第06章(3)
文字数 2,931文字
天使教総本山である、リーフィ村。
その一室で、モニカはただ窓から見える景色を見据えて、ただ涙を零す。
アリアとして、ダニエルの元から離れて幾日か。
それまで沢山の出来事が、モニカを通り過ぎていった。
でも、モニカはその事に関心など持てなかった。
「モニカ、あんた、ご飯ちゃんと食べてる?」
同胞のリリアンがそう言い、スプーンでご飯を掬い、モニカに食べさせる。
無理矢理、モニカに食べさせたせいか、何度か咽せている気がする。
「ダニエル様……」
モニカはそれだけしか呟かない。
何があったのかも、ダニエルに何をされたのかも、言わないでいた。
「これ、モニカの耳に入れて良いのか迷うんだけど、隠し事したくないから言うわね」
そう言い、リリアンはモニカの耳元で呟く。
「ダニエル・フォン・マクスウェル、結婚したんだって」
「ダニエル、様……が……? 誰、と……?」
ダニエルが結婚したと聞いて、モニカは興味を示した。
「聞いて驚かないでよ。エレン様らしいの。あのシュヴァルツ王国のお姫様。まあ、彼もいい歳だものねえ。結婚の一つや二つするわよ」
「ダニエル様、が……、そう……」
それを聞き、モニカは涙が肌に伝うのを知った。
所詮、自分など結ばれる余地などなかったのだ。自分のような、邪教の神子など――
「モニカ、もしかして、ダニエル様の事、好きだったの?」
とんでもない勘違いを、リリアンはしていたのかもしれない。
モニカは何もダニエルにされていなかった。むしろ、ダニエルはモニカを受け入れていたのではないかと。
「ううん。ちょっと、カッコイイって思ってただけ。ごめんね、リリアン。心配かけて」
幼い頃の思い出など、封印しよう。モニカはそう決意し、涙を拭いた。
諦めが付いた。自分は邪教の神子として、邪教の方針に従おう――微かな恋心などもうとっくに捨てた。
モニカが元気になったと悟ったリリアンは、セラビムの言い付けである者達と会う事になっていた。
「イオン様、ノエル様、例の計画についてね。上手く行くと良いわね」
「ええ。ルイス様とエイミー様から書簡を預かっております」
イオンはそう言い、リリアンに書簡を手渡した。
「毒薬の方は、この私が準備しよう」
ノエルはソレイユ研究所に再び勤めている。毒薬など、簡単に調達出来る。
「これで、ダニエル・フォン・マクスウェルを……二人とも、よろしく頼むわね」
にやりと、リリアンは笑う。
シュヴァルツ王国の資金源を絶つ、その目的が絶たれれば言う事無しだ。
一方、ツツジの里では喪に服していた。
玲の妻であるアニタが亡くなったからだ。
あの一件以来、玲に覇気は感じられなくなっていた。その様子を見て、真理奈は兄が哀れでしかたなかった。
今現在の来客応対は真理奈の替わりに、カイが勤めている。
今日の来客は天使教の神子――ユウ・アレンゼだ。
ユウはセラビムの書簡を持って来るや、牢獄の方へ向かった。
本日、シュヴァルツ王国軍騎士団長であるセシル・ユイリスが釈放される事になっている。
それだけでない。他のシュヴァルツ王国軍の兵達なども、解放される事になっていた。
ユウは、セシルに会いに来たのだ。
「セシル・ユイリスさん、ですね」
「お前は……」
ユウは他人行儀のように、セシルを呼んだ。
セシルはユウを見て、苛立ちを隠せないでいた――彼は天使教の神子でありながら、妻を寝取った男だ。
「何の用だ。お前と話す事はない」
「残念ながら、俺はあるんですよね。ちょっと付いて来て下さいよ」
にやり、とユウは微笑した。その気味の悪い笑顔に、セシルは寒気がした。
セシルが連れて来られたのは、ツツジの里から数百メートル離れた場所だった。
その場所に、一人の女性がいた。
「アリス……」
一体、どういう事だろうか。
アリスは、エレン姫と一緒にマクスウェル家の領地へ行ったのではないだろうか。
そもそも、何故、ユウと一緒にいるのだろうか。
「アリスさん、お話して下さいね。セシルさんと、離縁について」
「ええ。分かりました」
「ちょっと待て。離縁ってどういう事だ。アリス……」
「セシルさん、その名の通りです。貴方とは離縁します。ユウ様と一緒になります」
意味が分からない。
何故、無理矢理自分を抱いた男と一緒になるという偽りを言うのだろうか。
これは、何かの間違いだ。セシルは、そう自分に言い聞かせた。
「アリス、俺が、嫌になったのか?」
「ええ。貴方の顔を見たくないぐらい、嫌になりました。別れて下さい」
「アリス、俺の悪い所を言え。すぐに直す、だから……」
