第73話『優しき祈りは、血に染まり――』

文字数 3,164文字



 ジーニアスは駄菓子屋の亭主を見送る。彼の健闘を祈りつつ、手を振り、屋台が見えなくなるまで見守った。



 すると、何者かの気配を感じる――視線。誰かに見られている。


 ジーニアスはその源を探る。




『どこだ? いや、誰が見ている?』




 ナノマシンが機能していれば、すぐさま分かるのだろう。だがそれはないものねだり。今は自分の直感――つまり蓄積した情報による当て推量で、目標を捕捉せねばならない。そのため、ジーニアスは数秒もの時間を有してしまう。


 視線の源――それは、同じ離反者(インサージェント)であるクラウンだった。


 クラウンはジーニアスの視線に気付くと、スッと路地裏へ姿を消す。


 ジーニアスは『これはまずい事になったな……』という顔色へと変わる。



 ジーニアスは二度と還れぬ離反者となってまで、この地に赴いた。その目的は、フェイタウン市民を救うためではない――本来の目的は、ローズの捜索と救助にある。

 だが蓋を開けてみれば、ローズ捜索の進展はなく、手がかりすら掴めぬ有様。

 事の成り行きを見守っていたクラウンからすれば、「ジーニアス。お前は本来の目的を無視して、いったいなにがしたいんだ?」と、小言の一つも言いたくなるだろう。

 事実、クラウンはそんな視線で、ジーニアスを見ていた。



「どう言い訳したものか……」 



 ジーニアスはそんな独り言を呟きつつ、ジャスミンに洋梨の菓子を進呈する。食べたいのは山々だが、今はクラウンを追うのが先決だった。



「ジャスミン、大切な用事を思い出しました。礼として頂いたお菓子を無下にはできません。申し訳ないのですが、私の代わりに食べて頂けませんか?」


「え?! いいの!」


 ジャスミンはジーニアスの気苦労など気付かず、世にも珍しいお菓子を2つも食べれると、目を爛々と輝かせていた。

 名立たる物理学者が目にすれば、卒倒間違い無しであろう梨菓子。重力を無視したその摩訶不思議さは、大人であるジーニアスでさえも 見てて飽きさせない。まだ幼いジャスミンなら、尚更だろう。


 ジーニアスは、『彼女にも、こんな側面があるとは……』と思いつつ、礼を告げ、路地裏に向かって足を進めた。


 その足取りは重い。協力者として手厚く支援をしてもらっているのに、その想いに未だ応えられていない。



 思えば すべての始まりは、クラウンからの接触――それがきっかけだった。



 ある日、唐突に緊急回線が開き、音声ログが送られてきたのだ。





『私の名はクラウン。

 ローズが漂着した可能性のある時空を発見した。

 それは、ビジターのテクノロジーでは認識できない、未知の……そして未開の領域。そして彼女が踏み入ったあの空間――ロストディメンション。その広大な空域の中に、彼女は囚われている。

 ジーニアス・クレイドル。

 君に問おう。

――離反者となり、二度と帰れる者と化してまで、ローズを救う覚悟はあるか?』





 最初はいたずらか、もしくは誤送信とも考えた。

 しかしどちらも有り得ないものだ。

 なぜならビジターは、こんなヒューマンエラーを犯さないし、いたずらをするほどの人間味もない。

――そもそもこのチャンネルを知っているのは、ビジターだけである。


 なにかの罠?


 だがそれなら、ローズやロストディメンションという単語をわざわざ使う理由はなんだ? より現実味と焦燥感を煽らせる、罠へ誘導しやすい単語は他にいくらでもある。


 クラウンとの出逢いは、そんな疑念からだった。


 それが次第に信頼へ、そして今のような関係になるまで、そう時間を有さなかった。


 ローズの帰還は、ビジターに発展を齎す。二人の考えはまったく一緒であり、意気投合したのだ。


 オービタルフレームの長距離航行技術は始まりに過ぎない。

 ロストディメンションには、フェイタウンを始めとした、未観測の世界が無数にある――すべての時空を観測していると確信していたビジター。そんな彼らにとって、この事実は間違いなく、様々な分野に衝撃を齎すだろう。


