第94話『名前は、勢いで選ぶことなかれ』
文字数 3,164文字
包帯の男、エイプリンクス、ミスターストライプの三人は、動揺を隠しきれず、互いの顔を見る。
「エイプリンクス……エリア101の
「『手順書その1』とか、『初心者用入門講座』といった意味だ。我々にとっての馴染み深いものであり、かつ 本作戦において、ベストチョイスなネーミングと自負している。――てか、“ アーク ” ってなんだ! 君は……たしか仏教徒だったはずだぞ!」
「エイプ! 俺が仏教徒だからと言って
「たしかに駄目ではないが……。君の作戦報告書を読んだが、ネーミングにいささか偏りがあるように感じる。西洋文化に憧れか、自らの文化にコンプレックスを持っているのか?」
包帯まみれの男は、エイプリンクスが行っていた “ エアクオーツ ” のボディーランゲージを真似しつつ、そうではないと否定した。
「西洋的な名前を多用するのは、エイプやストライプが馴染みやすいように “ チョイス ” しただけさ。そもそも熱心に作戦報告書を読むなんて、ビジターを除けば、君たちくらいだろう」
二人の会話の間に、意気揚々とミスターストライプが割り込み、嬉しそうな口ぶりで告げる。
「じゃあじゃあ! 折衷案で、おいらの『羅生門』で良いかな?」
その言葉に、包帯の男とエイプリンクスは即答却下した。
「「いや、それだけは絶対にない!」」
ミスターストライプはそのような言葉が返ってくるとは思わず、悲しそうな瞳で落胆する。
「そ、そんなぁ……」
「そんな――って。そもそも、なんでそんなネーミングを選んだんだ?」
「だってエイプ! 『羅生門』 って、発音や漢字の形に至るまで、なんだかカッコいいじゃん!」
包帯まみれの男が、そこはかとなく質問してみる。
「じゃあミスターストライプ、羅生門ってどういう意味だか知っている」
「い、意味?」
「どこの国で、どういった経緯で生まれたか知ってる?」
「し、ししし、知ってらぁ!」
「ほぉ~。では、それを聞かせてもらおう」
「コホン! あー、え~とですね……。羅生門は漢字だから、きっと漢の時代……いや、唐?」
ミスターストライプは、包帯の男の視線とエイプリンクスの顔色を伺いながら、より正解に近づくようチューニングしつつ、曖昧で無難な言葉を用いながら、話を続ける。
「――いいや、元? いや! 隋! 隋だ!
羅生門は隋の国で生まれたんだ! その名が示す通り、えっと……武人を鼓舞するイタリアの凱旋門……的なやつだよ!」
包帯まみれの男は、エイプリンクスに視線を移し、大々的な抜擢を選択した。
「エイプリンクス、エリア101でいこう。気に入った」
「え?! でも君の案は?」
「いや別に、良いんだ。そもそも愛着なかったし、別の作戦の時にでも使うさ」
おいてけぼりを喰らったミスターストライプが、自分の案の採用を諦めきれず、彼らを呼び止めようとする。
「ちょ! 兄貴ぃ! おいらの羅生門はぁ!!」
「ミスターストライプ! 隋に羅生門はないし、そもそも羅生門は芥川龍之介の小説! 文学だよ、文学」
「え? そうなの?」
「そう。なんて言うか、実際に読んでもらうのが一番だが、掻い摘んで言ってしまえば、世の中の残酷さや、虚しさ、そして人の倫理観を問う作品。とてもじゃないが、縁起が悪くて使えません!」
「ご、ごめんよ……おいら名前がカッコよかったから、てっきり良いものだと……怒ってる?」
「怒る? 冗談よしてくれ。君の性格上、悪気があってやったわけじゃないんだ。不快になる理由も、怒る理由もない。さぁ行くよ。
ルーシー! エリシア! いやはや、お待たせして申し訳ない。
そしてようこそ! エリア101へ! 歓迎するよ」
二人はバツが悪そうに、あることを訪ねた。
「あ、あの! リゼが……まだ装甲車の中にいるんですけど」
