3.   演奏家の青年

文字数 1,832文字

 カイルはエミリオの腕を取り、打ちつけた右肩の付け根から丁寧に調べていった。(ひじ)の近くを押さえた時、エリミオは(つら)そうに(うめ)いたが動かせると言ったので、カイルはまずエミリオに腕を動かさないようにと注意して、その子の手当てから始めた。それは簡単に済んだため、すぐにエミリオの腕にとりかかる。カイルは手際(てぎわ)よくやり、エミリオの腕には何か軟膏(なんこう)が塗られたあと、しっかりと包帯で固定された。

「打撲だね。僕がいいって言うまで負荷(ふか)をかけないようにして、しばらくこのままだよ。()れてくると思うけど、痛みを(おさ)える薬を塗っておいたから。あとは筋肉の回復を(うなが)す薬を飲んでれば、一週間くらいで良くなるよ。」

 その様子を、多くの人がまだ残って見守っていた。

 そこへ、泣きながら血相を変えて駆けこんできたのは、転落した子供の母親である。

「あの、私の子は・・・。」
「気を失ってはいますが、体は無事です。」
 エミリオは聖者様のようにほほ笑んだ。
「ちょっと目をはなした隙に・・・。ああ、本当にありがとうございます。」

 彼女は何度も頭を下げながら我が子を胸に抱くと、愛しくてならないというように、その小さな(ひたい)にキスをした。

 その姿を、目を細めて見つめるエミリオは今や、周りで自然と起こった拍手に取り巻かれている。

 そうして親子が人込みの中へ消えて行くと、集まっていた人々もゆっくりと散り始めた。何人かがエミリオに向かって、去り(ぎわ)に称賛の言葉をかけたり、慣れ親しんだように何気無いひと言を残して。

 そして最後に背を向けかけた男性は、こう言った。
「兄ちゃん、その腕じゃあ今夜は無理だな。」
「そうですね。でも、もうあの場所に立つことはないかもしれません。間もなく、私はこの町を出ることになりますから。」
「そうなのかい。それは残念だ。またいつでもこの町に遊びにおいで。あんたの音色は、みんな忘れないよ。」
 男はそう言って、軽く手を振りながら去って行った。

「ありがとう・・・。」

 エミリオが感慨(かんがい)深げにその男を見送っているそばでは、先ほどの彼に対する人々の様子なども合わせて、仲間たちが意外だという顔で注目している。

「いったいぜんたい・・・この町で、お前は何者になったんだ?」
 ギルが不思議がって問うた。

「ああ、私たちが宿泊している旅館の一階は料亭で、そこで毎晩フィルートを奏でていたんだ。おかげで、店に来てくれた多くの人が親しんでよくしてくれる。」

「へえ・・・。」

 ギルは感嘆(かんたん)した。それをしみじみと嬉しそうに語る相棒を見て、顔がほころぶ思いだった。詳しいことは知らないが、過去の辛い記憶に(さいな)まれてばかりいることなく、エミリオがこうして慣れない環境で上手くやり、そこに喜びを感じられるようになったことは、ギルにとっては驚きであると共にほっとした。

「いつ着いたんだ。」
「二週間ほど前だよ。朝、向こうの繁華街(はんかがい)辺りにいれば、きっと会えると思ったんだ。だから、毎日ミーアとそこへ通っていた。」
「二週間か。ずいぶん早くにやって来られたもんだな。」
「早く皆に会いたくてね。ここまでは馬を飛ばしてきたが、その宿に(あず)けている。」
「宿代もかかったろう。」
「いやそれが、毎日決まった時間にフィルートを(かな)でるだけで宿代はただにしてくれると言うものだから、宿泊費だけは全くかかっていないんだ。」
「なるほど・・・そりゃあ大儲(おおもう)けだろうな。」

 ギルは、その旅館の主人のことを商売上手な男だと感心しながら言った。

「その顔が(おが)めるだけでも、客は入るものね。」と、シャナイア。

 だが(とう)の本人は、なぜ主人がそんな話を持ちかけてきたのか、その真の意味になど気付いちゃいないだろうとギルは思った。この男は驚くほど頭がキレるわりに、驚くほど自身の魅力については自覚が無さ過ぎる。

 何はともあれ、感動の再会はハプニングのどさくさに(まぎ)れてしまったが、ここで彼らは改めて再会を喜びあった。シャナイアの手を離れたミーアが、両手を広げて真っ先に飛びついていった相手は、やはりレッドだ。

「わーい、会いたかったよおっ。」
「おお、いい子にしてたか?」
 レッドも珍しく素直な笑顔で少女の脇を抱え上げ、抱っこの姿勢をとった。
「ねえ、寂しかった?」
「ああ、それなりにな。」
「そんなもんじゃなかったろう。」と、ギルは呆れずにはいられない。

 ここでエミリオは、ようやく何かおかしいことに気付いた。
 そう、今ここに馴染(なじ)み深い顔ばかりがそろっているということである。それではいけないはずだった。

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