第96話『生者が、この世を去ってしまった人へ できること』

文字数 6,014文字



          ◇



――17分後  エリア101 戦術情報センター ホロテーブル前


 ブリーフィングを終えたルーシーが、緊張した面持ちで、自分の手を見つめていた。彼女はホロテーブル前に置かれていた椅子に座り、神妙な面持ちで佇んていた。


 そんな彼女に、スケアクロウが声をかける。


「ルーシー、大丈夫かい?」


「あ! すみません、スケアクロウさん……」


「その様子だと、なにか悩み事?」


「やっぱり顔に出ちゃってますね、ごめんなさい」


「謝る必要はないさ。それよりも、君自身の持つ その “ 能力 ” 。その件で……悩んでいるんじゃないか?」



「――――ッ?!」



 ルーシーは絶句し、視線を手からスケアクロウに移す。その目にはまざまざと『心を読んだの?!』と書かれていた。

 スケアクロウは『怖がらせてごめんね』と、さらに優しい口調でこう述べる。


「念のため言わせてもらうが、心を読んだわけじゃない。ただその、あれだ。なんとなく――――いいや、嘘は……良くないな。

 ジーニアスの好きな古典的な手法、演繹的推論さ。置かれている立場。ルーシーの心理状況や境遇など、様々な点から逆算し、この答えを導き出したんだ。

 さらに言わせてもらえば、その能力で……なにか……間違いを犯しそうになったか。それとも、それ(、、)をしてしまったか――」


「すごい……まるで心の中を読んでいるみたい」


 スケアクロウは、ルーシーと対面する形で椅子を置き、彼女の心の闇と向かい合うかのように座る。



 彼は黙って、ルーシーが打ち明けるのを待つ。




「この能力で……私……失われた命を再構築しようとしたんです。

 一匹の野良猫さんとお友達になって、その子が馬車に轢かれてしまって……。

 事故の後、初めて知ったんです。その野良猫さんは、街の各所――いろんな所で愛されていた。みんなにとって大事な、大事な存在だったことを。」


「ルーシーは、その猫さんを―――」


「ああでも! それはしませんでした!」


「どうして?」



「迷いました。すっごくすっごく迷ったんです! 

 もう息はしていない。血だらけで、おそらく即死だった。――でも! でも、ぐったりとしていた猫さんには、まだ温かみがあったんです!!

 だから私、あの時 思ったんです……

 今ならまだ間に合う! そして、あの力を使おうとしたのだけれど……――」



 ルーシーは目に涙を浮かべ、顔を横に振る。あの時 抱いてしまった、優しく、身勝手で、あまりに邪悪な想いを振り払うために。



「――できなかった。

 死んだ者の命を、自分の都合や、ましてや優しさという免罪符によって言い訳してまで、蘇らせてはならない。

 死を生へと塗り替えてしまうのは、上から下へ流れるべき川の流れを、逆流させるに等しい。すべての生命――命ある者への冒涜。

 死は、覆しようのない絶対的なものであるからこその “ 死 ” 。 あの揺るぎなき黒色は、どんな色にも染め直してはいけないの……」



 その言葉に、スケアクロウは彼女をフォローするのを忘れて、素直に関心してしまう。



「すごいな……土壇場で、悪魔の囁きを振り解いたのか」


「理性が、それは超えてはならない一線であることを報せ、私のことを間一髪で止めてくれたんだと想います。

 でも……

 それでも私、後悔したんですよ。

 猫さんを弔った後も、何度も何度も後悔して、悩みに悩んで、悲しんで、苦しんで……」


「後悔して当然だ。君の様子から察するに、誰にもこの悩みを打ち明けてなかっただろ? ジーニアスにさえ……」


「怖くて……誰にも話してません。エリシアちゃんは、私の能力を、ただ壊れたものを修復できる程度にしか、思っていないようですが――」


 そう言いながら、ルーシーはエリシアを見る。


 エリシアはホロテーブルをいじり倒しているリゼを止めようと、悪戦苦闘していた。ルーシーとスケアクロウの視線に気付いたエリシアは、「ごめんなさい!すぐやめさせますから!!」と二人に向かって謝りながら叫ぶ。


