第00話(3)

文字数 1,832文字

「この歌を聴けるも最後か……。」
 宿屋の片隅にあるステージで、歌姫・アリスは歌の最後の一節を奏でた。
 彼女は最後の歌を歌い終わると、悲しく笑う。
 シュヴァルツ王国は敵国ノールオリゾン国に負けた。
 近いうち、ノールオリゾン国に領地は飲まれるだろう。
「セシルさん、最後の歌、聴いて下さりありがとうございました」
「いや、戦場から帰ってきて、最初にお前に会いたかったから、その……」
「私に会いたかった?」
「ああ。しかし、その大好きな歌声も、もう聴けなくなるとはな……」
 そう言い、セシルは隠し持っていた花束をアリスに渡した。
 赤く白いシュヴァルツ王国産の花だった。
 その花言葉の意味――それは、ずっと側にいるという意味だ。
「先ほど、王様が国民をリーフィ村に逃がす事を決めたようだ」
「セシルさん、貴方も行くのですか?」
「この国を最後まで守りたいが、不可能だろう。既に、姫は逃げたと言っている。だから、どうかお前も、私と一緒に逃げ、そこで一緒に暮らそう」
「私は構いません。でも、ユウ様が……」
 ユウ――彼は天使教の神子だ。
 ユウという神子が歌姫・アリスを好いている事は噂になっていて、アリス自身も知っている。
 神の子であるのに、ユウもまた、一人の男である。
「ユウ様が、逃げられるというのなら、私も――」
 天使教はシュヴァルツ王国の国教で、アリス自身熱心な信者だった。
「知っているか。シュヴァルツ王国民の逃亡先のリーフィ村は、あの有名な元司祭であるセラビムがいるという。その話をすれば、ユウ様もきっとリーフィ村に行く決心をするだろう」
「明日、ユウ様に会う予定なので、話してみますね」




 アリスがそう決心したその頃――天使教の教会では、慈悲活動が行われていた。
 負傷した兵を、神子が看病しているという。
「この人達を見ると、なんだか、あたし達がのうのうと生きているのが罪に感じるわね」
 一人の黒神子、モニカは告げた。
「モニカの馬鹿! あたし達は、天使教の神にずっと祈ってたのよ。罪に感じる事はないわ!」
 もう一人の黒神子・リリアンがそう告げる。とは言ったものの、リリアンも負傷した兵を見て心苦しくなったのは言うまでも無い。
「でも、シュヴァルツ王国は滅ぶし、天使教も滅ぶんだろうね」
 白神子のメリルが肩を落とし、負傷兵の看病に当たる。
「ねえ、ユウ。僕達も、シュヴァルツ王女と一緒に逃げるんだろうか?」
「そうですね。王女・エレン様は、我が天使教を崇拝していたと言いますし……、恐らく俺達は一緒にリーフィ村に行くことになるでしょう。ただ、俺には――」
 そう言い、白神子・ユウは口を濁した。
 神子でありながら、一人の女性を愛しているからだ。
 だが、その女性には婚約者がいる。
 報われぬ恋なのは分かりきっていた。だが、どうしても、彼女を忘れられなかった。
「あー、ユウ! 噂の人が来たわよ。歌姫・アリス、いらっしゃい!」
「ユウ様、お久しぶりです」
 現れたのは、この国一番の歌声を持つ歌姫・アリスだった。
 現れた途端、ユウは顔を真っ赤にした。初々しい表情に、いつもからかっている黒神子・モニカは微笑する。
「アリス、貴方はリーフィ村に逃げるの?」
「ええ、そのつもりです。騎士団長・セシルと、共に――」
「ひゅーひゅー、貴方、確か、騎士団長・セシルと恋仲だったわよねえ」
 恋仲、という言葉に、ユウはずきんと心が痛む。
 ああ、どうせ、自分は、崇拝する神だけ愛すれば良かったのに。
 もしかすると、この邪な心こそが、シュヴァルツ王国を戦争に負かせたのかもしれない。
「僕達神子も、負傷兵の看病が終わったら逃げるつもりなんだ。ねえ、ユウ?」
「え、あ、はい。その予定です。アリスさん。アリスさんもリーフィ村に逃げられても、天使教を信仰して下さるんですよね?」
「勿論です、ユウ様」
 自分への信仰が、せめてもの救いだ。
 それだけで、良い。それだけで、良いのだ。




 こうして、騎士団長・セシルと共に、歌姫・アリスはリーフィ村へ逃げ延びたのだった。それを追うように、白神子・ユウもまた共にリーフィ村へ逃げたのだ。
 生き残ったシュヴァルツ王国の民は迫害を受けるだろう。
 それを思うと、逃げたことはその者にとっては裏切りかもしれない。
 だが、再起を願う姫・エレンを信じ、逃げ延びた者達は今日を生きていく。
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登場人物紹介

エレン・ディル(16)

シュヴァルツ王国第二皇女の少女。

性格はほのぼの穏やかだが、王女としてのプライドはある。

フェイを心の底から信頼している。

亡国となったシュヴァルツ王国を再建する為に、奮闘する。

フェイ・ローレンス(17)

エレン姫に仕える護衛騎士。

クールで一匹狼だが、面倒見が良い。

エレンの事が好き。

エレンの夢の為に、フェイもまた奔走する。

セレナ・エーデル

ニコラが作った機械人形。

通称・仮初めの姫。

たどたどしく喋るのが印象的。

アレックとニコラを親のように感じている。

アレック・リトナー(20)

おちゃらけている謎の剣士。

セレナとニコラを連れて、旅をしている。

昔はセレナ姫の護衛騎士だった。

セレナ姫と瓜二つのセレナに特別な感情を抱いている。

ニコラ・オルセン(19)

腕の立つ技師。

部乱暴なしゃべり方で心は熱い。

アレックとはなんやかんやで仲が良い。

機械人形・セレナの親的存在。

香月七瀬(16)

ツツジの集落に住んでいた香月家の少女。

今は家出して、ダニエルの元にいる。

明るく元気な性格。

ダニエルの事を少々気になっている様子。

ダニエル・フォン・マクスウェル(25)

若き青紫男爵家領主。

シュヴァルツ王国を再建する為に奔走する。

物腰柔らかで爽やかな性格。

七瀬の事をなんやかんやで信頼している。

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