第05章(4)

文字数 2,483文字

 ツツジの集落付近。
 そこには、カイの部下である湊が率いる警察部隊が軍を引き連れていた。
 遠方から、気配を感じる。
 恐らく、敵襲だ――湊は、一斉に弓兵に攻撃するように命じる。
「行け!」
 弓兵は弓を引き、遠方からやって来る敵襲に攻撃を始めた。
「今すぐ、カイ様達にご報告を――」
 湊はそう言い、部下に命じた。
 恐らく、長期戦となるだろう。湊はそう予測したのだ。





「玲様、アニタ様、敵襲です」
 湊から連絡が来た。
 カイは玲達の住まいを囲み、厳重体制で屋敷を護っている。
「真理奈姫、貴方様は逃げて下さい。ここはこの俺が、護ります」
「いえ、カイ様。私も一緒に兄様を護らせて下さい」
 もう、再び、ツツジの里を火の海にはしたくない。
 もう、悲しい思いなどしたくない――真理奈の切なる願い。その願いに、カイは胸を打たれる。
「貴方様は必ずや、この俺が必ずや守ります。真理奈姫、無理はなさらないように」
 カイはそう言い、拳を上げ、やって来る兵達を迎え撃ったのだった。





「玲様、勢力は五分五分と言うところです」
「そうか。アニタ、ありがとう。必ずや援軍が来るまで持ちこたえるぞ……」
 ソレイユ兵、グローヴァー兵が来るまでの辛抱だ。
 そう玲は兵達を鼓舞する。アニタも玲と共に鼓舞する。
「玲様、覚えてますか。17年前の反乱――第二分家の者達が起こした反乱を。あの時、貴方様は守って下さいました」
「ああ。それがどうしたのだ?」
「今度は私が貴方を守る番です。それが貴方様の后である私の役目……」
「何を言う、アニタ。男である私を守るなど幼い時と変わらぬな」
 そう玲が真面目に返すと、アニタはくすりと笑って見せる。
「腹の子が言っているのです。父である貴方を守ってくれと……それが私の使命なのですから」
「アニタ、いい加減、頭領である私にお前を守らせてくれ。お前と、私達の子を……」
「いいえ。私の替わりはいても、貴方様のようなツツジの頭領はいない――必ずや、貴方様を守る覚悟です」
 そう言い、アニタはメイスを構える。そして、やって来た敵兵を押しのけてみせる。
 その様は、玲には一本触れさせはしないという様である。
「貴方、玲様を安全な場所へ――、ここは私が引き受けます」
「アニタ様、その体の状態で……」
「いいから、とっとと、行きなさい!」
 そうアニタが言った瞬間だった。
 アニタの腹を剣が刺す――アニタは、その攻撃を受ける。
「アニタ!」
「玲様……、お願いです。行って下さい……貴方の刃は全て私が受けます」
 そして、また一突き、攻撃を受ける。
「アニタ、くそうっ……!」
 玲への攻撃は全て死守したアニタは、その場で倒れた。
 玲は側へ駆け込もうとしたが、部下達に阻まれる――アニタ、アニタと何度も、玲は叫んだ。
「ごめんなさい、玲様……」
 自分を呼ぶ最愛の人の声が、だんだんと遠くなっていく。
 そうして、アニタは絶命した。玲という最愛の者を守って死んでいったのである。





「まだですか、援軍は……」
「真理奈姫、もうすぐ、もうすぐの辛抱です」
 そう言い、真理奈を守りながらカイは敵兵を一人、一人、殺していく。
 その時、二つの知らせを、カイは部下から聞いた。
 援軍がもうすぐ来るという事。
 幼馴染みのアニタが殺されたと言うこと。
 その事実は、すぐさま真理奈に伝えられた。
 アニタと仲が良かった真理奈は、その事実に悲観せずにはいられない。
 だが、真理奈は涙を見せなかった。
 もっと辛いのはきっと、夫である兄の方だ。
「カイ様、必ずや、アニタの敵を討ちましょう」
「ああ。真理奈姫、必ずやアニタの敵を討ちますよ……絶対に!」
 二人はツツジの里の窮地に駆け込む援軍を見ながら、呟いた。





