21.  もどかしさと失望

文字数 1,813文字

 ついたての向こうでは、メイリンが三人分の朝食を作っていた。

 レッドは、緩慢(かんまん)に意識を取り戻した。何かを煮詰めている香ばしい匂いと、心配そうに自分を見下ろしているリューイがそばにいるのはすぐに分かったが、しばらく視線が定まらずにぼんやりと見上げていた。それに、脳髄(のうずい)をガンガンと刺激する頭痛はそれよりも(おさ)まりが悪い。

「う・・・リューイ・・・。」

 ベッドに寝かせてもらっていたレッドは、ゆっくりと背中を起こした。頭にはいつもの布ではなく包帯が巻かれている。レッドは痛みを感じる箇所に恐る恐る手をやって、激痛に顔をしかめた。

 その様子をおずおずと見ていたリューイは、申し訳なさそうに肩をすくめている。

「あの・・・ありがとう、助けてくれて。」
 リューイは弱々しく声をかけた。

 レッドは悲しくて仕方がなかった。粗野(そや)な言葉づかいでズケズケと話し、振舞いは豪快で、(あふ)れんばかりの力強さが(みなぎ)っていた相棒のそれが微塵(みじん)も感じられないこの男に、今にも殴りかかって手荒く揺さぶり、しっかりしてくれと怒鳴りつけてやりたいのをグッとこらえた。

「リューイ・・・あんなの余裕で避けれたろ。それが・・・ちっとも動けなくなるなんて・・・。お前、いつまで・・・そんな・・・。」
 レッドは苛立(いらだ)たしげに手で(ひたい)を持ち上げながら言った。
「俺たちはもうすぐ、また旅立たないといけなくなる。今までだって、ずっと・・・。」

 ・・・一緒に旅をしてきた。それも忘れようもないほど刺激的な旅だ。多くの苦難を共に乗り越えたからこそ急速に深まった(きずな)。なのにその思い出は一瞬で忘れ去られ、絆も()ち切られてしまった。人間離れした身体能力と強さで数々の危機を救ってくれたリューイが、突然いなくなってしまった。今そばにいるのは、ただ純朴(じゅんぼく)なだけの美青年だ。
 そして、リューイの中からも、自分や仲間たちの存在は簡単に消えてしまった。

 思い知らされたレッドは、深々とため息をついた。
「リューイ・・・もう・・・戻ってこないのかよ・・・。」

 二人の間に重苦しい沈黙が落ちた。互いに、何を言ったらよいのか分からなかった。リューイにはレッドの言っていることが理解できなかったし、レッドも、今のリューイに言っても仕方のないことだと分かっていたので、リューイが何も返せずに黙り込むのは予想がついていた。

 そこへ、レッドが目を覚ましたことに気付いたメイリンが、食事の支度をちょうど済ませて顔をのぞかせた。

「大丈夫?出血はたいしたことなかったけれど・・・。」
 メイリンはそのあと、具合を確かめる意味で問うてみた。
「ねえ、私はメイリン。あなたは?」と。

「ああ、俺はレッド。世話かけて済まない。」

 彼の口から自分の名前がすらりと出てくると、メイリンはほっと胸を()で下ろした。

「そう、よかった。」
「え・・・?」

 レッドが怪訝(けげん)そうな顔をしたので、メイリンはあわてて言葉を続ける。

「あ、えっと、よかったら朝食一緒にどう?三人分作ったのよ。」
「ああ、いや、ありがとう。でも、せっかくだが遠慮するよ。二人でたくさん食べてくれ。邪魔して悪かったな。」

 自分の赤い布を見つけたレッドは、立ち上がりざま、それを寝台のヘッドボードからすくい上げた。

 本当のところは、彼女とはいろいろと話をして本音を探り出し、こちらの事情も説明して、これ以上リューイに好意を持たないよう歯止めをかけておきたい思いもあった。が、レッドは、リューイのいる前でそうするわけにもいかずに(あきら)めた。それに、今のリューイを見ているのも辛かったが、もし出発までに間に合った場合のこの二人のことも考えると、ひどく胸が痛んだ。本人はまだ言葉にできるものではないだろうが、リューイは彼女に、いつの間にか(はぐく)まれた確かな愛情を抱き始めている。

 もとに戻れることと、このままでいること……今のリューイにとっては、どちらが望ましいのだろう。

 とにかく、ここでは気持ちを切り替えたレッドは、もう何も言わずに玄関へ向かった。

 メイリンと一緒に、リューイもあとについて外へ出た。そして最初は他人のように見送ろうとしていたが、彼が離れかけると思わず、
「あの・・・。」
 と、呼び止めていた。

 レッドは立ち止まり、肩越しに振り向いた。

 だが・・・しばらく待ったが、リューイはおどおどと困惑しているばかりで、その口からそれ以上は出てこない。

 そんなリューイに、レッドもただ複雑な微笑を残して背中を向けた。






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