第12話

文字数 3,745文字


    城



花たちが大雨に打たれて侘しげに首を垂れている
ここは王様の花園
それでも不幸はどこからかやってくる
すべてから守られている訳ではない
悲しみが少しずつ忍び寄ってくる
娶ったばかりのお妃様が亡くなる
王様は一人ぼっちになる
王様は雨に打たれて首を垂れている花々を見つめる
花たちの悲しみが伝わってくる
お城にある沢山のひび割れ
沢山の隙間
冷気が城を覆い始める
王様は花園を花たちの落とす雫に打たれながら歩き回る
雨は容赦なく花たちを打ちのめし
何時までたっても降りやまない
王様は考え事をしながら濡れそぼった花々の間を歩き回る
雨の中、使者たちは到着する
増水した川を渡り
流されていく橋にしがみつき
対岸にかけ渡された鎖をたぐって水の中を泳ぎ
使者は毎日到着する
私たち女の子は外に出てはいけないと言い渡されるようになる
やがて大人たちはそわそわと落ち着かなくなり
誰も子供にかまわなくなる
お城の奥では何時の頃からか巨人たちが作られている
何千体もの巨人たちが壁に一列に並んで突っ立っている
まるで大きな人形のように
私たちは時々忍び込んではその足を踏んづけてみたり
脛を蹴飛ばしてみたりした
やがて雨は深い悲しみのように城の一番奥まで染み入ってくる
巨人たちの広場まで
やがて巨人たちはあの花園の花たちのように
首を垂れ雨に打たれる
頭から肩から滝のような雨が広場に流れ落ちる
広場は今や湖となった
それでも雨は降りやまなかった
皆、何だかおかしいと思い始める
大人も子供も女の子たちも
多分あの動かない巨人たちも
そうして彼らは空を、城の天井の上にある空を見上げる
いつかこうなる事を誰もが知っていたのだと思う
巨人たちは動く
何千体もの巨人たちがどこか一点を見つめる
そして城を降り始める
この時を待っていたように歩き始める
どこへ行くかは知っているらしい
私たちは誰も知らなかったけれど
男の子たちは巨人たちについていった
大人は誰も引き留めなかった
多分何が起こっているのか分からなかったのだと思う
女の子たちはお城に残った
雨の降り続くお城と花園に残った
王様は出て行ったのだと思う
家来たちを引き連れて
皆結局巨人たちの後に従ったのだと思う
私たちはなぜか置いて行かれたのだ
女の子はのけもの
誰も何も教えてくれなかった
しかし、私たちは何かがとてもおかしいと思う
私たち女の子たちはお城から叫ぶ
狂っている、と
みんな狂っている、と
何をしているにしても皆狂っている、と
巨人についていっちゃだめ 
世界が狂い始めたのだと思う
雨が降りやまないのは何か理由があるから?
誰も戻って来なかった
女の子は、ままごと遊びをやめた
何々ごっこはみなやめた
「ごっこ」はなくなった
とにかく二〜三人男の子をどこかから連れてこよう
それから巨人を二〜三体確保
そう、物事はそうやって突然始まる
思いもよらない仕方で
私たちは迂闊にも巨人が千体になっても気づかなかった
だから、誰も気づかないうちに、
いつも突然のようにして物事は始まるのだと思う
咲き乱れる花たちの中でハチドリの羽音に混じって飛び回っていた
あれはもう昔のこと
ハミングしながら花たちを巡った
あれはもう昔のこと
私たちの羽はなくなってしまった
もう自由ではない
何かが突然終わる
鳥たちと飛び回れないなんて、残念だわ
また花の中に頭を突っ込んで花たちの花粉を浴びたいわ
私は大理石の塔のてっぺんから舞い降りて
そしてまた飛び上がったわ
時々ロウソクの灯火を消してやったわ
そうしたらみんな喜んだのよ
キャーキャー叫んでいた
しかし私たちは置いてきぼりをくらったのよ
まるで女の子なんてどこにもいなかったみたいに
あの人たちは今も昔も何も見えていないのよ
残念だわ
私たちはお城から離れないわ
お城は今も輝いている
私たちはお城の動かし方ならもう知っている
すでに配線も直したわ
何時だって出発することが出来る
ここに遥かな昔やって来たように
そう、秘密は隠せなくなった
大雨が山を崩し
川を決壊させ
城を沈めようとしても
地面が盛り上がりお城を埋めてしまっても
私たちはこのお城を元通り動かすことが出来る
私たちがここにいる限り
お城を動かすのにもう大人たちはいらない
男の子たちもいらない
しかし、私たちはもう女の子じゃないわ
女の子じゃない何かになったのよ
もしかしたら、それが何かを教えてくれる人たちは
私たちを置いて行ってしまった
なぜかは分からない
自由ではないってどうゆうことかしら
しかしお城は残された
彼らにはお城が一番大事なのかと今まで思っていたけど
ここから出て行かないとどうなるのかしら
お城のままよ、と誰かが言った
それはいい事?
行ってしまった人たちを待つの?
待つわ
待たないわ
世界は変わるわ
素晴らしいわ
何時の間にか雨は止み雲間から月が顔を出す
星が輝く暗い空の果て
私たちはどこから来たの?
お城の工場が動き出す
再び色々な物をお城は作り始める
もうじき見えるようになる
夜空に私たちの輝くお城が
これは真実のお城だから
そして誰かがたどり着くことになる
待つの?
待つわ
待たないわ
別の道を行くわ
もう別の道よ
巨人たちは何をやっているのかしら
あの世界は本当の世界かしら
私たちはもう休みましょう
明かりを消すわよ
みんな、いいかしら
覚悟はいいかしら

