第5話

文字数 3,247文字


飛行隊



谷底を水が流れ始めた
少しずつ、ほんの少しずつ
そして、少しずつ川になる
川が生まれる
川が生まれ、風が起こされる
めざめ というものかと人々が囁き合う
川の水がめいっぱい増えると、この土地は浮き上がる
つまり出発する

家々の前にひたひたと水が迫ってきて、
彼らが騒ぎ始めたら、
もうすぐ出発の時
風が強くなってくる
ここは風の谷
私たちは飛行隊
あの風に乗って飛び立つ
昔、すべての鳥という鳥が飛び立ち、
高度を上げ、
あの風に乗ってどこかへ行ってしまった
それから空には一羽の鳥もいなくなった
鳥のいない空に私たちは仮の羽を付けて飛び上がる
目下、練習中
都市の上空には巨大なネットが張られている
私たちはそこに落ちつづける
何度も何度も
あの風は誰も乗せてはくれない
すべての鳥をさらっていってしまったあの風は、
それ以後何者も乗せてはくれない
ヘリコプターもジェット機もなぜかあそこへ行けない
あそこは高くもなく低くもなく
だが空気ではないのではと私たちは思い始めている

私たちは空を見上げ口をパクパクさせる
水槽から飛び出してしまった金魚のように
夜空には彗星が幾つも流れる
皆願い事をする
そう、沢山の願い事
その願いの間にあの風がいる
まるで空の道のように
そして、その道は鳥たちを連れ去っていった
どこへ?
さあ
しかし私たちは探究する生き物だ
そして私たちは飛行隊だ
鳥の後を追って彼らがどこへ行ったのか
突き止めなければならない
なぜ、空に誰もいなくなったのか
突き止めなければ気が収まらない、
そう、皆気が立っているのだ。
落下傘部隊はジェット機から降下するがあの風には乗れない
飛び降りたのではあの風には乗れない
なぜなら鳥たちは皆飛び立ったではないか

私たちの家はやがて木々のように伸びていった
すべての家の窓は私たち飛行隊の為の滑走路となった
そして家々がおいでおいでと私たちを呼ぶ
窓からはスルスルと音もなく長いスロープが突き出てくる
私たちは呼ばれた家へと赴き窓辺に立つ
窓辺に立ってローラースケーターをつける
そして、走り出す
そのスロープを、ひたすら走っていく
私たちはそうして何度も何度も走った
すると或る時突然羽が開くのだ
私たちの羽は準備ができないと開かない
それらを作ったのは私たちの先祖たちだが、
今は誰もそれを作れない
なぜかは分からない
そして私たちは目下別のものを作るのに夢中だ
羽なんかより余程役に立つありとあらゆるものを
しかし羽は作らない
いや、作れない
多分このさきもずっと
それにそれは何の役にも立たない
ほとんどの者はそう思っている
しかし私たちは飛行隊
その考えは彼らとは少し違う
だが都市の住民も私たちが飛ぶのを楽しんでくれている
彼らが空を見上げた時に、
鳥と言うにはあまりに不器用だがそこを私たちがいることが
そこで大概は落ちているのだとしても
今はそれでもいい
しかし、私たちが彼らの希望だと言える日が来ればいいのだが

風は呼ぶ
人々は皆風が呼んでいるのを聞く
そして間違いなく彼らが自分たちを呼んでいると思う
それは間違いない
鳥たちが行ったのが証拠だ
行ける者は皆行ったのだ
なぜなら風は呼ぶ
この谷は昔から風の谷と呼ばれてきた
風はこの谷に満ち、
この谷を通り抜ける
この谷に満ちることによって言葉になり、
この谷を通り抜けることによってその言葉は発せられる
その言葉が発せられると何かが動き出す
皆そのことを感じる
感じるが意味が分からない
風の言葉がいまひとつはっきりしない
それでも風は大昔からその下に住む者たちを誘い続けているのだ
しかし私たちは行くことができない
しかし風はいつも呼ぶ
呼び続ける
この谷に吹き込んできた時から
それは私たちの息の中へ入り込んで囁き続けるのだ
いや、今日は強風だ
彼らは叫んでいる
いや、いつも強風になるから、
いつも彼らは最後には凄まじい叫び声と共に、
私たちを叱責して去っていく

しかし風の近くまで飛んでいけた時には、
もう少しでその言葉がわかる気がするのだ
あとほんの少しで、あとほんの少し・・・と思う
他の飛行隊員たちも同じことを言っているらしい
あともうほんのちょっとだったと