「無駄です。お願いです、もう見たくないぐらい嫌いです。貴方を生理的に受け付けないんです」
「アリス、どうしたのだ……?」
アリスはそう言い、セシルに背を向ける。アリスのその肩は震えている。
「貴方は、私など忘れて、幸せになって下さい」
そう言い、アリスはリーフィ村の方へ歩いて行く。
セシルは追いかけようとした――が、ユウに阻まれる。
「貴方、いい加減諦めて下さいよ。亡国の騎士のプライドなんて、無いも同然じゃないですか?」
「お前、アリスに何をした!」
「何をしたか教えてあげますよ。貴方より大切に抱いてあげたんです」
「嘘を吐け。お前はアリスを傷付けたではないか……」
「アリスさん、すごく可愛いですよ。俺に従順で、なんでもしてくれます」
「許さない。お前を許してなるものか!」
そう言い、セシルは腰に下げた剣をユウの喉元に突き付ける。
「俺を殺すんですか? 貴方に俺は殺せないですよ。アリスさん、悲しみますよ。俺の妻を、悲しませたいんですか?」
「戯れ言を……」
「貴方の未練たらしさには飽き飽きです。アリスさん、待って下さい。一緒にリーフィ村へ帰りましょう」
そう言い、数歩歩くと、ユウはまたセシルに告ぐ。
「アリスさんに免じて、今回の事は許しましょう。アリスさんに、感謝するんですね」
それは、アリスの好いているセシルに向けた、ユウのせめてものはなむけの言葉だ。
アリスとユウが去って行く。その様子を、セシルは眺めるや泣き崩れた。
マクスウェル家の領地東部。
そこで、七瀬はメリルと待ち合わせをしていた。
「情報売ってあげるよ。ある人達がダニエル様を殺そうとしているみたい」
「一体、誰が、そんな事をするん?」
だいたい、予測は付く――ノールオリゾン国側の貴族達だ。
ノールオリゾン国側の貴族にとって、マクスウェル家は邪魔な存在だ。
「グローヴァー家とソレイユ家が有名所かな。あの二つの家は確か、マクスウェル家に恨みを持っているとか」
「まあ、ダニエル様も悪名高いからなあ」
「どうするの、守りたいなら、こっちから仕掛けるしか無いよ」
「メリルさん、ありがとな。あとは自分で考えてみるわあ」
そう言ったものの、ダニエルを守る方法など、どうすれば良いのか。
ダニエルを守りたい――七瀬は懸命に考えを張り巡らせた。
その一室で、モニカはただ窓から見える景色を見据えて、ただ涙を零す。
アリアとして、ダニエルの元から離れて幾日か。
それまで沢山の出来事が、モニカを通り過ぎていった。
でも、モニカはその事に関心など持てなかった。
「モニカ、あんた、ご飯ちゃんと食べてる?」
同胞のリリアンがそう言い、スプーンでご飯を掬い、モニカに食べさせる。
無理矢理、モニカに食べさせたせいか、何度か咽せている気がする。
「ダニエル様……」
モニカはそれだけしか呟かない。
何があったのかも、ダニエルに何をされたのかも、言わないでいた。
「これ、モニカの耳に入れて良いのか迷うんだけど、隠し事したくないから言うわね」
そう言い、リリアンはモニカの耳元で呟く。
「ダニエル・フォン・マクスウェル、結婚したんだって」
「ダニエル、様……が……? 誰、と……?」
ダニエルが結婚したと聞いて、モニカは興味を示した。
「聞いて驚かないでよ。エレン様らしいの。あのシュヴァルツ王国のお姫様。まあ、彼もいい歳だものねえ。結婚の一つや二つするわよ」
「ダニエル様、が……、そう……」
それを聞き、モニカは涙が肌に伝うのを知った。
所詮、自分など結ばれる余地などなかったのだ。自分のような、邪教の神子など――
「モニカ、もしかして、ダニエル様の事、好きだったの?」
とんでもない勘違いを、リリアンはしていたのかもしれない。
モニカは何もダニエルにされていなかった。むしろ、ダニエルはモニカを受け入れていたのではないかと。
「ううん。ちょっと、カッコイイって思ってただけ。ごめんね、リリアン。心配かけて」
幼い頃の思い出など、封印しよう。モニカはそう決意し、涙を拭いた。
諦めが付いた。自分は邪教の神子として、邪教の方針に従おう――微かな恋心などもうとっくに捨てた。
モニカが元気になったと悟ったリリアンは、セラビムの言い付けである者達と会う事になっていた。
「イオン様、ノエル様、例の計画についてね。上手く行くと良いわね」
「ええ。ルイス様とエイミー様から書簡を預かっております」
イオンはそう言い、リリアンに書簡を手渡した。
「毒薬の方は、この私が準備しよう」
ノエルはソレイユ研究所に再び勤めている。毒薬など、簡単に調達出来る。
