第104話『跳べ!  シャドーヴォルダー!!』

文字数 4,191文字



 ルーシーの姿が金色の光に包まれる。刹那、髪が黄金色に染まり、瞳が蒼く輝いた。


 スケアクロウを覆い尽くしている翡翠の侵略者(Emerald.Amber.Raider.)。その結晶群に異変が現れる――



 まるで現在から過去へ時間が遡るように、結晶がみるみる収縮していく。無機物であるにも関わらず、その姿はさながら、死に怯えた小動物のように小刻みに震えていた。


 スケアクロウは機を逃さず、飛び込み前転(ローリング)で結晶の檻から脱出した。


 彼はローリングし終えると、自身に結晶が付着していないかを確認しながら、ルーシーに礼を言う。



「ふぅッ!! あっぶねぇ助かったァ!! ルーシー、君に一つ どデカい貸しができたな」

「スケアクロウさん、それよりも早く脱出を!!」

「お、おう、そうだな! エイプ脱出だ! 二人を連れて別の場所で合流しよう!!」


 スケアクロウは通信機を用い、エイプリンクスに無事を報せつつ、 エリア101 戦術情報センター放棄を宣言した。


 ルーシーの反撃がよほど堪えたのだろう。翡翠の侵略者(Emerald.Amber.Raider.)はしばし痙攣し、光を胎動させる。そして息を吹き返したかのように荒々しく光を発光させると、なりふり構わない暴食を開始した。


 結晶たちの強欲な宴。

 それから逃れるため、エイプリンクス、エリシア、リゼの三人は装輪装甲車へと退避。

 ルーシーとミーア。そしてスケアクロウとミスターストライプは、エイプ達とは別の方向に向かって駆け出す。

 彼らと合流したいが、結晶によって行く手を阻むまれ、完全に分断されてしまった。もはや別々に安全な区域を迂回し、再度合流するほうが安全かつ、適切だった。


 ルーシーが走りながら、スケアクロウに具申する。


「スケアクロウさん! このままではビジターのホーム全域が結晶に呑まれてしまいます! 汚染されたこの区画を、別の次元へ切り離しましょう!」


 スケアクロウがエリシアに説明していた、万が一の秘策――区画の抹消。 最悪の事態を想定して用意されていた切り札。まさに今、それを使うべきだった。


 だがスケアクロウには、ある一つの懸念があった――時間である。


「その案には賛成だが、実行手順を説明している時間がない!」

「え? 説明? その必要はありません。だって、ほら――」



 ルーシーはそう言いながら、自分の頭を指先でトントンと叩く。そのジェスチャーの意味は、すでに知っている事を表していた。


 彼女がホロテーブルを修復する際、この区画に関するすべての内部情報を解析し、脳内に入手していたのだ。


 安全装置の解除から作動方法まで、そのすべてのマニュアルが、ルーシーの脳内に存在している。


 それに気付いたスケアクロウは、『いらぬ心配だったね』と笑みを浮かべた。彼女は区画のすべてを網羅している――だからこそ作業分担に当たって、区画抹消の任を担うに相応しかった。


「よし! ルーシーは翡翠の侵略者を! 俺はコアユニット回収作業に向かう! ああ、それとコレ(、、)!」


 スケアクロウはルーシーに、ヘッドセットを投げ渡す。


「通信機器は必要だろ? そのヘッドセットは、合流地点の表示や脅威査定、敵味方識別、最適ルートの算出も行ってくれる優れモノだ」


「助かります!」


「それとちょいと荷物になるけど、ミスターストライプも連れて行ってくれ。彼はきっと、役に立つ」



 そうこうしていると、二人はT字路に突き当たる。



「それじゃルーシー、ここで一旦お別れだな」

「はい。翡翠の侵略者の件、任せてください」

「自爆装置を解除してからでも、いいんだぞ」

「事は一分一秒でも無駄にできません。被害者が出てしまう前に、ここで ケリをつけます!」

「くれぐれも無理はするな。それじゃ! 合流ポイントで落ち合おう!」


 そう言い残し、スケアクロウはコアユニット回収へと向かう。

 ルーシーも彼とは別方向へ走り、階段を駆け上がって区画コントロールセンターへと向かった。
 



           ◇




全長13.5メートル、全幅6メートル、全高4.5メートル。平均的な装甲車の約二倍近いサイズを誇る、無骨な猛牛――



 物資搬入口で静かに佇んでいる シャドーヴォルダー。その大型車輌に、エイプリンクスが駆け寄る。彼は操縦席側のハッチを上げて乗り込むと、エンジンと火器管制装置を作動させながら、後方に向かって叫んだ。



「エリシア! リゼ! 乗り込んだか?!」

「は、ハイ! 大丈夫ですエイプリンクスさん! リゼも私も無事に乗り込みました!!」

「二人ともシートベルトを! 急発進するから、舌を噛まないよう気をつけるんだ! 行くぞ!!」


 エイプリンクスがシャドーヴォルダーを急発進させようとした時――異変が起こる。



 バスンッ!! キュルルルルル……



 突如エンジンの息吹が弱々しいものになり、その駆動を停止した。

 この状況でのトラブルはマズい。さすがのエイプリンクスも焦りを隠しきれず、


「おいおいおい! よせよせよせ!! この状況でそれはないだろ!! ホラー映画のお約束展開じゃあるまいし!!」


 なんとかしてエンジンを再起動させようとする。しかし、頻繁にエンストするポンコツ車のように、エンジンがまるで動かない。


「時間がないっていう、こんな時にぃ!」



 彼の焦燥感を煽るように、未だ警告アナウンスが施設全体に流れており、それが装甲車内部にまで届いている。


 それをBGMに、エイプリンクスはエンジンを掛け直していた―――が、ついに懸念が現実のものとなる。物理的なタイムリミットが姿を現したのだ。

――翡翠の侵略者である。

 結晶が、ブラストドアをゆっくりと引き裂く。その裂け目から侵食をジワジワと広げ、自らの領土を拡大していく。その速度は時間と共に比例し、速度を上げ、装輪装甲車に魔の手を伸ばそうとしていた。


