第9話

文字数 3,447文字

    氷の刀




潮風が顔を包み込み
ぼくをながめ
塩の白と空の青
波に乗って海の底より流れ着く琥珀
ブルースカイ
時間を包み込み
この浜に打ち上げられ
非現実を現実へと帰していく
琥珀は人間を虫のように泡のように
保存できるだろうか
ぼくは氷の壁に手をあてる
あの琥珀の海岸を想って
そして古代を保存することを考える
海に沈んでいた伝説の古代都市
神話と現実とが出会った場所から流れ着くことを
ぼくは氷に囲まれてしまった
あの暖かかった海よ
しかし死の匂いのする海
寒さが思い出させたのはどちらだろう
見上げれば一本の巨大な氷柱
刀に似ている
というより氷の刀そのもの
ここはあり得ない場所だろうか
あの沈んでいった古代の神殿のように
伝説が現実になる?
そしてぼくがあの刀を見た瞬間
この氷はあの琥珀のように保存する
しかし伝説が教えてくれるのは生き方ではなく死に方だと思う

頭の後ろに手をやる
湿っぽい
手には血がついている
氷の上を流れて行く一筋の血の流れ
起き上がってリュックから手ぬぐいを出し
頭に巻き付ける
まるでハチマキだ
さて、決闘に向かうとするか
刀はあそこにある
また、寝転がる
めまい さむけ 幻が見える
つまりあれは幻覚
けっして あれは持ち手を捜しているのではない
そう、人間は見るべきでないものは見ない
見ていても見ていない
何てグロテスクな心持
見上げれば ブルースカイ
ここにもあの空がある
新雪の白と空の青さ
しかしそれはぼくを閉じ込めるオリ
あの美しくなまめかしい琥珀のように
ああ、きれいだな
美しさが警戒信号を灯す
近づくでない
そして捉える
どちらにしろ
しかし氷は透明だ
その先を見透かせる
あちら側を
見られないはずの側を
しかし、そこへ入るのと見ているのとでは違っている
ぼくは入ってしまったのだと思う
山道がぼくの下でスロープとなって持ち上がっていった時
それがここへぼくを滑り落した時に
ああ、ねむい
しかし、ここでは眠れないはずだ
ここは夢と幻のあわい・・・だと思う
そこには眠りの領分がない
時間を捜したがどこにもいない
ここではそれは何かの姿をしているはずだと思うのだが
その時、刀がぼくに言う
「君でよしとするか
待ちくたびれた」
ああ、とうとう言われてしまった
先程から何か言いそうだとは思っていたが
ああ、言わないで欲しかった
それにしても、刀が何にくたびれるというのだ、まったく
ぼくは人間にくたびれた
「まあ、くたびれた同士だな」
どっちが言ったのやら
「あ、見つけた、人間が一人
それとケモノが一匹寝ている
いや、ケモノは毛皮だけだ」
「コレハコレハ何と!熊の毛皮」
「いや、あれは保存袋だ」
「何の?」
「さあ」
きっと死体袋だよとぼく
誰だ、ぼくの上でごちゃごちゃぬかすのは
見れば誰もいない
と、すれは今までの事はみな嘘?
ただ寝ていただけ
いや、ここに眠りはないぞ
見ることと見ないことがごたごたになってきた
いる、いない、ある、ないも、それなにも、ごちゃごちゃ
生きているも、死んでいるも
ああ、寒い
寒くて死にそうだ
ということは生きているのだな
しかし変な寒さだ、何か違っているような気がする
まあいいか、熊皮の死体袋に入るとするか
とても暖かそうだ
その時、どこかで発破の音
山の上だ
山を崩しているのだろうか
今度は、パン パンという音
鉄砲の音?
あれは君を撃った鉄砲かな
熊皮に聞く
まさか、ぼくは自分で答える
皮が何か言うはずはないし
ドカン 爆発音
ぼくを捜している救助ヘリが墜落した音じゃないよな
その時、刀が、ぼくの上に落ちて来た
そして、ぼくの、心臓を貫いた
ぼくは死んだ、と思う
あっという間、なんとあっけないことか
その時、その場所、どこか知らない空間、
非現実と現実、それらの混ざり合い、
時間がうろついて何かを捜しているところ、
ぼくには何とも言えないところ
ブルースカイ
見上げれば現実が帰ってくる
空の青さが身に染みる
ぼくは起き上がって熊皮をかぶる
こいつがここの時間の形か
中身がない、ぼくが入るとぼくの時間、それでいいかい?
ぼくを突き刺した刀は熔けて消えた
悪かったな、ぼくの血が思ったより熱くて
お前はもっと冷血漢を刺す刀だったということさ
「おい、見ろよ
熊皮が歩いているぞ
間抜けな原始人みたいだ
あの中はどんな味がするのかな
それにしても、今度も、人間」
「え、また人間がかかったの」
「あああ、よくもまあ懲りないこと」
誰だ、うるさいぞ
ぼくは死人だぞ、怖くないのか
「何だ、こいつ、喋っているぞ」
「まだ、喋れる まだ喋れる」
ぼくの鼻の周りでブンブンいっているのは妖精だろうか
ぼくは彼らに言う
あちらの世界では羽虫だったとしてもこちらで喋れば妖精
人間が喋ってもただの人
相変わらず周囲はうるさかったがまだ見えてこなかった
真っ暗
生臭い
そうか、熊皮の中だった
「熊にしては猫背
熊にしてはヨタヨタ
それにガニ股」
「熊も真っ青」
その青は嫌いだとぼく
もういない、いない、いない
ぼくは自分の目を、いや熊皮の目を、塞ぐ
「いない、遠くからはるばる来たのに
氷の刀に処刑された人はどこ?」
「え、あの熊?あれなの?」
いない、いない、どこにもいない、
ぼくはつぶやく
そして心の中でもつぶやく
これが、伝説の死に方なの?
ぼくは妖精たちに聞く
あの、ここで死んだ後、どうするのか教えて下さい
「ここ?」
そう、ここで
「それじゃ、君の刀を返すよ」
ぼくはバッタリ倒れた