下の方で私たちの都市の中心を流れる川が、
晴天のもとキラキラと輝いている
ここにはこの季節だけ、
どこからか川がやってくるのだ
それは都市を囲む崖を滑り降りてやって来る
それは私たち飛行隊がスロープを走りぬけていくのに似ている
川は風の来る彼方から風と共に寄せてくる
風の潮のように
そして海の潮のように満ちたり引いたりする川
そうして私たちの都市は、
都市を乗せた土地は、浮き上がる準備を始めるのだ
家々の窓はすべて明け放され。スロープが伸びあがる
何百何千のスロープが私たち飛行隊を呼んで伸び上がる
都市もビルも私たちを待っている
私たちがそのどれかを選びそこを走り抜けていくのを
走り抜ける私たちをそれが放り投げるのを

崖が都市の両側で壁となってせり上がってきた
おお、それはここに降りて来た特別な時間と
共鳴する為の共鳴板だ
そして共鳴する二つの壁はやがて翼となって生き始めるのだ
そう、壁は交信器となり、それが上昇気流を受信したとき
翼となって都市を浮き上がらせるのだ
そうして私たちの都市はいよいよ浮上を開始する
そうだ、まさに伝説の都市となって私たちは浮き上がる
水と風の間で浮き上がる
人々は再び話せるようになるだろう
人々は再び許し合えるようになるだろう
そして私たち飛行隊が風を捉える季節がやってくるのだ
風が呼び、それに私たちが答える季節が
私たち飛行隊の誰かが風に乗り、風の言葉を聞き、
風にさらわれていく季節が
一人また一人と消えていく季節が
それでも私たちはそれを希望だと言い合うだろう
それは探求の季節の証なのだ
人々が皆私たち飛行隊を見上げ、
様々なことに思いをはせる季節
そしてみなが考える季節
そして私たちの都市をもう一度作り直す決心をする、たぶん
浮き上がった都市に何と言えばいいか、その言葉を捜しだす
そして たぶん 決意する
真剣に

私たちはスピードを上げた
今回は素晴らしいスピードだ
身体が浮き上がってくる
翼は開くだろうか
今度こそ開くような気がする
風が身体をもっと押し上げていく
これこそ空中を飛んでいく感覚
目の前に突然風が見えた
羽は開いただろうか
都市は浮かび上がりつつある
私たちはこの風をあの都市を吹き抜けていく風を想う
そして先祖代々考え続けられてきたことを再び考える
しかしその風は私たちの一人をふいに連れ去っていく
都市との交信はすでに途絶えていた
飛び立ちつつある都市が蜃気楼の中に溶けかけている
風の中に新しい都市が立ち上がりつつある
しかし陽炎のように今は揺らいでいるばかり
どちらも偽物なのか
何を考えたらいいのだろうか
聞けたとしても彼らに何を聞いたらいいのだろうか
彼らは答えるだろうか
しかし私たちは本当に彼らの言葉を聞きたいのだろうか
仲間たちが互いに合図を送りあっている
私たちは編隊を組む
旅立つ決意を固める
私たちは一羽の鳥になる
なろうとする
風は目の前に迫っている
私たちは一羽の鳥になれるだろうか
それにどんな意味があるのだろうか
それは私たちがすべて消えてから分る事なのだろうか
それでもやはり分からないままなのだろうか

私たちは飛行隊
飛ぶ事にすでに意義を見出している
隊長が先まで行くぞという合図を送った
さあ、行こう
今こそもっと先へ、未知の風の中へ
未知の言葉を捜しに
飛ぶことの彼方へと
今は探求の季節だ
皆何かを考えている
しかしいつまでも考えている途中ではいけない
皆隊長を振り返ってうなずいた
仲間たちに共に行こうという合図を送った
なぜなら私たちは全力で走り抜け、
そのスピードを手に入れたのだから
そう、みなの翼は開いていた
背中の翼が震えていた
仲間の翼も震えている
私の翼が何かを奏でていた
皆の翼も何かを奏でている
風が近づいてくる
音楽が生まれようとしているのだと思う
音楽としか他に言葉が見つからない何かの振動
皆の翼が共鳴し始めた
そうして風も又風の翼を開くのだと思う
そうして?
そうして私たちは消え始めるのだ、たぶん
そうだ、大空の彼方へと
いや、飛ぶことの彼方へと


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