第5話『互いに 秘密を抱えて』
文字数 3,149文字
ルーシーとジーニアスは、商店街を探索する。とはいえ、目的の出店屋台まで そう遠くない。短い時間で済むはずだった。
しかしジーニアスにとって、目にするモノすべてが新鮮であるため、度々ルーシーに「あれはなんだ?」と訪ねてしまう。そのため しばしば足を止め、道草を食う事となった。
彼女や、この世界の人々にとって、それがそうであって然るべき 当然のモノ。
――しかし帰還人にとって、それは違う。この世界の普通は、産まれて初めて目にするものであり、異質で未知なるモノに他ならない。
とくに魔法の存在しない世界からの帰還人なら、『なぜ?』『これはなんだ?』という膨大な想いに駆られるのは、当然のことだった。
思わぬ道寄りの連発となってしまったが、実のところルーシーは、こういった道草が好きだった。
いや、むしろ大好きと言って良い。
なぜならこういう探索には、思わぬ発見が付き物なのだ。
現に、ジーニアス対しての説明する――この行為そのものが、大きな発見の連続だった。
ジーニアスに問われ、ルーシーは一つ一つ、丁寧に解説する。
それがどういった物なのか。説明する者は、自分が初めてそれを目にした、原点に立ち返らなければならない。
それは必然的に再認識する形となり、当たり前だった物や現象が、別の角度――客観的視野から見ることができた。
当たり前であるが故に、今まで気づかなかった盲点。
ジーニアスと同じように、ルーシーもまた、新鮮な視点から この街の文化や特徴、オルガン島 独自の素晴らしさを実感する形となった。
そしてなにより嬉しいのは、自分の生まれ育った街に、ジーニアスが興味を示している点だ。それも、底なしの探究心で……
ルーシーにとってそれはまるで、幼い子供を連れ、街を探索しているかのような気分だった。
もっとも本当の子供なら、満面の笑みや喜びといった反応を返し、おもちゃの一つでも要求するもの。だが寂しいことに、それはない。代りに、ジーニアスは対象に視線を注ぎながら、メモを取っている。
そのメモの取り方は、とても特徴的だった。器用なことに、一切ペン先を見ずの高速で筆記を行っているのだ。その速度は、『本当に文字を書いているのか?』と、疑念を抱いてしまうほどである。
ジーニアスは御世辞にも、感情 豊かとは言い難い。しかしルーシーには、彼が童心に帰っていると感じた。
――その確証はジーニアスの瞳だ。好奇心に魅せられた子供のような輝いている。そして熱い眼差しは、網膜に焼き付けんばかりに。
ジーニアスは野菜を炒めている屋台を指さし、ルーシーに尋ねる。
「ルーシー、あそこの屋台で鉄板を加熱しているが、薪や可燃性ガス、熱線照射装置の類は確認できない。どういった仕組みで火を出しているんだ?」
「鉄板の下に魔法陣を展開して、火を起こしているのよ」
「火を? ……目視では原理を解明できない。確かに、円形の光源に幾何学模様は確認できる。しかしながら、燃焼促進物質なしで燃えているようにしか見えない。ルーシー、円形の幾何学的な紋様……あれが魔法陣?」
「その通りよジーニアスさん。あれは料理用の炎系魔法陣で、戦闘攻撃魔法よりも、高度な技を要求されるんだって」
「戦闘用のほうが、高度なのでは?」
「私も最初はそう思ったけど、料理や作業に関連した炎の魔法は、威力や破壊力とは別口で難しいの。――火加減の微調整よ。加減が過ぎれば生焼になっちゃうし、逆に強すぎれば炭になる。とくに料理なんて火加減に集中しながら、手を動かさないといけない。まさに鍛冶屋同様、高度な職人技を要求されるの」
「ただでさえ難しい動作に加え、高度な並列処理能力も要求されるのですね。屋台で働く人たちは、全員 炎系の魔法が使えるのですか?」
