第111話『小さな守護者』

文字数 2,955文字



 シャドーヴォルダーは蛇行しながら高速で走行していた。


 その理由は明白である。


 装輪装甲車には、ワラワラとボルドガルドが取り付いていたのだ。エイプリンクスはそれをなんとか振り払おうと、激しい蛇行運転を繰り返す。


 保管ヤード内に幾度となく、タイヤのスリップ音が木霊する。


 その度に、装甲車に喰らいついたボルドガルドがガシャガシャと振り落とされる――だが、落とされた倍の数が、さらに装甲車へと群がり、這い上がって来てしまう。


 状況は時間の経過と共に、みるみる悪化していった。


 装甲車のハンドルを握るエイプリンクスは、ペリスコープと操者用サイトで外部の様子を確認しながら、ボルドガルドを罵る。



「ええい! うじゃうじゃと! しつこい連中だ!!」


 その時スケアクロウから通信が入る。


「エイプ、ちょっとトラブルがあって合流が遅れる。重要パッケージは彼女に託したから、最終合流地点で回収願う。

 それと、重要な懸念が……。

 施設の防衛機能が暴走している――おそらくクラウンの置き土産だろう。

 おそらくインビジブルモードは通用しない。邂逅したら、轢き潰してでも強行突破するんだ」


「――できれば そのアドバイスは、数分前に言ってほしかった」


「なに? …――まさか搗ち合ったのか!? 待ってろ! すぐそっちに向かう!!」



――しかし何者かが、二人の通信に割り込む。



「そんなのいらなーい! 魔族なんかに助けてもらわなくたって、じぶんでなんとかするも~ん!」


 それはリゼだった。彼女は無線越しにそう言い残すと、あろうことか、装甲車シャドーヴォルダーの上部ハッチを開け、外に出ていってしまったのだ。

 エリシアがそれを止めようと、後を追おうとする。


「リゼ!? ダメよ!! 外は危ないんだから!」

「よせ! エリシア行くな!」

「行くなってどうして?! エイプさん! このままじゃ あの子、アーティファクト・クリーチャーに殺されちゃう!!」

「彼女なら大丈夫だ! 君が外に出れば、かえって足手まといになる」



「足手……まとい? 何を言って――」


 
 エリシアはペリスコープや視察窓からリゼの姿を追う――そしてその眼で、エイプリンクスの言葉の意味を理解した。


 リゼは、幼女という小さな身体を存分に活かし、ボルドガルドの隙間を縫うように、電光石火で駆け抜ける。


 彼女は断じて、無謀なアスレチックをしているわけではない。
 

 ボルドガルドとのすれ違う際、センサーが集中している頭部ユニットを斬り落としていたのだ。


 だが相手は生物ではない。頭部を失っても戦意を喪失することはなかった。機体各所のサブセンサーを駆使し、襲いかかってくる。


 頭部を欠損しても襲いかかって来る――だがリゼは、それを予測していたのだろう。

 彼女は、たじろぐことも、動揺する素振りすら一切見せず、ただ冷静に、それこそボルドガルドと同じ機械(マシン)のように、正確かつ最小限の動作で殺意を受け流し、報復と無力化を繰り返していく。


「あぁんもぉ! いっぱい すぎるんだよ!!」


 リゼは爪を伸ばすと、比較的装甲の薄い関節部を斬り捨てる。さらに彼女は、その斬り捨てた腕部をブォンブォンとぶん回し、他の襲撃者の頭部や胴体部を殴打。装甲車から次々に引き剥がしていった。


「んもう!! うじゃうじゃいて、イヤなのぉ!」

 
 リゼは斬り裂くだけではダメだと感じ、爪に赤き電光を身に纏わせ、攻撃を振るう。これが効果覿面で、電撃が、装甲車に纏わりついているボルドガルドからボルドガルドへと高圧電流が伝わり、中には爆発した機体もあった。


