25.  完全復活

文字数 2,388文字

「ぐああっ!」

 誰もが驚倒(きょうとう)した。

 今リューイが(なぐ)り飛ばしたのは、どっしりした重量感満点の大柄(おおがら)な男。それが(すべ)るような勢いでテーブルから転げ落ち、子供のように派手な悲鳴を上げながら床に(うずくま)ったまま、いつまでも立ち上がれずにいるのだ。

 これには殴った本人も驚いて、固めた(こぶし)もそのままに大口を開けていた。体の方は思い出してくれても、頭がまだ分かっていない。

 リューイが向かってきた時に男がとっさに放したおかげで、メイリンはこの(すき)にリューイの背後へ回った。

 やがてテーブルの脚やら天板をつかみつかみ、やっとのことで這い上がった大男の顔は見るも無残に()れあがっており、骨がいかれていてもおかしくないほどである。

「ちくしょうっ、お前ら、こいつを始末しろ!」
 思わぬ目に遭わされて気が動転しつつも、大男はそう激怒した。

 ところがリューイの体は無意識に反応し、自然に動いて、また気付いた時には一人に(あざ)やかな回し蹴りを食らわせていたのだ。

 リューイの顔つきが変わったのは、そのあとのことだった。

 瞬間、リューイは自身の中で何かが(はじ)けるような感覚を覚えた。徐々に薄くなっていた(から)の中で、今か今かと身悶(みもだ)えていた記憶の数々が、不意に見つけた(ひび)隙間(すきま)を突き壊して、いっきに噴出(ふんしゅつ)する感じ。そうなると、ここ数年分の物事が一度にどっと浮かび上がった。ことに新しいもの、仲間の顔や、彼らとの旅路で見てきた景色、そして出来事の数々がありありとよみがえり、ついていけないほどめまぐるしく頭の中を駆けめぐっている。

 そのため()り飛ばした男のことなど忘れているが、その男は壁に激突したあとぴくりとも動かないままだ。

 唖然(あぜん)としていたほかの連中も間もなく気を取り直して、今度はおのおの武器を引き抜くや、「くたばれ、小僧!」と叫んで一斉に(おど)りかかった。

 リューイは背後にいるメイリンをあわてて突き飛ばした。
「離れてろ!」

 その衝撃で数歩よろめいたメイリンは、別人に見えるほど急に感じが変わった彼を、戸惑いながら見つめた。そして、そのまま言葉を失ってしまった。なにしろ・・・。

 リューイは、最初の男が振り下ろした剣をあっさりとかわした直後、逆に一発で殴り倒していたのである。すかさず襲いかかってきた次の相手には左からの回し蹴りを食らわせ、流れのままにサッと(ひるがえ)るや、次いでナイフを向けてきたもう一人の腕をつかんで、高く(ひね)り上げた。

「いてててっ!」

 その男が悲鳴を上げながらもがいているあいだに、最初に殴られた一人は性懲(しょうこ)りもなく長剣を拾い上げていた。リューイは腕をつかんでいる男の後ろ首に手刀(てがたな)を叩き込むと、また剣を振りかぶってきた男の腹の下にさっと(もぐ)って、軽々と放り投げた。危ない武器はその拍子に手元から離れ、身軽になった男の体は、大きく開いた窓に引っ掛かることなく飛び出して行った。窓の外には、そこから様子をうかがっていたギルとレッドがいるというのに。

 ぎょっとした二人は、素早く左右へ避けた。

「やった、あいつ、ようやく戻りやがった。」と、レッドは小声で歓喜。

 するとまだ動ける男たちが、腹や首を押さえながらよろよろと退散を始めた。
「ど、どうなってんだ、ちくしょう!」

 一味(いちみ)はこけつまろびつ逃げ出そうとする。

「おいっ、ちゃんと仲間を連れていけ!置いて行ったら、こいつら(かつ)いで追いかけるぞ!」

 もう勘弁(かんべん)・・・男たちは大あわてで仲間を引き摺り起こした。

 それを厳しい顔で見送ろうとしているリューイは、「窓の外のヤツもだぞ。」と、几帳面に付け加える。

 言われた通りに窓の外へ回りこんだ連中は、そこで唖然・・・となった。

 なぜかそこに、二人の若者がいる。彼らは、目の前で気絶している、放り出された男を介抱するでもなく、ただ不憫(ふびん)そうにそのまぬけ面をのぞきこんでいるのである。不意に現れたそんな二人が、そこにそうしている意味が分からない。

「お前さんたち、皆そろってちゃんとお医者様に診てもらった方がいいよ。」
 倒れている男の脈をみて、その一人ギルは心からそう助言した。
「ヤツの蹴りや鉄拳は殺人的だからな。」と、もう一人レッドも言った。
「あいつが記憶喪失でさえなけりゃあ、手加減もしてくれたろうけど・・・気の毒に。」

 ギルのそれは、巨体の男に向けられたものだ。だが、この男についてだけは全力のようにも見えたが、生きて動けてまでいるのだから、戦い方を忘れた状態でいたのが幸い威力を落としてくれたか、それともがむしゃらな攻撃で的を外したか・・・。狙って、全力でやられて、まともに受けていたら、即死だ。

「記憶喪失!?」と、連中はそろって調子はずれな声をあげた。

「でもまあ、あいつに思いきりやられて動けるってのは、奇跡だぜ。」
 その丈夫さに、レッドは本気で感心している。
「あんたらのおかげで、ほら今治ったみたいだ。ありがとよ。」と、ギル。
「あいつはもともと、さっきの通り野獣なんだ。ついてなかったな。」と、レッド。

 一味は愕然(がくぜん)と佇んだ。 

「そら、ぐずぐずしてると野獣が追いかけてくるぞ。」
 ギルが言った。

「あいつは短気だからな。」と、レッド。 

 二人の警告にぞっとして、伸びている子分を巨体の親分が手荒く肩に担ぎ上げた。
 そうして無様に退散して行く盗賊一味を、ギルとレッドは手を振って見送った。

 一方、もとの静けさを取り戻した家の中で、リューイはメイリンを振り返った。
 メイリンは両手を口に当てて、信じられないといった目を向けてくる。
 リューイは視線を()らしてうつむき、目を伏せた。

「さあ帰ろうか、レッド。」
 そう囁いて、ギルは窓に映らないよう頭を低くしながら壁伝(かべづた)いに移動した。

 あとについて同じように動いたレッドは、離れたところから一度だけ振り返ったが、それからは黙って歩いた。

 このあと、今夜二人は、ひどく気まずい時間を過ごすことになるだろう・・・。



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