 視察窓を覗いたエリシアが、それに気付き、悲鳴混じりな声を上げた。


「エイプリンクスさん! けけけ、結晶が! 結晶がこっちに来てますぅ!!」

「なに?! もう追いつかれたのか!?」

「この鉄馬車を放棄して、えれべーたー で逃げましょう!」

「仕方ない! みんな、装甲車から降りるんだ! 車輌を放棄して斜行エレベーターに退避を――」


 後方に座っていたリゼが、いつの間にか操縦席を覗き込んでいた。困惑するエイプリンクスを他所に、タコメーターと燃料計の間を見つめる。そして「ここね……」と呟きながら、そっと指を置く。

 そして妖麗かつ気品のある声で、彼に こう告げたのである。


「もう一度やってみなさい。これで ちゃんと動くから――」


 断じて聞き間違いなどではない。明らかにリゼの幼い容姿と不釣り合いな “ 声 ” が発せられた。

 エイプリンクスは、それについて言及したかった。が、エリシアの「どうして降りないんですか?!」という声が、それを留まらせた。今、優先すべきことは、謎の解明ではない。一刻も脱出することである。

 リゼの言葉を信じ、エイプリンクスは祈るような気持ちで、イグニッションスイッチを押した。


 ブオォオォオォンッ!!!


 先程まで拗ねいたのが嘘のように、シャドーヴォルダーは鋼鉄の唸り声を上げた。


 その咆哮を耳にしたエイプリンクスは、エリシアとリゼに席へ座るよう再度促す。


 「よし! 脱出するぞ!!」


 キュルルルルルルルル!!!!!!


 タイヤの白煙――そしてゴムの焦げる臭いを放ちながら、シャドーヴォルダーは走り出す。

 大型装輪装甲車がエレベーターに向かって、減速することなく、勢いをさらに加速させる。斜行エレベーター左の壁から結晶群が溢れ出し、エレベーターの制御ユニットを侵食していたのだ。

 エイプリンクスは覚悟を決め、アクセルをさらに踏み込む。



「もうエレベーターは使えない…… こうなったら、やるしかないか!!」



 シャドーヴォルダーは転落防止フェンスを乱雑に突き破る。そしてエレベーター下の傾斜した場所を、直に登り始めたのだ。

 エイプリンクスはギアを入れ直し、トルクを上げながら坂道を爆走する。

 しかし問題が発生していた。

 シャドーヴォルダーが爆走するその場所は、本来エレベーターの通るものであり、車輌の通るべき道ではない。

 分かりきった話だが、行き着いた先に致命的な問題がある。エレベーターユニットの全高と同じ高さの段差が、シャドーヴォルダーに立ち塞がっていたのだ。

 それを乗り越えない限り、脱出はできない。

 エイプリンクスは次第に見えてきた段差を確認すると、エリシアとリゼに向かって叫んだ。


「エリシア! リゼ! 力を貸してくれ! 君たちの座っている座席の取っ手があるだろ?」


 エリシアは席の両脇にあった取っ手を目にしながら、彼に質問する。


「この線がエメラルド色に光っている部分……ですよね?」

「ああそうだ! そこに手を置いて、合図したら魔力を全力で注いでくれ!!」

「――え? は、ハイッ!!」


 エリシアは「なぜそんなことを?」と質問したがったが、きっとこれが脱出に必要なのだと悟り、エイプリンクスを信じた。


 シャドーヴォルダーに、越えるべき難関が迫って来る。エイプリンクスはハンドルに力を込めながら、タイミングを見定めて、合図を送った。



「―――今だ!!」



 エリシアとリゼ。二人の魔力が注がれ、それが魔導機関へと伝わる。



キィイイィイイイィイイイッ!!!!



 魔導機関がガスタービンエンジンのような、甲高い唸り声を轟かす。


 その魔力が、シャドーヴォルダー各所に搭載されたアポジモーターへと行き渡り、七色の火を吹く。元々これは、低重力下における姿勢制御用ユニットである。だがそれを、段差を乗り越えるための跳躍用(ジャンプ)として使用したのだ。


 巨大装輪装甲車の下部が爆炎に包まれ、車輌は跳び上がる。そして装甲車の姿勢を制御するため、様々な場所から、魔力を帯びた推進剤が吹き出す。


 シャドーヴォルダーは計算通り、目的地へと着地した。


 わずか数秒の出来事。その衝撃はほとんどない。


 着地する間際ですらも、電算機の自動姿勢制御によってアポジモーターが機能し、見事なソフトランディングを実現したのだ。


 これにはエイプリンクスも、感極まって声を上げてしまう。

 わずか数秒で思いついた即席案が、完璧なまでに成功したのだ。



「おほぉおぉ!! よッシャァ!!!」



 装甲車はギアチェンジしてさらなに加速する。そして無事、セクター9のBF-D33から脱出したのだった。



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