第06章(1)

文字数 3,573文字

 マクスウェル家領主宅に朝の始まりを告げる鳥が、鳴く。
「お待ちしておりました、エレン姫様ご一行――中で領主がお待ちです」
 マクスウェル家の家臣がエレン達を出迎える。
 あまりの出迎えの多さに、エレンはびっくりした。それほど、エレン姫は大事なお客だと、マクスウェル家は認識しているようだ。
 扉を開けると、男爵家らしく、絢爛豪華な装飾品が並べられている。
 こう見ると、シュヴァルツ王国城も素敵だったが、マクスウェル家の屋敷も捨てた物では無いと、フェイは感じた。
「エレン姫様、ご一行様、長旅お疲れ様です」
 エレン達が応接室で待機していると、ダニエルが現れた。
 ダニエルはエレン姫に跪く。その様は、唯一、シュヴァルツ王国に忠誠を誓う家らしい行為。
「ダニエル様、顔を上げて下さい」
 エレンはそう言い、そっとダニエルを見つめる――彼が、自分の夫となる人らしい。
 顔立ちも良く、育ちが良さそうな感じである。エレンは一瞬で好感を持てた。
「ところで、ダニエル様。お話は聞いておられるでしょうか?」
「ウィル様、一体、何の話なのでしょうか?」
 このダニエルの様子では、恐らく、七瀬が提案した事を知らないだろう。
「少し良いでしょうか。話があります」
「ウィル、様……?」
 ダニエルはウィルの言葉に疑問を持つと、そのままウィルを別室へ案内した。
「ダニエル様、とても良い方だね」
「やろ? ダニエル様は本当、優しい方なんやで」
「おい、香月七瀬、エレン姫に生意気な口を利くな」
「あー、フェイさん、ごめんごめん。うち、ダニエル様にもこんな感じなんや。ダニエル様許してくれているから、つい……」
「これからは、言葉遣いに気を付けるように」
「あー、堪忍してな。でも、なんで、そんな怒ってるん?」
「うるさい!」
 エレンとダニエルが結ばれるらしい話を聞いた時から、フェイはこんな調子だ。
 恐らく、エレンにフェイは気があるのだろう。無理もない。
 フェイとエレンは幼い時から一緒にいる、幼馴染みのようなものだ。





 ダニエルは、ウィルと会談するために彼を部屋に案内した。
「ウィル様、一体何の話でしょう?」
「縁談を持ってきました。受けて頂けるでしょうか?」
「縁談……? 誰と、ですか?」
「エレン姫様、とですよ」
 エレン姫――その言葉を聞いて、ダニエルは衝撃を受ける。
 何故、いきなり、そのような話が持ち上がったのだろう。そもそも、自分は男爵家の身分だ。エレン姫を娶るなど、烏滸がましい身分だ。
「エレン姫様、とですか……」
「ダニエル様、誰か好いている人でもいるのでしょうか?」
「いえ、そのような者など……、でも私には勿体ないお話です」
「ダニエル様、貴方しか頼る者はいないのですよ。お願いします、シュヴァルツ王国を立て直す為にお力を――」
 ウィルの懸命な訴えに、ダニエルは渋々、縁談を了承した。





「エレン姫様、無事、縁談が決まりましたよ」
「本当? えへへ、ダニエル様の奥さんになるんだね」
「本当、お前は気楽で良いな。エレン、嫁ぐのがどんな意味なのか分からないのか?」
「え、えっと、夫であるダニエル様を支える、って感じで良いのかな?」
「お前、何にも分かってないな」
 フェイは呆れて物が言えない。この先、エレンの行く末が不安でしかたなかった。
「エレン姫様、簡易的でありますが、婚約の誓いを行います」
「やけに急ピッチですが、兄上、大丈夫なのですか?」
「フェイ、時間がないのですよ。エレン姫様、ダニエル様がお待ちです。行きましょう」
「はい! じゃあ、フーくん、準備してくるね」
 そう、エレンが言うや、フェイは目を反らし、ぶつくさ文句を言っている。
「しかし、エレンが結婚か……」
「なんなん、フェイさん。嫉妬?」
「嫉妬じゃない。勝手に決めつけるな!」
「……うち、ダニエル様の所行ってくるわあ」
「おい、話は終わってないぞ。全く、七瀬も兄上も……、エレンも……」
 どうせ、自分はエレンに叶う相手ではない。
 だから、仕方ない――そう自分に言い聞かせるしか、フェイは出来なかった。





「ダニエル様、話決まったみたいで良かったなあ。エレン姫様、とっても良い人やで」
「君かい? 結婚の提案したのは……」
「え、なんでそんな事聞くん?」
「勝手すぎないかい。こんな事、エレン姫様は望んでいないよ」
「な、なんで、ダニエル様、怒っとるん……?」
 ダニエルが珍しく、表情を露わにして怒っている。七瀬はその意味が分からなかった。
「エレン姫様、彼女にとって僕は相応しくない。こんな僕などと、婚約だなんて……」
「ダニエル、様……、そんなことないで。ダニエル様、素敵な人や……うちも思うもん」
「七瀬ちゃん。どうして、君はここまでしてくれるんだい? 君の野望の為かい?」
「それは……、その……」
 ダニエルに詰め寄られた七瀬は、そっと、ダニエルの唇に自分の唇を重ねた。
 ダニエルはいきなりのことに、戸惑いを隠せない。
「こういう、意味やで。ダニエル様。あんさんの為や」
「……どうしたんだい? 君、ツツジの次期首領になりたい為に僕に近付いたんじゃないかい?」
「もう、ええねん。次期首領とか。うちの負けや、あんさんの事好いてたみたいや……」
「七瀬ちゃん……、だったら……」
「あんさんの為なら、うちは足にも手にもなる。あんさんは汚れてなんかない。やから……」
 そう言い、七瀬は悲しく笑い、言った。
「自分を汚れているみたいに、言わんといて……、お願いやから」
 そう言い、七瀬は去っていた。
 ダニエルは悔しくてしかたなかった。
 何故、結婚が決まった時にそういう事を七瀬は言うのだろうか――その時だけ、ダニエルは七瀬を恨んだ。





