第76話『 救世主か それとも大罪人か』

文字数 2,837文字



 四脚型のUGVはテイザーの出力を微調節し、尋問に適した状態を維持する。


 特異点は立ち上がる気力すらなく、全身の筋肉が痙攣し、肩で息をするので精一杯だった。


 そんな彼に、レオナは自身の思いを語りながら、秘めていた想いを、そして憎悪を語り出す。

 

『統計観測機構はあの事件をきっかけに、特異点――あなたを、インターネサインの演算を超越した存在(イレギュラー) 旧世代の言葉で例えるのなら、救世主、英雄、勇者といったところでしょうか。

 すべてを観測し、発生から終息までを予測できる自律発展型演算装置……――インターネサイン。

 旧世代の文化でなぞらえるのなら、父であり、母のような存在。まぁあなた達にとっては、神のように感じるでしょう。なにせその未来予測は正確で、外れることはありえないのだから……。


 しかし、そのありえない事が起きてしまった。

 演算値を大きく上回る事態に陥り、未曾有の被害を被ってしまったの。


 D.E.A(DIMENSION. ERROR. ARTIFACT)保管施設。その区画で深刻なミーム汚染が発生した。施設は他の区画への汚染を防ぐため、強制的にロックダウン。しかし同時に、外部からの操作をいっさい受け付けなくなってしまった。


 未来を完全に予測できる演算装置が、この事件を――悲劇を予測できなかった。


 何者かによる、外部からの攻撃を……――。


 予測不能な事態(イレギュラーリバウンド)


 しかし結果的に、この事件は一人の生存者によって、終焉を迎える事となる。

 インターネサインの予測を上回り、たった一人で事件を収めたその男――ビジターは要注意不確定要素(レジェンド・イレギュラー)だの、特異点(D.E.A‐56)だの、身の丈に不釣り合いかつ大袈裟な称号を与えた。


 だが、だがしかし――


 別の見方をすればこうも見えないかしら?


 そもそも攻撃は外部からではなく、内部から実行されたのではないか?


 D.E.A保管施設で発生したミーム汚染は、特異点――つまりD.E.A‐0056の手によって、施設内部から意図的に引き起こされた。


 つまりは……なにもかもが最初から、特異点による自作自演だった。


 どういう小細工を使ったのかは不明だが、それはインターネサインの目すらも欺き、ビジターも真実に辿り着けなかった。


 あの事件の生存者が、あなただけだった。それは、事件の真実を知っていた目撃者を、口封じに排除したため。


 私の家族(コミュニティ)同僚(チーム)は、他でもない、あなたの手で命を絶たれた……


 特異点――教えて頂けないでしょうか。


 私の家族を……妹を殺した時、お前の胸になにを抱いた?

 罪悪感?

 いいえ、そうではないでしょう。やはり高揚感と満足感? カタルシス?

 我々を騙し、特別扱いされて、さぞ甘い優越感に酔いしれたことでしょう。良い御身分ですね。特異点』


 テイザーが一時的にオフになる。それが意味することは、『さぁ、今こそあの時の真実を語ってもらいましょう』という無言の圧力。



 特異点は痙攣する体を酷使し、心の内を吐き出すように叫ぶ。



「前にも……言ったはずだ…… その時の記憶はない! 記憶喪失なんだよ! だから俺にも分からないんだ! あの時、そこでなにが起こり、なぜ俺だけが生き残ったのかを!!」


『なんとも都合の良い 言い訳ね――と言いたいが、ああ、知っている……知っているのよ。

 あなたのカルテは拝見したし、脳をスキャニングした結果、完全に記憶が消し去れられているのも確認している。

 あなたは嘘をついていない。

 それはビジターの科学力によって、しっかりと裏付けがされている』



「なら、なぜ?!」



『なぜ? あなたは特異点(イレギュラー)なのよ。忘れたの? イレギュラーがイレギュラーたる所以は、我々の予測値を大きく上回るから。

 科学の粋を極めたあのカルテも脳のスキャニング結果も、なんらかの不確定要素によって改竄され、正常な数値を出力できなかった。

 我々の認知できない、あなたが使えるお得意の不確定要素――魔法とやらかしら?

つまり我々ビジターも、インターネサインも、今も君の手の中で踊らされている。違う?』



 その言葉に、特異点は怒りと悲しみを宿した瞳で、力強く立ち上がる。



「イレギュラー……か。前々から思っていたが、レオナ――」



『誰が立って良いと言いましたか。跪きなさい』



 テイザーの高圧電流が、再び特異点を襲う。

 しかし彼は歯を食いしばりながらもそれに耐え、四脚型のUGVに向かって走り出す。そしてタックルをかまし、懐へと肉薄した。体当たりした衝撃で、特異点からテイザーガジェットが外れる。


 四脚型のUGVは再びテイザー弾を発射しようとするが、攻撃モジュール――アームの内側にいるため、撃つことができない。あまりにも近すぎるのだ。


 四脚型のUGVは特異点を引き剥がすため、テイザーではなくプラズマ弾を放ち、威嚇射撃を行う。



 特異点は たじろぐどころか「それを待っていたんだ!」と、アームにしがみつき、射線を無理やり、ある方向へと向けさせる。



 弾痕が床の上を走る。



 そしてプラズマ弾が、特異点が床に置いていた通信機を貫く――通信機が粉々になったその瞬間。眩く、七色の神々しい光が解き放たれる。

 その光に四脚型のUGVが包まれた途端、まるでEMP攻撃でも受けたかのように、機能不全を誘発し、スパークしながらその場で項垂れる。


 通信機の中で使用されていた魔光石――高純度・高濃度の魔力が内封された結晶。それが破壊された途端、空間上に膨大な魔力が放出されたのだ。




 ジーニアスのスーツ――その創電機能を奪った時と同じく、魔力(、、)が四脚型のUGVの回路を焼き切ったのである。




 四脚型のUGVは回路を焼き切られながらも、無事な回路を繋ぎ合わせて復旧させようとする。しかし損傷具合が思ったより激しく、ソフトウェアの奮闘虚しく、リカバリーは不完全に終わった。


 特異点が味わった痙攣地獄を真似するかのように、四脚型のUGVは小刻みに震える。しかしノイズ混じりではあるが、なんとか音声システムは再起動させることに成功した。


『ザザザッ! ……ジジッ! ……ザザザ なにが起こった? またヤツの不確定要素なの?!』


 四脚型のUGVを操作しているレオナは、なにが起こったのか分からず狼狽えている。もちろん口調そのものは、ビジター特有の無機質さはある。だが、ほんの少し――微かではあるが、言葉の抑揚に狼狽の色が滲んでいた。


 レオナは警告とも、宣戦布告とも思える言葉を、投げつける。



『おのれイレギュラー(予期せぬ変異体)。我々ビジターの世界は、お前らの旧世代で語られていた、愚昧な “ オーウェリアン ” ではない。必ずや、必ずや然るべき裁きを――――ザザザ、ジジジジ、 妹の ジジ……レイ ザザッ! ブン…………――ブツンッ! 』



 特異点は物悲しい視線で、四脚型のUGVのメインセンサーを見下ろす。そして、聞こえているかどうかは不明だが、その奥にいるレオナに向け、こう語りかける。



「レオナ……お前も充分イレギュラー(予期せぬ変異体)だよ。ビジターがインターネサインを疑うなど……普通は、思いつくことすらないのだから」
 


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み