第33話『こんなの決闘じゃなくて、ただの演習よ!!』

文字数 3,833文字




 ジャスミンはギロピタを食べ終え、手ぬぐいで口を拭いながらサーティンに再度警告する。



「サーティン。例え、お前たちがなんと言おうとジーニアスは信用できん。少なくともアスモデ・ウッサー 彼女も私と同じ意見だろう」


「確かに彼女も君と同じ意見だった。だが今は、もう違う。アスモデ・ウッサーはジーニアスを仲間として招くことに同意した」


「なに?!  ど、同意しただと?! それは本当なのか!!」


「なら本人に確認してみるといい」


「――クッ! どいつもこいつも、フェイタウンの連中は、お人好しの博覧会か! 平和ボケも甚だしい……危機意識がなさすぎる! ジーニアスがこちらの味方という根拠がないではないか!」


 ジャスミンは『もう我慢ならん!』と息を荒げ、側にいたヴェルフィ・コイルから、予備の手袋を奪い取る。そしてそれを、ジーニアスの足元に向かって投げた。

 手袋はマーモンの腕を掠め、ジーニアスの脚に当たってから、足元へと落ちる。


 手袋を投げる――この行為が意味するのは、騎士としての決闘である。



「ジーニアス・クレイドル! 決闘を申し込む!!」



 さすがに誰もこの展開を予想できなかった。皆一様に、驚きの(まなこ)でジャスミンを見る。


 その中で真っ先に、ルーシーが異議を唱えた。


「決闘って! こんな時期に、なにを考えているんですか!! 明日の深夜には、ゼノ・オルディオスと戦うんですよ!」


「――だからだ! その前に矛を交え、この男が本当に信頼するに足りうるのかを、私が見定めてやる!!」


「そんなの横暴です!」


「横暴だと? フェイタウンの危機に備え、私は異世界より召喚された。にも関わらず! 私に相談どころか報告すらもなく、ジーニアスを都市防衛の要として添えた。

――いいだろう。民に選ばれた市長と、この街を守る騎士団長の決めた事だ。

 だがしかし……なぜだ? 

 同じ余所者であるアイツが、私よりも得体の知れないアイツのほうが……信頼を獲得している。

 魔獣の討伐数か?

 それとも、彼のミステリアスさに惹かれたのか?

――まぁいい。 剣で語り合えば、真意が定かになる。

 ジーニアスの力はヤラセではなく、ゼノ・オルディオスとは仲間ではないのならば、決闘をすれば分かるだろう。

 本当に魔獣を屠ったのならば、それを実力で指し示せ!! その力が嘘か真か、私との闘いで証明して見せよ!」


 そんな事を聞かされて、ルーシーは黙ってはいない。


 ルーシーがジャスミンに向って歩もうとする。だがそんな彼女を、ジーニアスが止める。そして足元の手袋を拾い上げ、彼はこう言った。



「いいでしょう。それで貴女の気が晴れるのなら、その決闘……受けて立ちます」



 決闘の受諾に、ジャスミンはニヤリと笑った。


「市長! 今の言葉を聞いたな! 第一地下訓練場を使わせてもらうぞ! あそこはまだ使用されていないはず――そこで白黒ハッキリつけようぞ!」




           ◇



――10分後 地下 第一訓練場


 ジャスミンは顔の筋肉をピクつかせ、不機嫌そうに自問自答する。


「なぜだ…… なぜ、こうなった?」


 それもそうだろう。ジーニアスとの決闘のはずが、マーモンとヴェルフィ・コイルとの決闘――いや、実質 魔導訓練を兼ねた、演習になり下がってしまったのだから。

 しかも対戦相手は2対1ではない。

 ジャスミンの横には、闘うはずだったジーニアスの姿があった。


「なぜこの男と一緒に相方(バディ)を組み、闘う事になった! 私はなぁ! この男に! この男に決闘を申し込んだんだぞ!!」




 なぜこのような事態になったのか?

 それに至った経緯と理由は、ヴェルフィ・コイルから語られる。




「さっきも言ったはずだよ。君が投げたのは、僕の手袋だ。つまり手袋の所有者である僕に、決闘の詳細を決める権限がある。そして手袋はマーモンに当たり、その後にジーニアスの足元に落ちた。

 マーモンは……本当に気の毒だ。

 なにせ、決闘に巻き込まれた被害者だからね」




 しかし当のマーモンは、不快や不機嫌といった表情ではない。それどころか、心底 楽しげな表情で笑っている。




「被害者? いやいや、個人的には好都合だよ。この機会に、最終確認といこう」


 マーモンは闘いに備え、ストレッチをしながらジャスミンに語りかけた。


「ジャスミン。君が召喚されてから、今日まで多くの事を学んできたはずだ。古典的な基礎武術から、この世界独自の魔法学まで……。 今日はその集大成だ。 今まで教わったすべてを、この闘いに注ぎ込み、勝利を手にして見せろ!」


