間を探してるんだ。でも仲間と言っても、みんな初対面の人で・・・。だから、僕たちもみんなそうだった。そんな仲間のしるしっていうのが、君が持ってる、その緑色の石なんだ。精霊石って言われているものなんだけど・・・詳しいことは、あとでゆっくり話すよ。」

 その少年の言うことは突拍子(とっぴょうし)もなさすぎて、メイリンには返す言葉がすぐには見つからなかった。
 それでメイリンは、またリューイの顔をうかがう。

「あなたも持ってるの?その石。」
「ああ一応・・・。」

 ポケットに手をやって、リューイもそれを取り出した。確か、カイルからいきなり海の神 《ネプルスオーク》の精霊石だと言われたものを。

「この青い石がそうなんだと。」

「で、僕のはこれ。」
 首にかけている皮紐(かわひも)をたくしあげて、カイルも闇の神 《ラグナザウロン》の精霊石を見せた。

 そのあとほかの者も気をきかせて、レッドが大地の神 《グランディガ》の精霊石を出してみせると、シャナイアはブレスレットの太陽神 《アルスランサー》を、そしてギルは、頭上で旋回(せんかい)しているフィクサー(大鷹)を呼び戻して、首輪の月の女神 《スピラシャウア》を見せた。

「君のは、森の神ノーレムモーヴの精霊石だよ。ね、みんな初めて会うのに、同じようなもの持ってたんだ。とりあえず真面目(まじめ)な話だってことは分かってくれた?みんな、リューイみたいにいい人ばかりだよ。どう?僕たちの仲間になってくれないかなあ。」

 少年の話の全てをすんなりと受け入れることはできなかったが、彼の言う最後の言葉を聞いたとき、メイリンは、切なくて胸が(つぶ)れそうになる夜を迎えるはずだった恐怖から、パッと解放された気がした。
 だが、訳が分からないという戸惑いも無視はできない。

「リューイ・・・私・・・。」

 複雑な心境で見上げてくるメイリンを、突然のことに気持ちがついていけずに、リューイもまた同じような顔で見つめ返した。 

 だが、しばらくして。

 少年の方へ首を向けたメイリンは、ぎこちなく、それでも彼の目を見て一つ確かにうなずいたのである。その瞬間、リューイは思わず両腕を回して、メイリンの肩を抱き寄せていた。
 
 すると、その時。ゆっくりと昇り始めた太陽の射す光が、まるで二人を祝福するかのように照らし出した。


(むか)えにきたよ・・・。〟


 レッドは目を瞬いた。
 今、そんな声が聞こえた気がしたからだ。そして視線は反射的にリューイと彼女の方へ。

「俺・・・今、(がら)にもなくロマンチックなこと考えちまった。」
 
「実は・・・俺もだ。」と、ギルも不思議な感覚に見舞われた。

 この時、二人にはその神話の続きが見えた。
 オルフェとリーヴェの物語 (※注)。
 それは本来、悲話として知られている・・・のだが・・・。
 
 
〝迎えにきたよ・・・リーヴェ。やっと見つけた・・・。〟






 ※注 「オルフェとリーヴェの物語」は 外伝『天命の瞳の少年』― 第2部 に登場する作者の作り話です。





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