 なにせその雷撃は、ビジターのスーツですら受け止めきれなかったものだ。


 リゼはボルドガルドの弱点に気付き、「これだ!」という表情を浮かべる。


 そして彼女は、襲撃者を斃しつつ、なおかつ、装甲車がダメージを受けない絶妙な加減で、周囲へ雷撃波を解き放った。



――――眩き 赤き雷光



 雷鳴が止むと、事態はガラリと様変(さまが)わりした。


 ボルドガルドの動きがピタリと止まった。そして、まるで殺虫剤をかけられた虫の群れのように、力なく、ボトボトと落伍していった……


「やったァ!! おねちゃん! 見ててくれた? あのねあのね! リゼね、やったんだよ!」


 しかしこれで終わりではない。

 後方から大量の増援が接近していたのだ。



「まだ終わってない!  リゼ! 耳をふさいで、伏せろ!!」


 
 エイプリンクスは拡声器越しに警告する。そして旋回可能となった機銃砲塔を後方へ向けた。そして、高速接近中だったボルドガルドへ掃射する。


――旧型のボルドガルドは、高速移動形態でフォトン・レゾナンスフィールドは展開できない。そのため球体の状態では無防備なのだ。


 機銃の弾丸によって、球体状のボルドガルドが次々に穴だらけとなる。一機、また一機と、床を転がる小さな部品と化す。


 形勢逆転と思われたが、なにぶん数が多かった。


 機銃の弾幕をすり抜け、装甲車側面へと回り込む機が現れてしまう。



「クッ?! 斃し損ねたか!!」


 
 エイプはハンドルをきり、シャドーヴォルダーの側面で敵機に体当たりする。


 装甲車は、全長13.5メートル、全幅6メートル、全高4.5メートルのジャンボサイズだ。


 圧倒的重量を誇る、装輪装甲車によるラムアタック――ボルドガルドは無残にも、粉々の部品と化す。中には車輪に巻き込まれ、タイヤで潰される機体もあった。


 エイプリンクスは巧みな操作で、装甲車へ這い上がろうと画策するボルドガルドを、機銃と体当たりで粉砕していく……。


 攻撃こそ最大の防御。リゼも負けじと攻勢に打って出た。


 幼く、小さな手の平に、赤い稲妻を帯電させ、それを弓のような形状へ変化させる。


「この矢は特性なんだから! それじゃあ いっくよぉー☆」


 リゼは稲妻の弦を限界まで引くと、天井に向かって矢を解き放つ。


 放たれたのは、たった一張の矢。


 しかしその矢の中には、雷属性の膨大な魔力が内包される。


 重力に導かれて落ちてきた矢は、目視で確認困難な程の量へ増大。その光景はまさしく、矢の豪雨だった。

 その猛雨から逃れる安全地帯などない。

 追跡者であるボルドガルドは、無数の矢に射抜かれ、次々に爆散――誘爆が誘爆を誘引し、その爆風と粉塵が、シャドーヴォルダーまでもを包みこんでしまう。


――――――――

――――――

………


―――黒煙を貫き、勝利者が姿を露わにする。


 爆発など どこ吹く風と、甲高い発動機(エンジン)音を奏でながら、“ 我、健在ナリ ” を無言で誇示する、シャドーヴォルダーの勇姿。

 車体は煤まみれ。

 そして装甲車の各所には、ボルドガルドの腕部が力なく、ダランと垂れ下がっていた。


 勝利の立役者であり、装甲車を守りきったリゼ。

 彼女は煙を吸い込んでしまったため、咳き込んではいたが、比較的元気そうだ。だが不満タラタラで、「あーもぉ疲れちゃったよ~」と、装甲車の上にゴロンと横たわった。


「リゼ! 無事?!」


 エリシアがリゼの無事を祈りながら、装甲車上部ハッチを勢いよく開ける。

 そのハッチが、ちょうどその場所に横たわっていたリゼの顔面に直撃。哀れにも彼女は『ぶべッ?!』という珍妙な悲鳴を上げ、痛さに のたうち転がる。


 たった今リゼは、無事ではなくなってしまったのだった。


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