第19話『容疑者 ジーニアス』

文字数 3,233文字



 騎士団の団長に歩み寄る男性。それは、魔王と激戦を繰り広げていた功労者、ジーニアス・クレイドルだった。

 先の魔王ゼノ・オルディオス戦。――その最中、警告を発した謎の声があった。ジーニアスは、その女性を探り当てていたのだ。



 アスモデ・ウッサーは思わぬ客人に少々驚いていたが、ほくそ笑み、心良く歓迎する。


「よく私だと分かったな。たしか君の名は……ジーニアス・クレイドルだったな」



「他の市民が身動き一つとれない中、貴女だけでした。顔を上げ、戦いを見守っていたのは……」


「あれだけの戦いの中で、よくそんな余裕があったな。 いや、視野が広いと言うべきかな?」


「いえ、余裕はありませんでした。身を屈めた一瞬、貴女の顔が見えたので」


「 あの距離で私を? なかなか良い目をしているな。まるで鷹の目じゃないか。ところで君は、見ない顔だ。それにその格好……帰還人か? 配布された市民証を拝見したい」


 ジーニアスはジャケットのポケットの上に手を置く。そして顔を横に振って、アスモデにこう答える。


 
「……不甲斐ないばかりです。残念ながら、戦闘の最中に市民証を落としてしまいました」



 アスモデ・ウッサーは、思わぬ返答に、口元を隠して笑ってしまう。一瞬のミスも許されない、鬼気迫る戦い。それを生き延びた男なのに、変なところで間が抜けていたのだ。


「お、落とした?! アハハハッ! あれほど緻密な戦闘をしながら、妙なところで抜けているな。なら、あとで再発行だ。まぁ今は、役所はそれどころではないがな。

 今後しばらく、身分証なしで生活することになるぞ。住んでいる場所は? もう決まったのか?」


「いえ。まだです」


「身分証なしでは、借家も借りれないだろう。騎士団の庁舎に空きがある。もし住む場所が決まっていないのなら、そこを塒にすればいい」


「なにからなにまで……ご厚意に感謝します」


「あの偽者(まおう)を追い払ったんだ。このくらいはさせて欲しい。ところでいつだ?」


「いつとは?」


「君がこの世界に帰還した日だ。勇者を召喚した、セイマン帝国という例外はあるが。異界門を潜り、この世界に戻ったのだろう?」


「質問を質問で返すことをお許し下さい。この国の帰還人と、帝国の勇者。この2つは、やはり明確に違うものなのですか?」



「当たり前だ。違うもなにも、あの人外な魔力量からして勇者は常人ではない。下手をすれば、一国の師団に匹敵するものだぞ。

 しかも勇者は、高度なレアスキルであるギフト――。一人一つが限界のスキルを、いくつも身に着けている。それだけでも厄介なのに、挙げ句には自分で、別のスキルへ改竄・改変が可能ときている。彼の口からその自慢話を聞いた時……背筋が凍ったよ。

 一人の人間に、あらゆる能力を背負わせた存在――言わば、邪帝の理想を余すことなく積み込んだ、帝国版帰還人というところかな。

 意図的か、無意識かは知らんが、これ見よがしに魔力がドロドロと溢れ出ている。君もそれに気がついただろう?」



「アスモデ・ウッサー。申し訳ありません。実のところ私は、この世界に来たばかりなもので。魔力や魔法をまだ感じ取れず、正確な認知ができないのです」



「――なに?! じゃあなにか? 魔力を感じ取れない体質なのか?」


「はい。私に見えないものが、他の人には見えているようです」


「もし君の言うことが本当なら、圧倒的不利な状況にも関わらず、あれだけの善戦を繰り広げたことになるぞ」


「恐縮です。自分としても、無我夢中で――」


「君もまた、あの勇者と同じで規格外だな。実におもしろい男だ。

 あぁ、いろいろとすまない。話がズレてしまったな。疲れているところ、長々と立ち話をさせてすまなかった。

 話の最後に訊かせてほしい。それでいつ頃だ? 異界門を通じて、この世界に帰還したのは?」


「三日前です」


「そうか。ありがとうジーニアス。私はその言葉を聞きたかった(、、、、、、、、、、、)