女の子が私のベッドの脇に立って言った
お城の明かりを消しますわよ
いい?
覚悟はいい?と
私はいつものように眠れなくてまだ起きていた
女の子はどこから現れたのだろう
透明な身体に透明な衣装
いえ、真っ白な身体に真っ白な衣装
いえ、白くないかもしれない、ただ透明
いえ、それも違う、何が何だか分からない
しかしよく見える、女の子の姿が、その不思議な顔が
多分これは、見た瞬間すぐに忘れてしまう事の一種なのかしら
でも、何の覚悟?
「覚悟するのはあなたよ、私じゃない
あなたはあなたのことがわからないの?」
その時、隣のベッドで寝ていた弟が目を覚まし何事かと起き上がった
おねえちゃん、おねえちゃんと私の事を呼んだ
部屋はなぜか真っ暗だった
おねえちゃん、どこにいるの、怖いよ
その時、私は思わず「あっ」と声を上げた
お城が見えたのだ
真っ暗闇の彼方に様々な光に照らし出されたお城が
宝石の階段を登り
鮮やかな群青色の川に架かる虹色の橋を渡り
私は夢の中にいた
見て、お城よ
輝いているわ
弟は私にすり寄って来た
なぜか泣いている
女の子は私に言った
「行こうよ、お城に、私たちのお城に」
弟が一層激しく泣き出した
凄く怖がっているみたいだ
女の子は言う「弟なんて置いていきなよ
私たちと一緒に行こうよ
その意気地なしの男の子は置いていきなよ」
どんなになだめても弟はしくしくと心細そうに泣いていた
それでも私は弟に、あのお城に行ってみようよと言って
ベッドから立たせた
そして、多分弟と二人手をつないでそのお城へ行った
あの宝石の階段を登って、虹の橋も渡って
あの遥かな高みへと行った と思う
女の子は私に尋ねた
「あなたは本物の女の子?正真正銘の女の子?」と
訳が分からなかった
女の子は言った
「いいわ、大した泣き虫だけど、
とにかく男の子を一人ゲットしたわ」
それから少女たちは言い合っていた
「試験をするわ」
「それって、随分時間がかかるんじゃないの」
「あの家は大丈夫、時間が止まっているから」
「当分の間誰も気づきゃしないわ」
「それに誰も女の子なんか気にしない」
「そうね、誰も気にしない」
そのうち女の子たちは私にもう一度聞いた
「覚悟はいい?」と
多分、あの輝くお城から
そして、どこかの花園からお花の香りが漂ってきた
そして、トントンと何かを叩く規則正しい音がした
あ、そうだ、あれは雨の音だ
雨が降っているのだわ
そういえばずっと
雨はどこから来るのだろう
なぜ、お城を叩くのだろう
痛いわ やめて 私は叫んだ
雨はいつまでも降りやまなかった
私はいつしか諦めた
でも、何か変だなと思った
どこか心の端でそう思った
なにか狂っている、なにかとんでもなく間違っていると
本物の女の子かもしれないわ、と、
どこからか女の子たちの声が聞こえた
女の子だとどうなるの?
置いていかれるのよ、無論
みんなに無視されるのよ
お城に置いていかれるのよ
帰してくれないの
帰すわよ
朝に
朝が見つかれば
朝はどこなの
誰も知らないわ
「弟はどこ?」その声に私は聞いた
「男の子は私たちのもの
お城は本物の女の子へのプレゼントよ」
「お城って何なの?
私には分からないわ」
「それはあなたよ、それがあなたなのよ」
「まだ分からない
私は何かを知ったの?」
しかし、私の中から色々なものが消えかけていた
弟を捜さなくちゃ
無性に弟が恋しかった
何を知ったにせよ弟を捜さなくちゃ
「いずれ分かるわよ
何もかもいずれ分かるわよ」と女の子たちの声がした
「そうよ、女の子にとっては何もかもいずれね」と別の声が言った
私はその声に言った「明日へ行かなくちゃ」
「それはお城よ」とまた声が言った
「さあ、覚悟はいい?」
ドスンドスンと巨人たちの足音が響いてきた
ガチャガチャと金属の鳴る音もした
男たちの怒声
私の身体が浮かび上がった
「お城よ」
声たちが言った
そうして、眩しい光
眼を眩ませる光が差し込んできた
長いお城の階段には花園の花々が咲き
宝石の涙を流していた
「花たちの元へ行きなさい
花に手を差し伸べなさい
さあ、お城よ
あなたは蝶のように変成するのよ」
「花に呼ばれたわ」
「そう、お城よ」
そう、お城はきらびやかに輝いていた





ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み