4. その頃 ―  ヴェネッサの町にて ―

文字数 844文字

 ―― ヴェネッサの町 ――




 仲間と別れてから、一か月が過ぎようとしていた。


 ミナルシア神殿で暮らし始めてからというもの、エミリオはとにもかくにも猛勉強に(はげ)み、驚異的な記憶力で神精術の戦闘術だけを覚えていったが、無理がたたってか二日前にとうとう発熱を引き起こしてしまい、今もベッドで休んでいた・・・はずだった。イヴが部屋を(おとず)れた時、枕を背もたれにして体を起こしている彼の手元では、神精術の書が申し訳なさそうに上掛けからチラと顔をのぞかせていたのである。


「おはよう、気分どう?」

 イヴは、エミリオのわきを通り過ぎて両開きの窓を開け、舞い込んできた風でひるがえるカーテンを、タッセルで横にとめた。

「ああ、ずいぶん良くなったよ。君のおかげで。」
「エミリオったら、最近はずっと一晩中勉強してたんだもの。体壊すのも無理ないわ。」

 イヴはそう言うや、エミリオの手元から書物を探り出して取り上げた。

 エミリオは、苦笑混じりに肩をすくってみせる。

「早くみんなに会いたいからね。早く覚えたいんだ。そうすれば、三か月も待たずに済むかもしれない。早くレッドに会えるよ、イヴ。」

「ミーアのためなのね。」

 イヴがため息をついて言うと、エミリオは肩越しに窓の向こうを振り返った。

「あの子の元気のない姿には辛いんでね。ミーアが笑わなくなって、もう三日になる。最近は、私のベッドにもよく来るようになったし。」
「ずっと無理に元気にしてたのね、きっと。」
「もう寂しさも限界なんじゃないかな。」

 イヴは少し黙って考えていた。頭の中で、今日の予定を確認しているのだ。

「そうね、今日、ミーアを誘ってみるわ。少しなら時間作れそうなの。一緒にお買い物をして、楽しい気分にさせてあげなくちゃ。」
「いいね、私も行っていいかな。」
「体は大丈夫なの?」
「ああ、もう何ともない。」

 確かに今朝は、エミリオは顔色もよく熱もすっかり引いていた。

 イヴは再び窓辺に立つと、そこから身を乗り出して、木陰にしょんぼりとしゃがみこんでいる少女に声をかけた。





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