27.    逃げないで・・・

文字数 2,553文字


 まだ朝もやが(ただよ)う中に、この日ようやく全員の顔がそろった。
 全てを思い出したリューイがどう決断するのか心配もされたが、こうして戻ってくれたのだ。
 ただやはり、嬉しそうではなかった。ひどく暗い顔をして帰ってきたのである。
 
 リューイが起きた時、メイリンの姿は無かった。

 だがリューイは、彼女が家を出た時を知っていた。それは朝のまだ暗い頃で、いつも川へ行く時間よりもずいぶん早かった。その前に彼女がテーブルについて何かをしている時も、それを感じながらリューイはわざと眠っているふりをしていた。そして、玄関の閉まる音がして気配が無くなってから体を起こしたリューイは、真っ先に視線をテーブルへ向けてみた。

 すると、置き手紙が。

 そこには、言葉少なに別れの言葉がしたためられてあった。だが昨夜とは違って、相手を気使う優しい文言(もんごん)ばかり。リューイはそれにひどく痛切な気持ちになり、自分は読み書きの知識が(とぼ)しく苦手だったが、メイリンも点けたランプを灯すと、〝いろいろありがとう。〟そうひと言だけ返事を残して出てきたのだった。

 どうしてもまだ元気になれない、そんなリューイと同じくらい肩を落としている者が、もう一人。

 それは、精霊使いの少年カイル。そもそも、この土地へとやってきた理由は、あくまでアルタクティスの仲間探しなのである・・・が・・・。

「村のずっと下まで行って、この辺りに住む人はみんな当たってみたけど、結局分からなかった・・・ノーレムモーヴ《森の神》。」

「それに、ここの人じゃないのかもね。旅してる人で、あの時はたまたまこの辺りにいたんじゃないかしら。でも、そう遠くには行ってないかもよ。」
 シャナイアが軽い声で気休めを言った。

「でも、どっちに行ったのか分かんないよ。はあ、残念・・・。」

「こうなったら気長にいくしかないな。エミリオと合流してからだって、遅くはないかもしれんぞ。まあ、運命とやらが本当なら、どうとでもなるだろ。」
 ギルもそんな暢気(のんき)なことを言った。

 もともとカイル以外は、自分たちの立場やら使命やらの自覚に欠ける者ばかりなので、カイルが思うほど深刻になれない、というのが本音である。

 三人がそう話しているそばで、リューイは少し恥ずかしそうにレッドと向かい合っていた。そのレッドの額にはいつもの赤い布ではなく、包帯が巻かれてある。落石からリューイを助けたためのものだ。

「悪かったな・・・俺のせいで怪我させちまって。」
「まったくだぜ。あんまり、つまらないことで面倒かけるなよ。」
 レッドは苦笑いを返した。

 リューイは、キースにも謝らなければならなかった。それというのも、キースはさっきからリューイの足に(まと)わりついて離れようとしない。初めは特に心配することもなかったキースだが、事情もよく分からず避けられたのはさすがに(こた)えたようだと、その様子を見てレッドは思った。

 それで腰を落としたリューイは、キースの背中をお詫びのしるしに何度も撫でてやった。
「キースもゴメンな。俺、お前にひどいことしちまった。」

 いよいよ出発の時になって、ギルはつい、たった今感じた気配の方へ首を向けた。だがすぐ、気づいたことに気づかれないよう演じた。

 密生している木の後ろ。それほど離れてもいないそこに、リューイだけをひたすら見つめている少女がいる。顔を少しだけ(のぞ)かせて、なんとも寂しそうに・・・。

 恐らく、カイル以外はほぼ同時に気付いたろうと思いながら、ギルはさりげなくリューイに歩み寄り、ささやきかけた。

「お前のこと、そっと見送りたいんだな。何か言ってやることはないのか?」
「今朝、手紙が置いてあって・・・お互いちゃんと吹っ切ってきたから。会うと、また辛くなるよ。」

 リューイは驚くこともなく、そう返事をした。やはり気付いていたのだ。

 ギルはやれやれと首を振った。口下手なリューイのことだ。つまり会話では互いに割り切れず、せめてもの()り所として彼女も手紙に頼った・・・ということだろう。

「もし最後に見せたのが笑顔じゃないなら、後悔すると思うぞ。」

 そうして仲間たちに後押しされると、少し悩んだが、やがてリューイはためらう足を思いきって前へ出した。

 ところが気付かれたと分かると、メイリンの方はあわてて去ろうとする。

「待って。」
 思わず、リューイは声を張り上げていた。

 それは彼女を驚かせ、呼び止めることができた、・・・が、振り向かせるまではできなかった。

「逃げないで。最後にもう一度・・・あんたを抱きしめたい。」
 そう言うと、リューイは恐る恐る近づいて行き、両腕を差し伸べた。それは夕べ、眠る前にしたのと同じ仕草(しぐさ)
「ほら・・・。」

 たまらず涙があふれだした。メイリンは嗚咽(おえつ)をもらしてパッと(きびす)を返し、彼の胸に飛び込んで行った。

「ねえ・・・あの子、本当に治ったの?大丈夫?」
 シャナイアが言った。
「だから、ちょっとした奇跡が起こったんだよ。」と、レッド。
「やはり芽生えたようだな。本人はよく分かっちゃいないだろうが。」と、ギル。
 するとカイルが、「うそ、すごくいい感じになってる。」
「お前のちょっといい感じがだいたい分かったよ。」と、レッド。

「それより、なあカイル・・・俺は今、不意に思ったんだが・・・。」ギルは(あご)に手をあてがい、それから言った。「彼女にはきいてないな。」

 沈黙が落ちた・・・。

「あ、ほんとだ!うわっ、うっかりしてた!」
「やだ、よく考えてみたら、あの子が一番それっぽいじゃない!」
「彼女、精霊石持ってるかな。僕、見てくる。」
「邪魔しちゃダメよ・・・いいとこなんだから。」

 カイルは、愛しげに抱き合う二人のそばをうろうろしだした。(はた)から見ているギルやレッドからも、その動きは不自然で明らかにおかしい。だがひとまずリューイには無視されているようだ。

 そのカイルは後ろ姿しか分からない状態で、彼女の全身に目を()らしてみた。それらしいものは見当たらない。リューイの背中に回している両腕にはブレスレットもしていないし、ネックレスかな?と、前を確認したいカイルは、ぴったりと密着していた二人が抱擁(ほうよう)を終えて向かい合った時、思わず歓声を上げそうになって口を押さえた。

 彼女の胸の下辺りで輝いている、まさにそれを見つけたからである。




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