 スケアクロウは優しい笑顔で、「リゼの好きにさせていいから。ただ壊さないでね」とアドバイスしつつ、視線をルーシーに戻す。



「誰にも話さないで正解だな。

 いくら善人が多いフェイタウンとはいえ、死者蘇生の力なんて知れば、どんな人間でも豹変してしまう。人間関係が壊れるどころの話じゃない。むしろそれだけで済めばラッキーですらある。

 もう二度と逢えない人に、もう一度 逢うことができる。

 人の道を踏み外すには、あまりに充分な理由だ。

 それこそ内に秘めたドス黒い悪臭を放つ悪意もあれば、真っ白な正義に彩られた、純粋な狂気もあろう……。

 死者を蘇らせる力――その力を持つことを、誰にも打ち明けなかった。だからこそなんだよ、ルーシー。それによって君は、君自身と周りの人を、自然と守っていたんだ。


 いいかいルーシー、もしもこの件で誰になにを言われようとも、これだけは忘れないでくれ。


 この件で君が自らを責める必要もなければ、傷つくこともない。なぜなら君は、道徳に沿った正しい判断――決断をしたのだから。

 むしろ俺は、勇気ある君の告白と健闘を、心から称えたい。

 ルーシー、 君が抱えたその苦しみは、壮絶だったはずだ。今まで よく独りでよく耐え、頑張ったね。君は ほんと、ジーニアスの言う通り、ガッツのある すごい()だ」



 スケアクロウから労をねぎらわれ、ルーシーは感謝の言葉を返そうとする――だがその時、彼女はある異変に気付く。スケアクロウは泣いていたのだ。


 それを見てしまったルーシーは、胸に過った疑問を思わず口にしてしまう。



「スケアクロウさんは、死者を蘇らせたいと思ったことは、ありますか?」



 スケアクロウは、思わぬ質問に驚いていたが、気分を害する様子もなく、少し寂しげな様子でこう答えた。


「ああ……あるとも。あの悲劇をなかったことにできるのならと……何度思ったことか……」


 彼はそう言いながら、アームスリングで下げられた左腕を、労るように撫でた。


「ルーシー、言っておくが俺だけじゃないよ。

 エイプリンクやミスターストライプにも、それ(、、)はある。

 それこそ、すべてを犠牲にしてでも蘇らせてほしいと、心の内では思っているはずだ。だが俺も、彼らも、思いはすれど、それを実行に移すことはない。

 なぜだと思う?

 無意味だからだよ。

 道徳的観点を無視し、例え死者を完全な状態で蘇らせても、その時起こった死という事実・事象は変わらない。

 殺めた。

 見殺しにした。

 助けられなかった。

 それらの改変など、到底不可能だからだ。故に後悔しないよう、道を踏み外さないようにして、慎重に歩み続けなければならないんだ……」



 スケアクロウは椅子から立ち上がると。場と自分の緊張を解きほぐすように、背筋を伸ばしたり、足首や肩を回しながら話を続ける。



「まぁ、散々偉そうなこと言ったけど、そもそも論として、死んだ人間を蘇らせても大抵、ろくなことにならねぇ。いろいろそういった結末を見てきたが、どれも酷く、悍ましく、凄惨な末路ばかりだった。

