第6話

文字数 3,261文字


    青の正午



青はここの影の色だ
私たちは地上を覆う氷と雪を見降ろして
物思いに耽る
しかしもう少ししたら
正午の鐘が鳴り
空が輝きを増す

空からはあの双子星が私たちを見つめていた
そしてそこに私たちの星と国を
いえ、私たち自身を詳細に写し取っている
それは私たちの、もう一つの現実だろうか
しかしもう少ししたら
鐘は星を出発させる

双子星は未来を探しにいくと言われる
私たちに特別な青い影を残して
そして、もう少ししたら
青い影の時刻がやってくる

その青はあなたの心へとその源流へと流れていく
そして心はそこで幾筋かの川となる
それは命の別の流れだ
あなたに、その時何がやってくるだろう
その川はあなたを超えて、もっと先へといくのだろうか
もう少ししたら正午
キリンが一人の客人と鐘を撞く
そうするとやって来ると言われたこともあった
しかし、もう少ししたら・・・

空中に浮かぶ私たちの寺院は
正午が近づくと探求の旅から帰ってくる
寺院の高台にあるのは古い鐘楼だ
それはその寺院よりも古くからそこにある
そう、遥か昔から
そして太古の何かと今でも共鳴していると言われる
一人の選ばれた僧が鐘楼への最後の道を登っていくのが見える
その日、僧は朝から登り始めて丁度正午にそこへ着くはずだ
そして古い鐘を撞く
私たちの為に
その鐘の音に時々ここの象たちが答えることもある
時には空間を切り裂く叫び声で
切羽詰まった何かを寺に語ろうとすることもある
それはここの正午の何かの一つだ
だが他にも答える者は多くいる
そうして国々が、家々が、解放を始める
そうだ、一日の彼方が始まる時刻
それは私たちの世界にある最善の鐘だ
あのキリンの撞く鐘ではなかったが

見ろ
私たちの頭上で
見えない軌道を疾駆するものらが風と共に吹き荒れているのを
見えるか
その近く、広大な蒼穹をもう一つの月が渡っていくのが
それは姿を現したか?
見えない?
そう、それは昼の中に隠れている
しかしそれは私たちの間に割り込み
やがてここの太陽と重なるだろう
ああ、
正午か

眼下に広がっているのは
見えない月の光に照らし出された別のものたちだ
世界が自分自身に影を落とす時刻だ
その影は素晴らしい青に輝いている
その青の中に一番先に現れるのはここの木々だ
ひどく年経た木も見える
それらは私たちの国に私たちより先にやって来たものたちだ
繁茂する葉を落とした沢山の木々
その枝々は絡み合い益々複雑怪奇な様相を呈していく
その枝々に混ざり合うのはやはり青い影だ
その影の上には囀らない小鳥たちが止まる
鳥たちは知っている
今は押し黙る時だと
おお、青い影が鳥の中へと差し込んでいく

枝々からは蜘蛛の糸が吐き出されていく
私たちの国の蜘蛛はすべて木々の中に取り込まれている
枝々から中空へと張り渡されていくあまたの糸
世界へと架け渡されるそれらは
私たちには未だに解けない謎だ
その上非常に微細で繊細だ、時々見えないこともある
視線さえ疎ましいのかもしれない
しかしそれは強い、この世で最強のものの一つだ
その容赦ない、しかし感じやすい糸に絡め捕られているのは
私たちの最後の家だ
それが彼らのどういった餌なのかは
私たちには恐らく永遠に分らないだろう
しかし、蜘蛛をぬきにすればそこからの眺めは最高だ
しかし、木々が取り込んだ蜘蛛たちは
夜になると解き放たれるのだ
本当は何が解放されたのか私たちには分からないが
蜘蛛たちは自らが吐き出した糸を手繰ってここへやって来る
彼らはここで何をしているのだろう
そういった心配がなければ
もっと快適なのだが