 こうして、エレン姫とダニエルの婚約は結ばれた。
「エレン姫様、私と共に歩いて行きましょう」
 ダニエルは告げる。エレンはその言葉に、笑顔で応じる。
「ええ。ダニエル様、貴方を支えていきます」
 エレンはそう言い、ダニエルの頬に口づけを交わす。ダニエルもそれに応じたのだった。





 そして、二人は初夜の儀式を迎える事になった。
 ダニエルはエレンを自分の寝室に迎え入れると、エレンに深い口付けをした。
「ダニエル様、私、初めてなんです……、優しくして下さい」
「分かっています。エレン姫様」
 そう言い、ダニエルはエレンの服に手を掛ける。
「エレン姫様、貴方を抱く前に、言いたい事があります」
「ダニエル様、何でしょうか?」
 エレンがあと一枚で生まれたままの状態になる寸前で、ダニエルは神妙な面持ちで告げる。
「僕は貴方の闇になりましょう。貴方はどうか、どうか光り続けて下さい。それが、条件です……、シュヴァルツ王国を復興させる為に、僕は闇になります」
 だから、どうか……、貴方は光という存在であって欲しい。
 ダニエルの切なる願いだった。
「あ、あの、私も言いたい事があるのです。その、私を抱く時はエレンって呼び捨てて下さい」
「分かりました。エレン、貴方の為なら、何処へでも――」
 そう言い、ダニエルはエレンの首筋に舌を伝わせる。その感覚は、エレンにとって大人になる初めての感覚だった。
「ああ、ダニエル、様……!」
 エレンは全身で、ダニエルを抱きしめた。ダニエルを、全てで感じた。





 どうやら、初夜の儀式が始まったようだ。
 監視以外の人以外、必要以上の護衛は部屋に置かない――フェイも部屋の外で待機だ。
 しかし、微かにエレンの喘ぎ声が聞こえる。その声に、フェイは欲情の他、感じない。
 エレンでも、あんな風に鳴くのか、あんないやらしくダニエルに全てを委ねるのか――本当に興奮してしまいそうだ。
「おい、七瀬。お前、こんな所で立ち聞きなんて、はしたない女だな」
「フェイさん、あんたの表情とかの方が、よっぽどはしたないわあ」
「うるさい。俺は、護衛以前に男だ。興奮するのは当たり前だろ」
「うわあ、少しは悪いって思わんの?」
「お、お前だって、立ち聞きして悪いと思わないのか! ダニエル様とかに!」
「そうやな。ほんま、悪いって思うわあ……」
 フェイが七瀬の表情を見るや、七瀬は静かに泣いていた。
 一体、どうしたのだろう。
「エレン姫様、幸せやろうな。ダニエル様と一緒になる事が出来て……」
「おい、七瀬。お前、なんで泣くんだ?」
「ええやん、泣いても」
「お前、もしかして、ダニエル様の事……」
 七瀬は涙を拭くと、ダニエルの為に、満面の笑みで幸せを祈った。
 シュヴァルツ王国、マクスウェル家の繁栄を祈って。
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登場人物紹介

エレン・ディル(16)

シュヴァルツ王国第二皇女の少女。

性格はほのぼの穏やかだが、王女としてのプライドはある。

フェイを心の底から信頼している。

亡国となったシュヴァルツ王国を再建する為に、奮闘する。

フェイ・ローレンス(17)

エレン姫に仕える護衛騎士。

クールで一匹狼だが、面倒見が良い。

エレンの事が好き。

エレンの夢の為に、フェイもまた奔走する。

セレナ・エーデル

ニコラが作った機械人形。

通称・仮初めの姫。

たどたどしく喋るのが印象的。

アレックとニコラを親のように感じている。

アレック・リトナー(20)

おちゃらけている謎の剣士。

セレナとニコラを連れて、旅をしている。

昔はセレナ姫の護衛騎士だった。

セレナ姫と瓜二つのセレナに特別な感情を抱いている。

ニコラ・オルセン(19)

腕の立つ技師。

部乱暴なしゃべり方で心は熱い。

アレックとはなんやかんやで仲が良い。

機械人形・セレナの親的存在。

香月七瀬(16)

ツツジの集落に住んでいた香月家の少女。

今は家出して、ダニエルの元にいる。

明るく元気な性格。

ダニエルの事を少々気になっている様子。

ダニエル・フォン・マクスウェル(25)

若き青紫男爵家領主。

シュヴァルツ王国を再建する為に奔走する。

物腰柔らかで爽やかな性格。

七瀬の事をなんやかんやで信頼している。

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