「そんな横暴な……」


「その言葉は、決闘を申し込んだ自分に言うんだな」



 ジーニアスにも、ヴェルフィ・コイルから労いと同情の言葉が送られる。



「ジーニアス。君も、巻き込まれて災難だったね」


「いえ、私としても これは貴重な機会であり、実のところ ありがたく思っています。魔法を駆使した戦闘データは希少で、ビジターにとって未知の領域ですから……」


「ああ、ビジターで思い出した。 サーティンから大まかな事情は聞いている。魔獣を斃した兵器や、ナノマシン――そういった有限かつ、オーバーテクノロジーの類はナシの方針でいくよ。それらはゼノ・オルディオス戦に備え、温存しておくように頼む」


「どの道こちらとしても、そのつもりでした。ですが……どう闘えと? 私には魔法が使えません」



「これはそのための演習――じゃなかった、決闘だからね。

 この世界には、君の目には見えない無限の力がある。ルーシーが魔獣に襲われた時、君はその力を行使し、彼女を救った。おそらく無意識で発動したものだろうが、今後の戦いでは、それ(、、)が必須の技能となるはずだ」



「あの現象が……魔法? 確かにあの時 説明し難い、不可思議な現象は観測されたが、アレが――いや、その前に。ヴェルフィ・コイル あの時 君は、我々を見ていたのか?」


「屋根伝いからね。ルーシーを救おうとしたけど、君に先を越された。僕はあれを見ていたからこそ、断言できるんだ。あれは魔法――それも極めて稀な魔法であり、原初的で、君にしかできない特別なモノだ」


「自然魔法? だとしても、そんなはずは……。なにせ私は、魔法を視覚情報として捉えることもできず、魔法陣の法則性すらも分からない。そんな魔法に関して無知な私が、魔法を行使できるはずがない」



「ルーシーの話じゃ、魔法陣は見えているのだろ? なら、魔法が使えなという事はない。あとは馬に乗るのと同じで、なんて言うかな。ん~と…… うん! 慣れさ」


「馬に乗るのと同じで……慣れ? 魔法とは、そんな簡単にできるものなのか? マーモンの話では、魔法とはこの世界の(ことわり)――法則に沿ったもののはず。少しでもそれから逸脱すれば、発動不可では?」


「帰還人の小説かなんかで読んだけど。あれだよね? 機械を動かすプログラム……だっけ? あれと同列で考えているでしょ?」




 ジーニアスはその言葉に驚く。なぜならその指摘は、まさにそのものズバリな的を射抜いたものだったからだ。


 まるで心を読まれたかのような顔で、ジーニアスは「その通りだ」と頷く。


 それを見たヴェルフィ・コイルは、妙に納得した様子で語る。そのような考えに陥るのは、ジーニアスだけではなかったからだ。





「ああなるほど。帰還人の中にも、それと同じ考えで躓く人が多いんだ。プログラムって一文字違うだけでも、動かなかったり、誤作動するだろ? 魔法の場合は、厳密には違うけど……なんて言うか、多少雑でも問題ないんだ」



「雑でも問題ない? 自動修正プログラムのように、使用者(ユーザー)の間違えを正してくれるものか?」



「神話の一節になぞらえれば、『力を欲するのであれば、内に訊け。その胸に宿る温かな灯火こそ、汝の力なり』

 ――大事なのは心だ。

 君が魔法を使ってどうしたいのか。なにがしたいのか――これが大事なんだよ。


 炎で敵を滅っするのか。
 それとも炎で美味しい料理を作りたいのか。

 雷で敵に天罰を下すのか
 それとも雷で磁力を生み出し、地の中に眠る貴金属を探し当てたいのか

 氷で敵を氷像にせしめたいのか
 それとも氷で魚を凍らし、遠くまで運びたいのか


 同じ属性の魔法でも、全く異なるだろ? そして、こういった方向性を決めるのは、(ことわり)ではない、我々 人の意志だ。

 思考は現実化する。

 創世魔王……――陛下は優しい世界を創造なされた。

 多種多様な土着の宗教を認め、どのような種族であっても、平等かつ平和に魔法が使える世界――現実は まだ、その神話の一節に届いてない。ルーシーを始めとする、初歩的なスキルしか使えない人がいるのが、その証だ」


「待ってくれ。ルーシーは魔法が使えないのか?」


「え? 彼女からその話を聞いてないのか? まぁ……誇れる話じゃないからな。親しくなったからといって、好んで語れることじゃない」


「ルーシーには持病があった。まさか原因は――」


「フェイシアの話じゃ、その持病が魔力創生と収束を阻害してしまう、ある種の合併症、だとか」


「そうだったのか……」



 ジーニアスは観覧席にいるルーシーを見る。

 ルーシーは指を組み、祈るような視線でジーニアスを見ていた。


 会話の内容を悟られないよう、ジーニアスは笑顔を作り、その微笑みをルーシーに贈る。それに気づいたルーシーは、パァと明るい表情で手をふる。きっとジーニアスのことが心配だったのだろう。

 ジーニアスも同じく、ルーシーに向って手をふった。彼女を心配させないために。
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