第05章(3)

文字数 2,420文字

 人通りの少ない住宅街。
 夜はひっそりして、いかにも野獣がうろついている様だ。
「ここら辺で待ち合わせしてたんだけど、何処にいるんだろう?」
 そこに、一人の男がやって来る――彼の名はメリル・ライト。
 天使教の神子だが、今はその身分が分からない服装をしている。
「こっちや、こっち」
 そこに独特の訛りの女性が手招きをしている。
 メリルは迷いもなく、付いていく――手招きしている女性は、あのツツジの里を裏切ったとされる、香月七瀬だ。
「……七瀬さん、貴方はツツジの里を裏切ってまで、何をしようとしてるの?」
「そんなん、初めて会った人に言うわけないやん。まあ、ちょっとツツジの里の方針が嫌になってなあ」
 と、少し七瀬は一息吐き、告げる。
「まあ、あんさんも、天使教の方針が嫌になってる訳やろ? お互い様やで」
「そうだね。まあ、僕の同盟を組むのにはうってつけな相手という訳か」
 そう言い、メリルはにやりと笑う。
 天使教の方針に嫌気が差し、敵と手を組む感覚は、まさにメリルにとって快感だ。
「あんさん、良い考えある? うち、シュヴァルツ王国はなんとか生き残って欲しいんやけどなあ……」
「強靱な同盟が、必要と言えるよ。じゃないと、ノールオリゾンには勝てない」
「なるほどなあ。同盟、まさか、エレン姫様とダニエル様……?」
 七瀬はある考えに行き着き、少し胸が痛んだ――七瀬は微かに、ダニエルを好いているのだ。
 よそ者である自分を迎えてくれたダニエルは、悪名は轟いているとはいえ、器のでかい人と言えるだろう。
 彼を利用する、と言うことに更に胸を痛ませる。
 そして、同時に罪悪感という快感に苛まれる。
「ええね。それ……、ええなあ、それ……、ええで、手を打ってあげるわ」
「交渉成立、と言うわけだね。僕も天使教で手に入れた情報は売ってあげる」
「情報料、安くしといてなあ。よろしゅう、頼むで……」
 二人はにやりと、再び笑い合う。
 しかし、まさか、こんな考えを引き出すとは――七瀬は思う。
 自分もメリルも悪である、と。
「でも、ダニエル様が別の人と結ばれるのは、少し嫌やな……」
 例え、シュヴァルツ王国の王女という強大な権力を手に入れるとはいえ、一人の女性としては苦しい決断を、七瀬はした。




 元シュヴァルツ王国、リーフィ村の境。
 そこに、沢山の兵達が集まっていた。
「よくぞ、皆、集まってくれた。エレン姫の為に共に戦おう」
 今から、自分達はツツジの里を攻める。久しぶりの戦になる――セシルはシュヴァルツ王国への忠誠に燃えていた。
「セシル様、アリスさんが来られていますよ」
「アリスが、か?」
 一人の兵がそう告げると、セシルは急いで、アリスの元へ向かった。
「アリス、大丈夫なのか……お前をまた、一人にするのは申し訳ない」
「いえ。セシルさん、必ずや、エレン姫様の名誉を、シュヴァルツ王国を守って下さいね」
 抑揚のない言葉だが、アリスは精一杯告げる。
 その様が、セシルの心を苦しめる――必ずや、アリスの元に帰ってくる。そうセシルは誓った。
「アリス、行ってくる」
「行ってらっしゃい、セシルさん。お帰りをお待ちしてます」
 あの一件以来、涙も流れないアリスは懸命にセシルに告げたのだった。





