26.  予知夢

文字数 2,705文字

 しばらく夜空を見上げていたリューイは、窓を閉めて舞い込んでくる夜風を(さえぎ)った。今夜は明るい月夜なので、明日は出発するにはいい日和になるかもしれない。

 二人はとりあえず、いつものように休むことにした。だがメイリンは、眠る時の肌着姿にはなったものの、いつまでも寝床につこうとはしなかった。

「もう休もう。」

 メイリンは、彼の困ったような顔を見ておきながらまだ動こうとしない。

 リューイは小さなため息をついて、両腕を差し伸べる。
「ほら・・・。」

 そうされてやっと、いつまでも浮かない顔のメイリンはとぼとぼと彼の方へ近寄った。リューイは片腕で彼女を引き寄せ、もう片手で上掛けを引き上げながら横になった。そしてメイリンは、そのまま自然に伸ばされた彼の腕枕に頭を乗せた。

「思い出したのね。」

 自分の胸のあたりから、か細く切ないささやき声が聞こえた。
 リューイは悲しげにうなずき返した。

「ああ・・・思い出した。言わなきゃいけないことが、たくさんある。」
「・・・出て行ってしまうんでしょう?さっきは、あんな強がり言っちゃったけど、やっぱり(つら)い・・・。」
「・・・ごめん。」
「お願い、謝らないで。記憶が戻っても一緒にいてくれたらって・・・思ってたのに。謝られたら・・・私・・・。」
 メイリンはリューイの胸にしがみついて、彼が耐えきれなくなりそうなほどの悲痛な声で言った。
「また独りにしないで・・・。」と。

 リューイは唇を噛み締めて、黙っていた。だが、言うべき言葉を変えるつもりはなく、しばらくしてやっと言った。
「メイリン・・・俺にはやっぱり、しなきゃならないことがあったんだ。俺には、これまで一緒にいろんなことを乗り越えてきた仲間がいる。こんなことを言うのは辛いけど、待ってる奴らがいるんだ。俺が行かないと、あいつらが困るから・・・。」

 メイリンは長いあいだ何の返事もできなかったが、彼を困らせてはいけないと頭では分かっていた。だが思いつく言葉は、どれも知らずと冷たいものになってしまう。

「ほんとは分かってるの。何を言っても無駄だって。だって・・・夢で見たもの。」

 リューイは、意味が分からない・・・という顔を向ける。
「何の?」

「あなたが出て行ってしまう夢。ほら、私、眠りながら泣いてたことがあったでしょ。ほんとは、あの時見たの。だから、あなたの記憶がもうすぐ戻ることも、私とは一緒にいられなくなることも・・・知ってた。」
「そう・・・なんだ。でも、ただの夢だろ、それ。」
「あの人たちが来ることも知ってたわ。その夢と一緒に見たもの。私・・・」

 メイリンはいくらか躊躇(ちゅうちょ)して、それからこう言葉を続けた。
「予知夢が見られるみたいなの。」

 そのあと、二人のあいだにしばらく沈黙が続いた。

 メイリンは、彼がなぜ黙り込んでしまったのか分からず、顔を上げる。
 すると、きょとんとしている彼のその目と目があった。

「あの・・・さ、ヨチムってなに。」と、リューイ。

「あなた・・・記憶、戻ったのよね?」
「ああ、俺さ、もともと知らないことがいっぱいあるんだ。」

 やっぱりもともと変わった人だったのねと、メイリンは、これまでの彼のおかしな言動に納得した。

「これから起こることが夢の中で見られるの。その夢のことよ。」
「うわ、すごいな。」

 思わず背中を起こしたリューイ。
 メイリンもゆっくりと起き上がって、彼の方を向いた。

「信じるの?」
「なんで? 嘘なのか?」

「いいえ、ほんとよ。パパとママが事故にあう夢を見たのが最初だった。それから予知夢を見るようになって。でも私が見る悪夢はつながっていなくて、いつも断片なの。だから、いつそれが起こるかまでは、その夢だけじゃあ判断できないことも多いわ。」

「予知夢って、怖かったり、嫌な夢しか見られないのか。」

「いい夢も見るんだけど、ほとんどが悪い夢。いい夢は、当たるかどうかも分からないから、期待させちゃうのもと思って、人に教えたりはしないんだけど、悪い夢は、特に人が傷つくような夢は、何となく注意を(うなが)すようにしてみるの。何も起こらなかったり、助かったのは、そのおかげかどうかは分からないんだけど、ただ・・・どことか、誰とかが、私にはすぐに判断できなくて、伝えることができなかったことは・・・全部起こったの。」

 だんだん暗くなる声で話すメイリンを、リューイも(まゆ)をひそめて見つめていた。

「あなたの夢を見たのは二度目よ。前は、あなたと出会う三日くらい前だった。崖から人が落ちてくる夢。ね、私の夢、当たるでしょう?だから ――」

 グイと抱き寄せられて、メイリンは声を詰まらせた。

「ほんとに・・・ごめん。」

「私も記憶を失いたい。あなたのこと忘れたい・・・。」
 少し意地悪だと分かってはいたが、やはりメイリンはそんなことを言ってしまった。

 リューイもすぐには言葉が出てこなかったが、それはふと思いついたある考えを、口にしてよいものかどうかと悩んでいたせいだ。

「メイリン、もしよかったら・・・。」
「え・・・。」
「あ、いや、何でもない。」

 思いきって口にしかけたことを、リューイはやはり思いきれずに飲み込んだ。

 リューイは手を離して、視線をそらした。

「なに?気になるじゃない。もしかして、帰ってきてくれるの?」
「いや、違うんだ。俺には、帰らなきゃならない故郷がある。」

 メイリンに押される形で、リューイは再び口をきった。

「だから・・・もし、あんたさえよかったら、その・・・俺の故郷に来ないかと。俺は、メイリンを一人にしたくないんだ。さっきみたいなこともあるし・・・俺だって一緒にいたい・・・ずっと。」
「・・・ほんと?」
「ただ・・・。」
「行ってもいいの?嬉しいっ。」
「ああ、メイリン待って、やっぱりダメだ、無理だよ。」

 リューイはあわてて(さえぎ)った。そこが心から誘ってやれるような普通の環境ではないことを、頭では分かっているからだ。

「どうして?ひどいわアレス、あ、ごめんなさい、リューイだったわね。リューイ、どうしてそんなこと。私、今すごく嬉しかったのに。」
「だって、あんたが嫌がる。」
「そんなことないわ。何もない環境も、不便も嫌いじゃないのよ。慣れるまでは苦労しちゃうかもしれないけど、どこでも好きになれる自信が ――」
「何もないって、ほんとに何もない所なんだよ。その森には人もいないし、ここに居る方がずっと安全かも。」

 メイリンは怪訝(けげん)そうな顔になり、つかの間黙り込んだ。
「いったい、どこなの?あなたの故郷って・・・。」

 肩をすくめてリューイは答える。
「・・・アースリーヴェ(※)。」





※ アースリーヴェ ・・・ 大陸最南端にあるジャングルの名称






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