5. 大国の若き王子

文字数 2,552文字

 町の中央を貫通(かんつう)している大通り沿いの商店街には、たくさんの店舗が並んでいる。舗装(ほそう)された道も店舗の屋根も、燦々(さんさん)と降り注ぐ光で明るく輝き、買い物を楽しみに来た人々の気分をいっそう盛り上げてくれる。

 その中にある手作り小物を売る小さな店に、三人はいた。イヴとミーアが楽しそうに商品を眺めている姿を、エミリオは出入り口の近くから目を細めて見ていた。

 するとある時、エミリオはふと窓の外が騒がしくなったことに気付いた。肩越しに見てみれば、大通りに沿って何やら人垣(ひとがき)ができ始めているようだ。

 エミリオはつい、勝手に離れて店のドアを開けていた。

 店から真っ直ぐに大通りまで出て来たエミリオは、群衆がそろって顔を向けている方へ首をのばしてみた。周囲にいる誰よりも頭一つ分は背が高いので、視線はその大通りの遠くまで行き届いた。

 制服を着た騎兵の列が、整然と行進してくる。

 その姿をはっきりと(とら)えられるようになると、エミリオは一瞬、息をするのも忘れるほど驚いた。

 このエルティマ王国の王族とその護衛でも、遠征(えんせい)へ向かう軍隊でもない。それどころか、それらがどこの何者であるかまで、エミリオには一目(ひとめ)で分かったからだ。そして、まさに心臓が止まる思いで見つめた。その騎兵の行列は、なんとエルファラム帝国の騎士や家来。

 我に返ったエミリオはあわてて(かが)み、背を低くした。ここエルティマ王国の南には、エルファラム領となっている土地がある。その視察にでも訪れたのだろうか・・・そう考えながら、多くの兵士を連れていることから、外交使節と共に誰か来てはいないかと、慎重に耳をすました。そして、まず無いとは分かりながらも、車輪、つまり馬車の音がしないことにホッとした。シャロン皇妃はいないようだ。ならば父上も来てはいないだろう。年をとってからは、国外へは出たがらなくなっていたから。本来なら、外交使節とともに皇族の誰かが出向くとなれば、それは自分だったろう。それなら・・・もしかすると・・・。

 エミリオは、身の危険を考えるよりも、可能性として有り得る弟の姿を見たくてたまらなくなり、行列よりも先に回り込むため、人垣の後ろから、連なる煉瓦(れんが)造りの倉庫の間の通路を通り抜けて、鐘楼(しょうろう)のある広場に出た。ここなら、離れた場所から(大勢に)紛れてその一行(いっこう)を眺めることができる。エミリオは、できるだけ目立たないよう小さくなって、行列がやってくるのを待った。

 すると期待は的中し、大国の若く美しい皇子を(おが)ませてもらおうと、そのあとからも次々と人が集まってきていた。

 やがて帝国騎士団の行列は、人の群れに混じって分からないように見送ろうとしていたエミリオの前にさしかかった。
 そして、見えた。
 いかにも腕がたちそうな複数の近衛騎士に守られている、ブロンド髪の青年がいる。

 周りでは、ヴェネッサの町の人々が口々に(ささや)き合い、その行列の国について見聞したことや知識をひけらかしていた。

「エルファラム帝国の皇子様だそうだ。ここは荒野に(たたず)む唯一の活気ある町で、北から南へ旅をするには通過点になるからね。」 
「へええ、あの大国のかい。」
「じゃあ、あのお方が有名な・・・。とてもそうには見えないけれど。」
「いやいやそれが、かの第一皇子様は肺を(わずら)わせてお亡くなりになったそうだ。その顔を見たことのある知り合いの話では、間違いなく、男では大陸一の美貌(びぼう)だとか。あのお方は弟君(おとうとぎみ)だそうだよ。つまり、今では正式な次期王位継承者ってことだろう。」

 エミリオは、大勢の他国民に囲まれながらも物怖(ものお)じせず、堂々と馬を歩かせているランセルの頼もしい姿に、密かに安堵(あんど)の笑みをこぼした。

 ところが思わぬことに、そこで、その白馬がエミリオに気付いてしまったのである。

 ランセルを乗せているその白馬は、フレイザーという名のもともとエミリオの愛馬で、仔馬(こうま)の頃からエミリオが自ら世話をし、戦場でも共に戦った仲だ(※1)。エミリオは、城を出る時にひどく()しみながらも、目立つという理由でやむなくフレイザーを置いてきたが、その時、弟のランセルにその愛馬を(ゆず)ると伝えていたのである。

 その後は、ランセルもそれは大切にフレイザーの面倒をみていたが、フレイザーのエミリオへの愛情は、そっくりランセルに移ることはなかった。その証拠に、ランセルが命令もしていないのに、フレイザーは突然ピタリと立ち止まり、人込みの上から、かつての主人をひたすら見つめ続けている。そのうえ、尾をぶんぶんと振り動かし、(ひづめ)を踏み鳴らして、少し興奮しだしてしまった。

 ランセルには、まるで分からない。とにかく馬首を優しく()でて(なだ)めようとしたが、どうにもならなかった。

 行進が止まった。

 ランセル皇子の近衛兵(このえへい)も馬から降りて、落ち着かなげなフレイザーに何か話しかけながら(たてがみ)に手をやった。

 だがやはり、フレイザーはどこか一点を見つめたまま動こうとしない。

 さすがにランセルも怪訝(けげん)がる。ランセルはフレイザーの視線をたどり・・・そして、両目を大きく見開いた。

 その時、エミリオもまずいと気づいて背中を返していたが、ランセルには、急ぎ足で人込みを掻き分けながら去っていく長身の青年に、愛おしさと確信を覚えずにはいられなかった。

 実は、兄は自ら命を絶ったと教えられていたランセル。今は近衛兵となって護衛をしてくれているこの男から遺言を聞かされた時には、母を(うら)み、しばらく(ふさ)ぎこんでいた。だがやがて立ち直れたのは、兄の死を受け入れずに、必ず生きていると信じたからこそ。

 だから、ランセルは疑いもなく馬から降りて、隣についていた大臣や従者が驚いているあいだに人込みに駆け込んで行き、青年の後ろ姿を無我夢中になって追いかけた。

「殿下、どちらへ!?」と、その近衛兵は叫んだ。

 以前、ニルス付近の森で心ならずエミリオ皇子を暗殺しようとしたこの男は、あわててランセル皇子を追っている途中で、エミリオ皇子に気付いた。驚きのあまり、男は言葉を忘れたかのようになる(※2)。

 だがすぐ、これはいけない!と我に返り、再びランセル皇子を引き止めにかかった。





(※1)『アルタクティスZERO 』―― 外伝「運命のヘルクトロイ」
(※2)『アルタクティス 3 』―― 第6章「白亜の街の悲話」4.刺客




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