 ルーシーも言っていたけど、死の色を別の色に塗り替えようとしても、どうせ汚ったねぇ色になるのが、ド定番のオチだろうさ。


 悲しいかな、死とは絶対的かつ、誰しも訪れる平等なる終焉。

 亡くなったのなら、その人を(たっと)び、心から弔ふ。

 生者として、この世を去ってしまった人へできることは……そのぐらいさ。


 いいや、それだけでも充分……充分なんだ。きっとあの世に居る人達にも、想いは届いているし、喜んでくれるはずだ。

 
 そして今は、目の前にある救える命や、守るべき大切なものへ目を向けないと。それこそ、亡くなった人に顔向けできなくなってしまう。ね?」


 スケアクロウはルーシーにそう言い終えると、視線をホロディスプレイに移す。ホロディスプレイには、結晶に覆われた機械の鳥が映っていた。

 ルーシーも彼の視線に誘われるように、光の胎動を刻む結晶体を見る。そして目に見える難題に対し、身を引き締めた表情で、しっかりと頷いた。


「はい」


 ルーシーはホロモニターを見つめながらも、心の中で、フェイタウンに残した友人たちと、ジーニアスを想っていた。





 そんな二人を他所に、リゼがホロテーブルを操作して映像を切り替えてしまう。彼女はなんとなくで検索ワードを入力しつつ、様々な世界を盗み見ていた。そしてある世界を目にし、「むむむ!」と眉間にシワを寄せる。


「ん? ……――おッ? ぁあ? あ! パクリだぁ! パクリぃ!」


 その言葉に何事かとエリシアが尋ねる。


「パクリパクリって、どうしたの? リゼ、そんなに叫んだら、他の人の迷惑になるでしょ? 奇異の目で見られちゃうよ?」


「だってねだってね、あの船! 私の名前を勝手に使ってるの! 許せない!!」


 投影された立体映像には、海上で砲火を放つ超巨大戦艦の姿があった。ホロテーブルは詳細な観測データを、次々に表示させる――


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 全長約620メートル

 排水量790,000t

 主兵装 50口径56センチ三連装主砲 三基

 艦名『XENO ORUDIOS』

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 エリシアがその艦名を目にした途端、血相を変えてリゼにこう話しかけた。

「えーと、あなたのお名前は?」

「ふえ? リゼはリゼだよ?」

「じゃあ、あの大きな船のお名前は?」

「ゼノ・オルディオス! ……あれ? え? わたし……――」


 リゼの瞳から光が消え、エリシアを見ているはずなのに、どこか遠くを見ているような視線になってしまう。

 このままではいけない! 直感的にそう感じたエリシアは、彼女の意識を呼び戻そうと揺さぶった。彼女自身、どうしてその決断に至ったのか分からない。ただリゼの精神が消えてしまうかもしれないという、漠然とした恐怖からだったかもしれない。

 エリシアはリゼの名を呼びながら、前後に何度も揺さぶった。


「違うでしょ! リゼはリゼでしょ! ほらしっかりして!! 意識をちゃんと保って!!」

「あわわ?! お、お姉ちゃん! ちょ! あ!?」

「ほらリゼ! アイスだよアイス! さっき食べたいって言ってたよね! アイスいっぱい食べて元気出そ! ね!!」

 エリシアは手近にあったクーラーボックスからアイスを取り出し、それをリゼの
口へ、しこたま詰め込んでいく。


「ふごご?! ふぉ姉ちゃ! ふご?! ま、待ッ! そんなに食べりゃにゃ――ふぉごぉ! おぉぼぉ! ふぉふぁおぉおおおおッ!!!!」



 ピキィ―――――ンッ



 リゼの脳天に衝撃が走る――三叉神経の刺激され、冷たさの電気信号が痛みと誤報したのだ。アイス飽食によるキーンとする脳天直撃痛。それと過度な揺さぶりによってリゼは白目を向き、「もうだめ」とギブアップ宣言してしまう。


 見かねたスケアクロウが「どうどう」と馬を宥めるように制止に入る。


「エリシア、もう大丈夫だから。リゼの口はクーラーボックスじゃないんだよ。ほら、もうリゼの意識は戻ってきたから。そうだよね? リゼ?」


「んぎぃイイぃイイッ!!!」



 スケアクロウの問いかけに対し、リゼは不快感MAXの表情で睨みつけてしまう。彼女としては、ただでさえ頭がキーンとして痛いのに、魔族の臭いがする男に心配されても嬉しくなく、それどころか不愉快の極みだった。