 これ以上発展する領域はないとされていた時空観測において、新たなパラダイムシフトが起きるのだ。その震撼 度合いは、想像に難くない


 すべてはビジターの未来のため。


 そのために、自らが礎となる覚悟を決めた、同じ目標を目指す同志。それが、ジーニアスとクラウンの関係だった。

 
 ジーニアスは裏路地へと足を踏み入れる。


 この地域は区画整理が進んでおらず、入り組んでおり、階段などの起伏がある。避難区域に指定されているため、人気は一切ない。――つまり密談には、もってこいの場所だった。

 
 しばらく進むと、階段を登り終えた場所で、見下ろすような形でクラウンが立っていた。街灯に照らされた姿は、まるで舞台の上でスポットライトを浴びた、役者のようである。
 


「クレイドル、私が言いたいことは……分かっているな?」


 少し離れた場所から、ジーニアスは叫ぶ。


「クラウン。どうか話を聞いてくれ。もしもローズが魔法によるなんらかの要素で囚われ、隔離されているのなら、ビジターの技術では太刀打ちできない。手も足も出せないんだ。だからこそ、現地協力者――彼らの助けが必要なのだ」


「だから彼らの信頼を得るために、ゼノ・オルディオスと戦う――と? 相手は魔法とやらの不確定要素で攻撃してくる、未知の存在だぞ。それこそ、現地の住人に対応を任せるべきだろう。わざわざ君が矢面に立ち、危険を晒してまで行うものではない。本来の目的を思い出すべきだ」


「忘れているとでも?」


「言ったはずだ。両方は選べない――と。

 ローズをとるか、それともルーシーをとるか。

 君も言っていたじゃないか。“ 安易に信じるな ” “ 疑うことを忘れるな ”――と。

 私もかつて、信頼していた者達に裏切られた過去がある。

 この世界の現地住人が裏切らないと、どうして断言できる? 勘か? それとも新たに身に着けた、魔法とやらの恩恵なのか? 私のように、騙されてからでは遅すぎる。本作戦に、失敗は許されんのだ」


「クラウン。私の答えは一つだ。君も言ってくれたじゃないか、正しい事を成せ(、、、、、、、)と。だから私は――」



 ジーニアスは、横の小路から飛び出してきた子供とぶつかる。ローブ姿にフードで顔を隠した子供。ジーニアスを避けるでもなく、俯いたまま、まるで突進するかのようにドスッ!と衝突したのだ。


「おっと?!」


 ジーニアスは驚きつつも、少年を倒れないよう全身で受け止める。彼はこの時、急いでいて ぶつかったのだろうとしか、思っていなかった。


「大丈夫か? ――……ん?」


 するとジーニアスは不自然な感触を抱く。まるでお湯でもかけられたように、なんだか生暖かいのだ。右手でその箇所に触れ、感触の正体を探る。


 それは血だった。


 ジーニアスは遅れてやって来た激痛に顔を歪めながら、少年のフードを掴み、急いで引き下ろした。



 誰だ? ナイフを突き刺したこの少年は、誰なんだ? 

 ゼノ・オルディオスが送り込んだ刺客? 

 それそもセイマン帝国の雇った暗殺者?

 それとも別の――


 暗くなる意識の中で見た、襲撃者の正体。


 それを目にしたジーニアスは、目の前の存在に恐怖し、戦慄する――そして痛みすら感じるほどの悪寒に襲われながらも、困惑を混ぜ合わせた瞳で、彼の名を(、、、、)口にしていた。



「ポポル?! ど、どうして君が―――……」



 それは別人や他人の空似でもない。間違いなく、ジーニアスがあの時に救えなかった、ポポルだった。


 なぜ彼がここに? いったいなにが起こって――


 ジーニアスの意識はそこで止まる。失血性ショックにより、彼の意識は強制的にシャットダウンされたのだ。


 そのまま力を失い、ジーニアスは路地裏にドサリと倒れる。




「ジーニアス!!」



 そんな叫び声が響き渡る。 


 しかしその声が、ジーニアスに届くことはなかった。


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