23. 戻りつつある記憶
文字数 2,311文字
燃えるような色濃い夕焼けが遠ざかり、それにつれて、辺りは急速に暮れていった。
玄関ポーチの階段に腰を下ろして、一人物思いに耽 っているリューイは、疲れたように顔をのけぞらせてそんな空を眺めていた。
あれからずっと、頭の中をかけめぐって止まない声を聞きながら。
〝 リューイ・・・あんなの余裕で避けれたろ。それが・・・ちっとも動けなくなるなんて・・・。お前、いつまで・・・そんな・・・。〟
俺は何をしていたんだろう・・・。俺は、どういうヤツなんだ?何かしなければならないこともあったような気がする・・・。
〝 俺たちはもうすぐ、また旅立たないといけなくなる。今までだって、ずっと・・・。〟
独 り言のようにそう言った時の、彼の表情まで目に浮かんできた。
あの人・・・すごく寂しそうだった。
俺にも、忘れたくない思い出があったかもしれない。
あの言葉の続きは・・・。
「ずっと・・・一緒に旅をしてきた?」
〝 俺たちは・・・。〟
ほかにもいるんだ・・・仲間が・・・。俺のことを知っている人が。
「旅・・・か。」
メイリンが自分のことを知らなかった時点で、なんとなく分かってはいた。自分がこの土地の人間ではないことは。
やっぱり・・・思いだしたら、ここにはいられなくなるんだ・・・。
リューイは、ポケットに手を突っ込んで小さな巾着 袋をつかみ出すと、中から青い石を取り出した。それを手のひらに載せて、不思議そうに見つめる。
それに、これは何だろう・・・。なんで、こんな物を持っているんだ。これを見ていると、こんなにも胸が苦しくなるのは、どうして・・・。
それに、今はわけが分からなくても、最後こう口にした時の彼の様子には切なくなり、言葉は胸に突き刺さり、ふと実感さえわいた。
〝 リューイ・・・もう・・・戻ってこないのかよ・・・。〟
実際、記憶は少しずつ戻ってきているみたいだ・・・。時々、不意にいろんなことが頭に浮かぶ。あの人の名前だってそうだ。レッド・・・確かに知っている。だけど、なぜ知っているのかが分からない。あの人は俺のことをリューイと呼ぶ。あの人にもう一度会って、じっくりと話を聞けば、全てを思い出せるかもしれない。こんな気持ちでいるのも、辛 いだけだ・・・。
けど、怖い。そうしたら、きっとまたメイリンは独 りになってしまう。
俺だって・・・。
リューイは考えた。臆病になってこのまま逃げているか、勇気を出して向き合うか。真剣にじっくりと自分の本心を確かめながら、それぞれの場合に、得られるものと失うものについて熟考した。何を取れば、自分も周りもできるだけ辛い思いをしなくて済むのか、考えずにはいられなかった。
なら・・・全部知ったうえで、ここにいたいって言えば・・・。
ああでも・・・記憶を取り戻したら、今の俺じゃなくなる。そうなってからだと、俺の気持ちが変わるかもしれない。
それに・・・ここにいたい・・・なんて、言っていいのか。
壁に射す赤い陽の光が薄れると、代わりに部屋の中には黒い影が広がっていった。次第に暗くなる室内で、メイリンは明かりもつけずに椅子に座ったまま、両肘をテーブルについて悲嘆 に暮れていた。リューイの記憶が戻りつつあることには、メイリンもうすうす感づいてはいた。それに、彼が記憶を取り戻したいと本気で思うようになったことにも・・・。
力無く立ち上がったメイリンは、意を決して玄関のドアをそっと開けた。
するとやはり、彼の思い悩む背中が見えた。
メイリンはどうしても伏 し目になりながら、静かにこう呼びかける。
「リューイ・・・。」
リューイは驚いて振り向いた。
「メイリン・・・。」
「あなたの本当の名前?」
「・・・分からない。あの人のことも、ちゃんと思い出せないんだ。」
「明日・・・もし彼がまた来たら、きちんと話をしてみるといいわ。自分のこと、知りたいでしょ?いいのよ、それが一番だもの。」
複雑な表情で何も返せずにいる彼を見ると、メイリンは無理にほほ笑んでみせた。
「お風呂沸かしてくるわね。」
彼のわきを通り過ぎて、メイリンはその離れへ向かう。
そして急に足を止めた。
腕をつかまれたからだ。
「メイリン・・・俺・・・怖いんだ。もし記憶を取り戻したら、きっとここには居られなくなる。だから怖いんだ・・・ずっと一緒に居たいから・・・でも・・・。」
メイリンはたまらなくなり、振り向いて彼にしがみついた。リューイも壊れるほど抱きしめ返した。だがすすり泣きに気付くと何の言葉もかけることができなくなり、ただ彼女が落ち着くのを待つしかなかった。
それには時間がかかったが、ようやく顔を上げたメイリンは、涙を拭 いながら言った。
「困らせて、ごめんね。でも、もう大丈夫よ。それに・・・独りでも。」
「俺も・・・やっぱり、このままはいけないと思うんだ。本当のことをちゃんと知って、それから考えて、決めたいと思う。例え離れることになっても・・・。ごめん、このままでいるのも辛いから。」
「うん、分かってる。」
かなり無理をしているその作り笑顔は、逆に切ない・・・。気まずさを感じたリューイは、とっさに言葉を探した。
「あ、俺がやってくるよ。風呂。」
「じゃあ・・・片付けがまだだから、お願いするわね。」
リューイは、彼女が玄関を開ける直前まで目で追っていた。それから風呂場へ向かう前にまた夕暮れの空を仰 いだが、一番星を見る前に驚いて視線を振り戻した。
メイリンの悲鳴が聞こえたからだ・・・!