 さすがのスケアクロウも、『近寄るんじゃねぇ!』という幼女の気迫に押され、「ななな、なんでもないですぅ~ 失礼しました~」と、尻尾を巻いて退散する。


 スケアクロウはルーシーとのすれ違う際、『あ! そうだ忘れてた』といった顔で、あることを告げた。



「事後報告になって申し訳ないんだけど、ルーシー、君から預かっている懐中時計とジーニアスの手帳、あとでちゃんと返すからね。んじゃ、また後で!」


「え?!」


 それらを預けた覚えのないルーシーは、腰のポーチを探った。


 彼の言う通り、ポーチから手帳と懐中時計2つは、忽然と消えている。


 ルーシーは盗られたと思いそうになったが、それならなぜ、わざわざ奪ったことを報告したのか? と、心の中で首を傾げる。黙っていれば気付かれなくて済んだのだし、この時点で報告する必要性も、メリットもない。ただこうして、疑念を抱かせてしまうだけだ。


 ルーシーは、なんとなくではあったが、わざわざそのことを報せたのは、『どうか心配はしないでね、大丈夫だから』という、彼の優しさと気遣い――善意から来るものだと、ほのかに感じた。







 スケアクロウは短い階段を上がり、エイプリンクスとミスターストライプが居る戦術情報センターと上がる。そしてモニターを確認するフリをしながら、スケアクロウは耳打ちする。


「エイプ、懐中時計と手帳は?」


 エイプリンクスはルーシーとエリシアに聞かれていないかを確認し、小声でこう答えた。


「ジーニアスの指示通り、懐中時計は破棄した。手帳からは、必要な情報は抜き出している。すでに製造に着手。あと46ナノクリックもすれば、デュプリケーターで試作されたものが、手元に届くはずだ」


「残るは……敵の出方しだいってところか。シナリオ通り事が進むことを祈ろう」


「特異て――いや、スケアクロウ、本当に これでよかったのか?」


「よかったのか? なんだよ、含みのあるその言い方は?」


「手帳と懐中時計を返すって、ルーシーと約束しただろ? それにジーニアス・クレイドルだって、信用に値するかどうか……ルーシーの手前、敢えて言わなかったが、彼だって疑わしいんだぞ。彼こそが、斃すべき敵という危険性だって――」


「おっとエイプ、そこまでだ。今はジーニアスを信じ、異世界から持ち込まれた情報と、個人デスクへ送信されていた情報の齟齬を確認する。

 彼に対する信頼性の精査はそれからだ。

 それと懐中時計は、離反者となったジーニアス用に調整した、新バージョンを用意する。手帳だって情報を抜き出したら、無害化して ちゃんと返す。ルーシーが手にするのは、メモがとれるただの手帳(、、、、、)だ」


「スケアクロウ、つまり 騙すより……騙されろ――か?」


「エイプ、話が分かるな。そういうことだ」


「ええい! どうなっても知らないからな!」


 エイプリンクスは思わず声が大きくなりそうになるが、無理やり小声にしつつ忠告する。

 スケアクロウは『重々承知』といった視線で、エイプリンクスの肩をポンポンと優しく叩いた。


「それじゃエイプリンクス、後を頼んだ」


 エイプリンクスは肩をすくめつつ、腹を括った。


「まったく…… こうなったら『なるようになれ』、だ。どうせこの命は、君に救われたもの。すでに失われたものだと思って、万全を期して挑ませてもらおう!」


「その意気だエイプリンクス! 頼りにしているよ!!」


 スケアクロウはそうエールを送りつつ、ミスターストライプとハイタッチし、部屋を後にした。

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