熊皮など役に立たない
きっとぼくは氷の刀に刺し抜かれて死んでいる
あそこで見つかった時、氷は熔けていてぼくはただの転落死
それなのに、ああ、ひどくねむいな
死んでも眠いのかな
「見つけた また罠にかかってもがいているぞ」
さっきの妖精たちかな
ぼくにも何となく妖精たちが見えてきた
ぼくは氷の刀を持って立ち上がる
熊皮はなしで
氷の刀は氷の壁を打ち破る
しかし、それもこれも春になる前に熔けていくから意味ないか
温暖化というやつで
どちらにしても氷はぼくだけをここに置いていく
ここに置いて行かないで とぼく
「ここはどこだと思うの?」
妖精たちだ
結構綺麗なやつらだった
ぼくは氷の壁に空いた穴から氷の世界を見た
春が来ないうちにしなくちゃ
何を、だったかな
ぼくは春が嫌いだったのだろうか
「ここの寒さがいい、それはそれでいい」と刀
氷の刀がどんな宝石より美しい輝きを放っている
「行こうぜ」と妖精たち
「何だかつまらなくなってきた」
「そう、まるで面白くなくなった」
妖精たちは行ってしまったようだ
ぼくの眠気も去っていった
ぼくの後ろの氷壁からポタポタと雫が滴っている
「さあ、どっちだろうな」行ってしまった妖精たちの代わりに
自分で問いかける
刀が囁く
「氷はどこだ
冷たさを捜してくれ
切れるような冷たさを
さあ、戦いに行こう」
何と戦うのだろう
どこで、いつ戦うのだろう
さあ?
ぼくは刀より先に自分で答える
刀に分かる訳ないから
とにかく、眠くない方へ行こう
また眠くなりそうだったから、それも耐えられないくらい
刀が熔けていくのかだんだん軽くなっている
明かりが見えてきた
今まで暗かったことに気付かなかった
ぼくは刀を見る
これ以上熔けたらたまらないよね
暗い方へ行こうか
だんだん戦士らしくなっていくような気がする
いや、なれないか
無理だな
頑張ってみよう
何に頑張るのだ
まず、この眠たさ
耐えられる限界だぞ
寒さをさがそう、痛いくらいの
ぼくはいつから自分で自分に喋っているのだ
刀はどんどん熔けていく
ぼくは切なくなってくる
辛くなる
痛くなる
さよならと刀に言う
でも、もう少し頑張ってみると、ここに、この訳のわからない場所に言う
大き過ぎた刀は今やぼくの身の丈にあって丁度いいサイズだった
ぼくは暗くて寒い方へ行く
刀がキーンと鳴り出す
氷が青くなっていく
その氷の上に色々なケモノの絵が描かれていく
さて、戦うのはどのケモノかな
ぼくは死んだのにと思う
死んだ後に戦いに行くとは思いもしなかった
いや、刀は手の中にある
うん、いいぞ、凄く冷たい
それに、どんどん鋭く固くなっていく
鉄になど負けない
たぶん、死んでからでないとこいつらとは戦えないのだな
どうしてぼくに戦えと?
ぼくでいいの?
そうだった、待ちきれなかったのだ
もし、彼らに勝ってもあそこに残されたぼくは残されたまま
それを人間が見つけてしまったら
ぼくはあんな所であっけなく死んでしまったただの馬鹿な人間
でも、妖精がみつけたら
こうして、戦いに行く?
よし、刀よ、何度でも戦うぞ
さあ、行こう
お前を持っているとただの人間じゃないと思えてくる
しかし一体何になるのだろう
いや・・
先のことは何も分からない
そう・・
それはまだ起こってはいないから
そして、ぼくが何だったのかも
それからでしか分からない








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