「いいえ、そこらへんは適材適所よ。火炎属性の魔法を使える人が、同時に反属性である水系や氷系の魔法を使えることは、とっても稀なの。ジーニアスさん、あの お店、見える?」
「……あれは?」
「元々はクレープ屋さんだったんだけど、最近リニューアルして、氷菓子になったの。熱して溶かしたチョコレートに、苺やオレンジ、マシュマロを加えて凍らせた お菓子屋さんよ。店の亭主は炎系の魔法を使えて、隣にいる娘さんが氷系の魔法を使うの」
「なるほど。互いの長所である特性を活かし、他の屋台にはない商品を作り出す。そして独自性が明確になれば、客は店の前で足を止める。確かにこれは、適材適所という言葉が相応しいですね」
「この街は、そうやって機能しているの。誰だって……苦手なことや、できないことはある。それを無理に克服するんじゃなくて、まずは自分にできる能力を、最大限に活かすの。
そして補えない部分は、他の人や仲間がフォローする。
一人でなんでもできる なんて、絶対に思わないこと。
だからジーニアスさんも、無理はしないで。もしも苦しかったり助けて欲しいことがあったら、誰かに相談してね」
「一人で……」
なぜかジーニアスは、『一人』という言葉に気になる点があったらしく、その言葉をボソリと呟き、ペンを止めてしまう。そして視線をルーシーではなく、メモ帳へと移す。
――明らかに様子が変だ。ジーニアスは感情を表にほとんど出さないが、今の視線はとても寂しく、孤独感に満ちたものだった。
このままではまずい。そう感じたルーシーは、咄嗟に彼の手を取って尋ねる。
「――でも! あの! ジーニアスさんって、一人じゃないですよね!」
「……?」
首を傾げたジーニアスに、ルーシーは自分のことを指さして告げた。
「ほら、私! えっと、現地……協力者でしたっけ? その申請はしっかり受諾したから、困っていたら、いつでも駆けつけてあげる!」
ジーニアスは、なにか想うことがあったらしく、ルーシーの瞳を見つめて数秒間、沈黙する。そして、静止した時間に終わりを告げるかのように、自分の想いを口にした。
「もはや、感謝という言葉では収まらない。その手厚い配慮と情報提供の見返りとして、なんらかの報酬を用意すべきなのだが……今の私には――」
ルーシーは「いいえとんでもない!」と、顔をブンブンと横に振る。
「報酬とか見返りとかいいですって!! ――ああ、でも……」
「でも?」
「ええ、あります。ジーニアスさん、もし困っている人がいたら、どうか助けてあげて。自分にできる、可能な範囲で良いの。その優しさや想いの一つ一つが、見えないところで繋がって、きっと! それは大きな力になるから!」
「それが、君への報酬に値するのですか? なにかもっと欲しいもの――もしくは願望があるのでは?」
「欲しいもの……願望――。いいえ、私はもう十分……幸せだから。優秀なお世話係にメイドさん、大きな屋敷。絨毯織りの工場で働く友達――これ以上、なにかを望むのは、さすがに贅沢よ。でしょ?」
自分よりも、他者を気遣うルーシー。
しかしジーニアスは、彼女の言葉にわずかな違和感を抱く。
心のベール――その奥に隠された、ルーシーの秘めたる想い。
ジーニアスは問いを口にしようとしたのだが、その前に、ルーシーが彼の手を取る。そして次の目的地を告げた。
「さぁジーニアスさん、行きましょう! 魔法を駆使したフルーツのお菓子があるの。気になるでしょう~。フフフッ、何を隠そう、私のアイディアで生まれた逸品よ! 期待しててね!!」
商店街の出店屋台 探訪が再開された。
ジーニアスは『好奇心は猫をも殺す』という言葉を思い出す。この質問は、彼女との関係性を壊す、起因となる可能性がある――彼はそう結論づけた。
ジーニアスは胸に抱いた疑問を、心の中に仕舞い込む。
そして二人は、魔法を駆使した お菓子を目指し、足を運ぶのだった。