 アスモデ・ウッサーはジーニアスから視線を外すことなく、手を挙げ、どこかに合図を送る。


 するとジーニアスに向って、なにかが放たれた。


――光の輪。


 目を見張るほどの美しさを持つ、金色の光輪だった。それは放物線を描きながら、宙を舞う。


 まるで指輪を親指で弾き飛ばしたかのように、光の輪は、くるくると回転しながらジーニアスへと向かっていく。そして輪投げの輪ように、ジーニアスにすっぽりと収まる。すると、その輪は一気に収束する(、、、、、、、)

 金色に輝くリングは、魔力によって構成された拘束魔法だった。


 その光の輪は、一つだけではない。


 鬼兎騎士団 お抱えの魔導師たちが、アスモデの指示に合わせ、光の輪を次々と放っていく。それはジーニアスの腹部、脚、肩に纏わり付き、彼の身動きを完全に封じた。


 ジーニアスは拘束から逃れようと もがくが、相手は魔法である。彼に為す術はなかった。


 倒れたジーニアスに、アスモデが歩み寄る。そして彼が犯した間違いを指摘した。
 


「ジーニアス、惜しかったな。帰還人に発行されるのは、滞在許可証だ。いきなり市民証を与えることは、ほぼありえん」


「待ってくれ。話を――」



 ジーニアスは訳を話そうとするが、アスモデはそれを許さなかった。発言を遮るほどの鋭い視線で、彼の言葉を捻じ伏せつつ、話を続ける。


「――それと三日前、たしかに異界門は開いた。だが誰も、この世界に戻っては来なかったのだよ。

 情報の本質を捉えず、上辺だけで見ているからそうなる。自分にとって都合の良い情報ほど疑えと、学校で習わなかったのか? やれやれ、セイマン帝国の諜報員も、なんとも質が下がったものだ。

 それとも……あのゼノ・オルディオスとかいう偽者(まおう)の飼い犬か? だとしたら、お前たちの演劇に 一杯喰わされたな。あれは実に名演技だったぞ。ジーニアス・クレイドル」



 ジーニアスは誤解をとくため、嘘をついた事を謝罪し、自分の所属と目的を明かそうとする。疑惑を払拭させるのは、それしか手がなかった。


 しかし彼女にすべてを打ち明けるのは、危険な賭けである。易々と口外して良い情報ではない。


 アスモデ・ウッサーが、信用できる存在か不明。そもそも信用してもらえるだけの器量や、知識、理解力があるのかさえも分からない。『意味不明だ』と切り捨てられでもすれば、いたずらに手の内を明かしただけで終わる。それこそまさに、最悪のケースだ。



 だがもはや、すべてを語るしかなかった。


 ルーシーにさえ語れなかった、ジーニアスがここにいる理由を――。




 だがそんな彼を、唐突な眠気が誘う。それは立ったまま眠ってしまうほどの、強烈なものだった。疲労からくる眠気ではない。これもまた、ジーニアスの身動きを封じるための魔法だった。


 ジーニアスの目はうつろい、姿勢はふらつく。そしてとうとう意識を失い、地面に向って倒れ込んでしまう。


 地面に頭がぶつかる寸前で、アスモデが彼を抱きかかえた。
 



 そしてジーニアスを抱きかかえた騎士団長に、隠れていた魔導師たちが歩み寄る。




「上手くいったな。皆、ご苦労だった」


「団長、僭越ながら申し上げます。彼は本当に敵なのですか?」


「分からん。だが、一連の騒動は偶発的なものではない。彼が、なんらかの形で関わっている可能性は、極めて高いだろう」



「ですが彼は! 我々を救うために、必死に戦っていました! あれが演技だとは、とても……」



「――思えない? 私にもそう見えていたよ。

 だが世界には、ああいった輩はいるんだよ。まるで本当に戦っているかのように、死と隣合わせの剣舞を舞う、常識はずれな連中さ。

 とにかく、彼は嘘をつき、なにかを隠そうとしていた。味方と判断するのは時期尚早。どう考えても危険すぎる。今は、すべてを疑って動くべきだ」



 アスモデは、自身の懸念が杞憂で終わることを願う。そしてジーニアスを然るべき場所へ搬送すべく、馬車を用意させる。


 未知なる力を振るい、魔獣を葬り、魔王と対等に肩を並べる男。そんな彼を、断じて野放しにはできなかった。


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