「アレス!」
そしてメイリンは、どういうわけか家の中から伸びてきた誰か男の腕によって、後ろ向きによろけながら室内へと引きずり込まれて行った。
玄関ポーチの階段に腰を下ろして、一人物思いに
あれからずっと、頭の中をかけめぐって止まない声を聞きながら。
〝 リューイ・・・あんなの余裕で避けれたろ。それが・・・ちっとも動けなくなるなんて・・・。お前、いつまで・・・そんな・・・。〟
俺は何をしていたんだろう・・・。俺は、どういうヤツなんだ?何かしなければならないこともあったような気がする・・・。
〝 俺たちはもうすぐ、また旅立たないといけなくなる。今までだって、ずっと・・・。〟
あの人・・・すごく寂しそうだった。
俺にも、忘れたくない思い出があったかもしれない。
あの言葉の続きは・・・。
「ずっと・・・一緒に旅をしてきた?」
〝 俺たちは・・・。〟
ほかにもいるんだ・・・仲間が・・・。俺のことを知っている人が。
「旅・・・か。」
メイリンが自分のことを知らなかった時点で、なんとなく分かってはいた。自分がこの土地の人間ではないことは。
やっぱり・・・思いだしたら、ここにはいられなくなるんだ・・・。
リューイは、ポケットに手を突っ込んで小さな
それに、これは何だろう・・・。なんで、こんな物を持っているんだ。これを見ていると、こんなにも胸が苦しくなるのは、どうして・・・。
それに、今はわけが分からなくても、最後こう口にした時の彼の様子には切なくなり、言葉は胸に突き刺さり、ふと実感さえわいた。
〝 リューイ・・・もう・・・戻ってこないのかよ・・・。〟
実際、記憶は少しずつ戻ってきているみたいだ・・・。時々、不意にいろんなことが頭に浮かぶ。あの人の名前だってそうだ。レッド・・・確かに知っている。だけど、なぜ知っているのかが分からない。あの人は俺のことをリューイと呼ぶ。あの人にもう一度会って、じっくりと話を聞けば、全てを思い出せるかもしれない。こんな気持ちでいるのも、
けど、怖い。そうしたら、きっとまたメイリンは
俺だって・・・。
リューイは考えた。臆病になってこのまま逃げているか、勇気を出して向き合うか。真剣にじっくりと自分の本心を確かめながら、それぞれの場合に、得られるものと失うものについて熟考した。何を取れば、自分も周りもできるだけ辛い思いをしなくて済むのか、考えずにはいられなかった。
なら・・・全部知ったうえで、ここにいたいって言えば・・・。
ああでも・・・記憶を取り戻したら、今の俺じゃなくなる。そうなってからだと、俺の気持ちが変わるかもしれない。
それに・・・ここにいたい・・・なんて、言っていいのか。
壁に射す赤い陽の光が薄れると、代わりに部屋の中には黒い影が広がっていった。次第に暗くなる室内で、メイリンは明かりもつけずに椅子に座ったまま、両肘をテーブルについて
力無く立ち上がったメイリンは、意を決して玄関のドアをそっと開けた。
するとやはり、彼の思い悩む背中が見えた。
メイリンはどうしても
「リューイ・・・。」
リューイは驚いて振り向いた。
「メイリン・・・。」
「あなたの本当の名前?」
「・・・分からない。あの人のことも、ちゃんと思い出せないんだ。」
「明日・・・もし彼がまた来たら、きちんと話をしてみるといいわ。自分のこと、知りたいでしょ?いいのよ、それが一番だもの。」
複雑な表情で何も返せずにいる彼を見ると、メイリンは無理にほほ笑んでみせた。
「お風呂沸かしてくるわね。」
彼のわきを通り過ぎて、メイリンはその離れへ向かう。
そして急に足を止めた。
腕をつかまれたからだ。
「メイリン・・・俺・・・怖いんだ。もし記憶を取り戻したら、きっとここには居られなくなる。だから怖いんだ・・・ずっと一緒に居たいから・・・でも・・・。」
メイリンはたまらなくなり、振り向いて彼にしがみついた。リューイも壊れるほど抱きしめ返した。だがすすり泣きに気付くと何の言葉もかけることができなくなり、ただ彼女が落ち着くのを待つしかなかった。
それには時間がかかったが、ようやく顔を上げたメイリンは、涙を
「困らせて、ごめんね。でも、もう大丈夫よ。それに・・・独りでも。」
「俺も・・・やっぱり、このままはいけないと思うんだ。本当のことをちゃんと知って、それから考えて、決めたいと思う。例え離れることになっても・・・。ごめん、このままでいるのも辛いから。」
「うん、分かってる。」
かなり無理をしているその作り笑顔は、逆に切ない・・・。気まずさを感じたリューイは、とっさに言葉を探した。
「あ、俺がやってくるよ。風呂。」
「じゃあ・・・片付けがまだだから、お願いするわね。」
リューイは、彼女が玄関を開ける直前まで目で追っていた。それから風呂場へ向かう前にまた夕暮れの空を
メイリンの悲鳴が聞こえたからだ・・・!
「アレス!」
そしてメイリンは、どういうわけか家の中から伸びてきた誰か男の腕によって、後ろ向きによろけながら室内へと引きずり込まれて行った。
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