「一緒に連れて行っちゃだめですか?」
包帯まみれの男は、拘束したまま装甲車に詰め込んだリゼのことを、すっかり忘れており、明らかにその顔は『やっべ、忘れてたわ』といった表情だ。
男はすぐさま笑顔の仮面を被り、「もちろん一緒に行くよ」と答えつつ、装甲車に残した客人を取りに行った。
◇
寂れた廊下を、包帯まみれの男を先頭にして歩く。彼の肩には、拘束具で身動きの取れないリゼが担がれ、その後ろをルーシーとエリシアが歩いている。廊下はいかにも地下施設特有の空気が流れていおり、パイプラインや送電コードが壁や天井に張り巡らされていた。
肩に担がれたリゼが、ぐずりながら不満を口にする。
「リゼ……みんなに忘れられてた……きっといらない子なんだ。嫌われたんだ……」
その言葉に、ルーシーとエリシアはすかさずフォローを入れる。
「そんなことないわよ! ねぇ! エリシアちゃん!」
「そうそう! 敵に追われてたし、みんな大変だったの!」
それでもリゼは納得がいかず、目から涙を流し、益々ぐずる。
それを見かね、包帯の男が慰め合戦に参戦する。
「リゼ、もう暴れたりしないよな?
暴力で解決しようとすれば、それ相応の代償が伴うものだ。
現に今、君はその代償として、自由を奪われてしまっているよね?
時に感情を殺し、ポーカーフェイスで事態を見守るのも大事なんだよ。すれ違いや勘違いで相手の生命を奪っておいて、事後に『すみません、こちらの手違いでした』では、済まないからね」
リゼのぐずりが止まる。
男は『やっといい子になってくれたか?』と思いつつ、リゼを下ろして拘束を解こうする。だが――
「むきぃいいいいいいぃいい!! リゼはわるくないもん! それもこれも! 魔族の臭いがするコイツがいけないの! リゼはわるくない! わるくないもん!!」
駄々っ子。
まるで海から引き揚げた魚のように、リゼは拘束から逃れようと、肩の上でビチビチと跳ねる。
男は動揺しつつ、「うわぁあぁあ?! ちょ! 暴れるなって、危ないから!! 油断も隙もあったもんじゃねぇな!」と、リゼを肩から落とさないよう強く掴む。
そんなリゼに、エリシアはあるものを差し出した。
「リゼリゼ! ほらほらクッキーだよクッキー! おいしそうねぇ~。食べる?」
あれだけ喚いていたのが嘘のように、リゼは満点の笑みで頷いた。
「うん! たべるぅ!!」
まるで山の天候 顔負けのリゼの感情。
包帯まみれの男は、心労気味な溜息を吐く。その顔色は、胃もたれと二日酔いのダブルパンチに襲われているような、なんとも重いものだった。
そんなやり取りをしながら、エリア101の中枢部に辿り着く。
薄暗い部屋。確認できるのはモニターの灯りに照らされたエイプリンクスと、ミスターストライプの顔だけだった。
エイプリンクスは、部屋に入った来た包帯の男に助けを求める。
「見ての通り、また魔導機関の創電能力が安定しない」
「試作機にしては充分 頑張ってるさ。じゃあいつも通り、ホロテーブルを経由して創電機能を安定させるぞ。
総員、所定の位置へ。
カウントダウン5で再起動をかけるぞ。
5、4、3、2、1 ――――
まるで特大のガスタービンエンジンを吹かしたかのような、地を震わす振動が研究所内に響き渡る。
それと同時に、研究所内の照明が一斉に灯り、ホロテーブルが起動した。
ホロテーブルとは、立体映像投影装置である。コンバットオペレーションシステムから、並列世界の観測事象投影など、用途は多岐に及ぶ。
そして研究所のホロテーブルが映し出したものは、とても奇妙で、それでいて美しいものだった。
エリシアはその光景に目を奪われる。
「すごい……綺麗……――」
彼女が息を呑むほどの、その美しいもの。
エリシアの目には、七色に輝きを放つ、半透明な世界樹に見えた。