第21話

文字数 2,124文字


牧歌的風景



私はここで度々鳥の死骸を見つけた
いや、死骸に行き当たった
ここと言うのはいつものように不明事項
そういえばここには鳥飼という名の者もいた
鳥の海という神秘的な山上の湖もあった
いや、今もある
なければならない
私は彷徨える影だ
なんて陳腐だとお前なら言うだろうが
とにかく何かから始めるべきだ
今の世の中、どこを捜そうが、
捜すからだという意見もあるが、実態などない
そこで私は実体のない影である
つまり何かの影ではない
ここでは「何か」は失われている
お前の影ではない
お前は安心する
陳腐の次の言葉は安心
私たちの機構はここで相変わらずパズルをやっているのか
やっていないのか
誰も答えられないな
ところで、私は影であると、なぜこの虚空、
或はただの「穴」に向かって、自己紹介しているのか
「虚空とは神であり、源泉である」
それもいいかもしれない
「知能であり、混迷であり、未来である」
そしてすべての言葉に「かもしれない」を付随させるべきだ

あの鳥たちの表情ときたら
死骸とは感情が失われた一つの事態に過ぎない
ただの変容の一形態
その鳥が夢について話してくれた
時刻は遅く
最後の搭乗案内をしていた
どうにか買う事の出来た切符を機械に通した
しかし足がどうしても前に進まない
切符は長いタラップの先に吐き出され先へ先へと飛ばされていく
仕方なく切符を拾う為に四つん這いになって進んだ
扉の前には誰かの影が立っていた
中は暗く
円筒形の筒のようで
どこまでも続いているように見えた
誰も乗っていないようだ
何かが間違っていると思った
しかしそれが何か何故かは分からなかった
不安で自分の翼も忘れてしまった
・・・失格
「飛ぶ」と「空」が消えて行った

次の言葉は多分「飛翔」と「大空」
機構は迷うに違いない
影である たぶん影である 影であらねばならない
影になる 多分影であった
アナウンスは呼び上げる
次の人、鳥飼剛さん
彼は強くあらねばならなかった
強くなかった 強くあろうとした
誰が森の中の池になど網をかけたのだろう
その鳥は網に絡まれて死んでいた
他の鳥には網は見えなかった
なぜ見えるといけないのだろう
巻き込まれるのだろう

私が小学生だった時
授業中に窓の外を見ると
木の上に子供がいてこちらを見ていた
なんであんなところに子供がいるのだろうと思ったが
見間違いだろうと見なかったことにした
しかし大人になりもっと別のものが見え出した時
あそこにもう一人子供がいたのだと分かった
誰でもそんなものだ
とんでもない時に見えて来る
あの鳥にとっては惨い災難だったろう
網の他にも別の世界が見えただろうか
ここには自分の世界などというものは成り立たない
しかし私たちは闇の世界を彷徨いながらも
生き残った人間の一人を見つけ出し
見えるものと見えないものとを交換するのは可能だ
ところで鳥飼強さんはどうなったの?
努力してみるつもりだと相手は答えた

もう一つの死骸は内臓があらかた食い尽くされていた
小さな、ささやかなエメラルドグリーンの鳥だった
閉じた眼の周りに鮮やかな黄色い環がはまっている
私は思わず自分の腕にめり込んでいる黄色いリングに目をやる
相似形の黄金の環
それはあらゆるところにある
私の環は年々力を強め
皮膚の下へ潜り込もうとしている
そこにはその金属の原子番号のようなものが刻印されている
もっと森の奥へ行って、もっと黄金の環を見つけ出すべきなのか
環がある 環がない
違いは何?
この森の周囲にも何やら黄色い線が引かれている
森は丸く切り取られた?
相似形にすることはここを認識しようと努力していることと同じか
鳥は故郷の話をした
夏の初めになると山上のカルデラ湖では
高山植物が一斉に花を咲かせる
皆ここの固有種だ
その日は晴天で、真っ青な空が広がり、真っ白な雲が浮かんでいる
やがて人間たちが行列してやって来た
そして、いつものようにその湖の周りをくるくると回り出す
一方通行
道からのはみ出し禁止
立ち止まらないで下さいというアナウンス
鳥たちは上空で旋回した
完璧な円にならないように注意しながら
円とは永遠に続く道
しかし人間の円にはそこに別の道へ行く道標が立てられている
こちらはどこそこ あちらは何々
私たちは大きな楕円形を描きながらそこから去って行った

目の前の男がバタンバタンと何かを叩いている
「あなたの住所をここへ」
「あなたの名前も鳥だけでなく」
と聞こえた
私の故郷はあの山上だ
なんて素晴らしい眺めだったことか
今日も空は晴れ上がっているようだ
滅多に見られない山が姿を現している
美しい
私は感動で胸が一杯になる
「確か鳥のついた山ですね」
男が私に言う
彼も故郷の山に思いをはせているようだ
しかし彼が知らないだけでここにも影が差してきた
蠢く影たち
あらゆる場所へ追手を放つ
「さあ、番号を」と男
私は腕の環に刻印されている番号を記入する
それしか知らなかった
すると男は書類から目を上げ溜息をつく
「遠いですね
ずっと下だ
それも遥か彼方だ」
男は床に空いた穴を指さす
極めて正確な円形
どこかから切り取られたようなその丸い穴には
逆さになった空が映っている
「そうか、反対側へ行くのだな」と私
「いえ、そうゆう訳では・・・
ただ穴へ入ればすべて思い出しますよ」
「ごきげんよう」
男は書類を閉じると元気な声で
いや、いささか元気すぎる声で言った




























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