「あっれ、ラルフ君じゃない。元気?」
「お前は、アレック……、元気だったのか。まあ、死んではないとは思っていたが」
「酷い言い様だね。相変わらず、ラルフ君冷たいねえ」
 アレックとラルフは久しぶりの再会をした。
 まさか、共に戦う事になるとは。この一件だけで、ラルフは半分得をした感じがした。
 友とまた、再び会えたのだから。
「あいつが、ニコラ、それにセレナ姫か……、お前も面倒事に首を突っ込みすぎだ」
「良いの良いの。俺はね、そういう役割だと思ってるからね」
「お前、昔から損な役回りしてるからな……。まあ、精々ヘマするなよ」
 ラルフはそう言いつつも、アレックが何故ここまで――セレナ姫に執着しているのか、分からなかった。





 一方、ニコラは兵達とは少し離れた場所にいた。
 まさか、戦に参加する事になるとは――ウィルも人使いが荒い。
 帰って来れたら、ウィルに言う文句を考えていたその時だった。
「ニコラ殿」
「エルマ、なんだァ……」
「行くな、と言っても、ニコラ殿は行くんだな?」
「当たり前だァ、それが男という奴だァ。で、エルマはなんだァ?」
 そうニコラが言うと、エルマは顔を俯かせた。
 この先、ニコラ達にとって過酷な運命が待ち受けている――エルマはその事実に、耐えられなかった。
「笑って、送り出してくれねェか。エルマ」
「馬鹿ニコラ、死ぬかも分からないんだな。そんな状態で、笑える訳無いんだな」
「あんた、久しぶりに感情をぶつけて俺に話したな。ありがと、必ず戻ってくるからなァ」
「馬鹿ニコラ、行くんじゃないんだな……行かないで欲しいんだな……」
 エルマはその場で泣き崩れる。
 その様を見て、ニコラは胸を打たれる何かを感じた――そっと、エルマを抱き寄せる。
「俺は戻ってくるぜェ……、必ず」
 そう言い、エルマに軽く口づけを施す。
 いきなりのニコラの行動に、エルマは涙を零しながら、それを受け入れた。
「じゃあ、行ってくるなァ。エルマ、お前は真実であり続けろよォ」
 そう言い、ニコラはエルマに背を向けた。
 彼には、死より辛い現実が待ち受けている。なんとしてでもそれを阻止したいのに、出来ない彼の覚悟。
 その覚悟を見届けるしか出来ないのだろうか。
 予言者として生きるエルマは、彼の待ち受けている未来に、暫く動けずにいた。





 こうして、シュヴァルツ王国軍はツツジの里へ進軍を始めた。
 歯車は回り回り続ける――シュヴァルツ王国の運命は動き出したのだった。
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登場人物紹介

エレン・ディル(16)

シュヴァルツ王国第二皇女の少女。

性格はほのぼの穏やかだが、王女としてのプライドはある。

フェイを心の底から信頼している。

亡国となったシュヴァルツ王国を再建する為に、奮闘する。

フェイ・ローレンス(17)

エレン姫に仕える護衛騎士。

クールで一匹狼だが、面倒見が良い。

エレンの事が好き。

エレンの夢の為に、フェイもまた奔走する。

セレナ・エーデル

ニコラが作った機械人形。

通称・仮初めの姫。

たどたどしく喋るのが印象的。

アレックとニコラを親のように感じている。

アレック・リトナー(20)

おちゃらけている謎の剣士。

セレナとニコラを連れて、旅をしている。

昔はセレナ姫の護衛騎士だった。

セレナ姫と瓜二つのセレナに特別な感情を抱いている。

ニコラ・オルセン(19)

腕の立つ技師。

部乱暴なしゃべり方で心は熱い。

アレックとはなんやかんやで仲が良い。

機械人形・セレナの親的存在。

香月七瀬(16)

ツツジの集落に住んでいた香月家の少女。

今は家出して、ダニエルの元にいる。

明るく元気な性格。

ダニエルの事を少々気になっている様子。

ダニエル・フォン・マクスウェル(25)

若き青紫男爵家領主。

シュヴァルツ王国を再建する為に奔走する。

物腰柔らかで爽やかな性格。

七瀬の事をなんやかんやで信頼している。

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