遥か彼方
私たちの家から臨めるのは
雲間に林立している高層ビル群だ
それらは未だに大地を離してはいない
まるで地面ごと引き抜かれた大木のように
それぞれが大地の塊をぶら下げて浮いている
だが、そこにぶら下がっている小さな国くらいの地面の中からは
不思議な金属の機械が覗いている
その異様な形の様々な機械たちが都市を空へと
もっと高みへと持ち上げている
私たちの所へも金属たちの上げる唸りが伝わってくる
だが、その思いもよらない姿形は彼らの心と同等なのだろうか
人々はそこでそれらの金属たちと
それより多い金属とのハイブリッドたちと
金属の迷路の中に住んでいる
彼らの意志とハイブリッドたちの意志を
その胸に灯しながら
それが彼らの命となって何世紀が経ったことだろう
しかし地上は空の下で死につつある
いや、すべてのものに死は免れないのだった
だがそれは氷では守れないものの一つに過ぎない

ついさっき、若者たちは飛行隊となって
地中からスロープを引き出し、飛び立っていった
その小鳥のような若者たちに聞いたこともあった
あなた達の都市の内部で脈打ち
金属とハイブリッドたちが創り上げているのは何かと
しかし彼らには答えられない
しかし、その内部で絡み合い、せめぎ合っているものへと、
彼らは必ず帰っていく
彼らがその入り組んだ精神の奥底から
あのスロープを引き出し飛び立つのはなぜだろう
そうやってその意志の彼方へ行こうとしているのは?
彼らが本当は知らねばならない事がそこにあるからか
そして彼らが飽きることなく何回でも飛び立っていくのは
知るべきことが多すぎるからか

それに引き換え、
老人たちは上へと立ち上がっていく上層階に籠っている
朽ち果てつつあるビルのそこはかつて何かの為に存在したという
そこは彼らの運命を受け入れるのに必要な場所だったのだろうか
今でもそう考えているのか
とにかく彼らは太古の完璧な死をそこで守ろうとしている
それともわずかな純潔を、だっただろうか

その他の人々はみな腰にロープを巻き付け中層階に住んでいる
ロープは彼らの理解とこの世界の表記との間で迷わないようにだという
そしてそれはしばしば窓枠の金具に絡められる
ロープの長さは彼らの何かの許容範囲だ
その長さによって世界が違ったものに見えるらしい
彼らが守っているビルの壁と窓が見えてきた
それは中空で山々のように連なっている
そしてそれらは空中でより高くより広く増殖していく
空が輝きを増すとビルの壁面には彼らの国が映し出されてくる
そうか、それを見たいのだな
彼らは窓から飛び降り、腰のロープの長さにぶら下がる
そしてそれを揺らす
まるで時計の振り子のように
写っているものとその影が見えてきた
そこに混ぜられている時間も
それはロープを揺らすと見えて来るものの一つだ
ああ、ひどく揺れているな
彼らの世界はあんなに揺れており
時間はあんなに荒々しいのか
そこにビル風が起こり、彼らの間を吹き抜けていく
強風だ
「危ない」思わず叫ぶ
だが、それはここに始終吹き荒れているものの一つに過ぎない
そして彼らはここの風のことならよく知っている
しかし今にも壁に叩きつけられそうだ
戻れ、戻れ
しかしその振り子は危険な時間を刻み続けていく

新しい星々が生まれる
どこかで
常に
そして彼らは出発する
出発していった星は未来で一体何をしているのだろう
しかし彼らはここへは帰らない
それは私たちの双子星ではないから
だが、私たちから出発した星はどこかで
それら星々の軌跡と交差している
しかし私たちには知る由もない
星々が宇宙で本当は何をやっているのかを
そしてどんなことをしたらここへ戻ってくるのかを

キリンが青い影の上を歩いて行くのが見えてきた
この時刻、青い影は道になる
道に見えてきたか?
それは一本道だろうか
いや
どちらにしても青い道はどこへでも行ける道だ
しかし、青と黄色だ
青と黄色、それはここの警告の色だ
しかも、あれはまるでバーコードのようではないか
キリンは私たちにそれを読めと?
本当にそうなのか
読まねばならないのだろうか
移り行く時刻
その先を思わぬ者はいない
すべてのものが乱反射し分散する前に
そう、一つの世界に一つのものが一つである間に
一つの世界で一つのことについて一つを決められるうちに
私たちはいったい何をすればいいのだろうか
しかし、もう少ししたら
鐘は星を出発させる

凍り付いた地面は割れ
それは私たちの身体をくまなく通っている血管と
そこを今も何かの通り道にしている血管と
同じような
ひび割れになっていく
そしてもう少ししたら
正午
青い時刻の中を
鐘の元へと私たちの寺院が帰ってくる












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