「これで、ダニエル・フォン・マクスウェルを……二人とも、よろしく頼むわね」
にやりと、リリアンは笑う。
シュヴァルツ王国の資金源を絶つ、その目的が絶たれれば言う事無しだ。
一方、ツツジの里では喪に服していた。
玲の妻であるアニタが亡くなったからだ。
あの一件以来、玲に覇気は感じられなくなっていた。その様子を見て、真理奈は兄が哀れでしかたなかった。
今現在の来客応対は真理奈の替わりに、カイが勤めている。
今日の来客は天使教の神子――ユウ・アレンゼだ。
ユウはセラビムの書簡を持って来るや、牢獄の方へ向かった。
本日、シュヴァルツ王国軍騎士団長であるセシル・ユイリスが釈放される事になっている。
それだけでない。他のシュヴァルツ王国軍の兵達なども、解放される事になっていた。
ユウは、セシルに会いに来たのだ。
「セシル・ユイリスさん、ですね」
「お前は……」
ユウは他人行儀のように、セシルを呼んだ。
セシルはユウを見て、苛立ちを隠せないでいた――彼は天使教の神子でありながら、妻を寝取った男だ。
「何の用だ。お前と話す事はない」
「残念ながら、俺はあるんですよね。ちょっと付いて来て下さいよ」
にやり、とユウは微笑した。その気味の悪い笑顔に、セシルは寒気がした。
セシルが連れて来られたのは、ツツジの里から数百メートル離れた場所だった。
その場所に、一人の女性がいた。
「アリス……」
一体、どういう事だろうか。
アリスは、エレン姫と一緒にマクスウェル家の領地へ行ったのではないだろうか。
そもそも、何故、ユウと一緒にいるのだろうか。
「アリスさん、お話して下さいね。セシルさんと、離縁について」
「ええ。分かりました」
「ちょっと待て。離縁ってどういう事だ。アリス……」
「セシルさん、その名の通りです。貴方とは離縁します。ユウ様と一緒になります」
意味が分からない。
何故、無理矢理自分を抱いた男と一緒になるという偽りを言うのだろうか。
これは、何かの間違いだ。セシルは、そう自分に言い聞かせた。
「アリス、俺が、嫌になったのか?」
「ええ。貴方の顔を見たくないぐらい、嫌になりました。別れて下さい」
「アリス、俺の悪い所を言え。すぐに直す、だから……」
「無駄です。お願いです、もう見たくないぐらい嫌いです。貴方を生理的に受け付けないんです」
「アリス、どうしたのだ……?」
アリスはそう言い、セシルに背を向ける。アリスのその肩は震えている。
「貴方は、私など忘れて、幸せになって下さい」
そう言い、アリスはリーフィ村の方へ歩いて行く。
セシルは追いかけようとした――が、ユウに阻まれる。
「貴方、いい加減諦めて下さいよ。亡国の騎士のプライドなんて、無いも同然じゃないですか?」
「お前、アリスに何をした!」
「何をしたか教えてあげますよ。貴方より大切に抱いてあげたんです」
「嘘を吐け。お前はアリスを傷付けたではないか……」
「アリスさん、すごく可愛いですよ。俺に従順で、なんでもしてくれます」
「許さない。お前を許してなるものか!」
そう言い、セシルは腰に下げた剣をユウの喉元に突き付ける。
「俺を殺すんですか? 貴方に俺は殺せないですよ。アリスさん、悲しみますよ。俺の妻を、悲しませたいんですか?」
「戯れ言を……」
「貴方の未練たらしさには飽き飽きです。アリスさん、待って下さい。一緒にリーフィ村へ帰りましょう」
そう言い、数歩歩くと、ユウはまたセシルに告ぐ。
「アリスさんに免じて、今回の事は許しましょう。アリスさんに、感謝するんですね」
それは、アリスの好いているセシルに向けた、ユウのせめてものはなむけの言葉だ。
アリスとユウが去って行く。その様子を、セシルは眺めるや泣き崩れた。
マクスウェル家の領地東部。
そこで、七瀬はメリルと待ち合わせをしていた。
「情報売ってあげるよ。ある人達がダニエル様を殺そうとしているみたい」
「一体、誰が、そんな事をするん?」
だいたい、予測は付く――ノールオリゾン国側の貴族達だ。
ノールオリゾン国側の貴族にとって、マクスウェル家は邪魔な存在だ。
「グローヴァー家とソレイユ家が有名所かな。あの二つの家は確か、マクスウェル家に恨みを持っているとか」
「まあ、ダニエル様も悪名高いからなあ」
「どうするの、守りたいなら、こっちから仕掛けるしか無いよ」
「メリルさん、ありがとな。あとは自分で考えてみるわあ」
そう言ったものの、ダニエルを守る方法など、どうすれば良いのか。
ダニエルを守りたい――七瀬は懸命に考えを張り巡らせた。