 形成は逆転された。
 セシルは部下からの報告を聞き、内心焦りを感じていた。
「囲まれたか……」
 ソレイユ兵、グローヴァー兵が次々と味方を倒していく。
 このままでは、自分も――そっと、首に提げているブローチの写真を見た。
 その写真にはアリスが笑顔で写っている――最愛の人の笑顔に、セシルは鼓舞された気分になった。
 このまま負けるわけにはいかない。
「全軍に告ぐ。今すぐ防壁を突破し、火を放て!」
 セシルはそう言い、味方に命じた。
 すぐさま、味方の軍は、屋敷に火を放つ――まるでそれは、17年前のツツジの里の反乱の様だった。
 あの反乱のせいで、ツツジの里の覇権はシュヴァルツ王国に奪われたのだ。





 リーフィ村、エレン達が住まう家。
 そこに来客がやって来た。
「エレン姫様、お初にお目にかかります。香月七瀬という者や」
「ツツジの里の者が、一体何の用ですか」
 取り次いだのはウィルだった。
 来客――七瀬は、神妙な面持ちで、告ぐ。
「シュヴァルツ王国軍は負けるで。あんさん達、早く、マクスウェル家領地に亡命しい」
「何を言ってるのです。貴方はツツジの者です。容易く、信用など……」
 ウィルがそう告ぐと、七瀬は書簡を手渡した。マクスウェル家領主――ダニエルが書いた手紙だ。
 その書簡にはこう書かれていた。姫を受け入れると。
「ええ? このままやと、エレン姫が危ないで。マクスウェル家の領地にいれば、あんさん達を守ってあげれるで」
「この書簡を信じて良いようですね」
 ダニエルとウィルは繋がっている――疑う理由などない。
「今すぐ、亡命の準備をしましょう」
 部下達に、エレン姫を呼んでくるよう、ウィルは命じた。





 一匹の鳥が弧を描き、空を飛ぶ。
 その様を、エレンは不思議に見ていた。
「エレン、兄上から、逃げる準備をせよと……」
「あの鳥さん、なんだか羽が片方真っ黒だね。変わった鳥さんだね」
「エレン姫……」
「フーくん、分かってる、分かってる! 行こ!」
 黒は白に染まる。白は黒に染まる。
 未だ、それは序章に過ぎない――革命の時はやがてやって来る。
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登場人物紹介

エレン・ディル(16)

シュヴァルツ王国第二皇女の少女。

性格はほのぼの穏やかだが、王女としてのプライドはある。

フェイを心の底から信頼している。

亡国となったシュヴァルツ王国を再建する為に、奮闘する。

フェイ・ローレンス(17)

エレン姫に仕える護衛騎士。

クールで一匹狼だが、面倒見が良い。

エレンの事が好き。

エレンの夢の為に、フェイもまた奔走する。

セレナ・エーデル

ニコラが作った機械人形。

通称・仮初めの姫。

たどたどしく喋るのが印象的。

アレックとニコラを親のように感じている。

アレック・リトナー(20)

おちゃらけている謎の剣士。

セレナとニコラを連れて、旅をしている。

昔はセレナ姫の護衛騎士だった。

セレナ姫と瓜二つのセレナに特別な感情を抱いている。

ニコラ・オルセン(19)

腕の立つ技師。

部乱暴なしゃべり方で心は熱い。

アレックとはなんやかんやで仲が良い。

機械人形・セレナの親的存在。

香月七瀬(16)

ツツジの集落に住んでいた香月家の少女。

今は家出して、ダニエルの元にいる。

明るく元気な性格。

ダニエルの事を少々気になっている様子。

ダニエル・フォン・マクスウェル(25)

若き青紫男爵家領主。

シュヴァルツ王国を再建する為に奔走する。

物腰柔らかで爽やかな性格。

七瀬の事をなんやかんやで信頼している。

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