第91話『息を潜める装甲車』

文字数 2,527文字



           ◆




「え?! じゃあ この子が!  あのゼノ・オルディオスだって言うの?!」




 装甲車の車内―― ルーシーは驚きの眼で、エリシアにそう訪ねてしまう。

 無理もない、彼女は知らなかったのだ。エリシアとゼノ・オルディオス――いや、リゼが辿った過酷なる道のりを……。



 エリシアは、船の上で起こった出来事を思い出しながらも、神妙な面持ちでコクリと頷いた。


 ルーシーもまた悲しげな瞳で、彼女の心が傷つかないよう、そっと、優しく問いかける。




「……ごめんなさい、今まで気づいてあげれなくて。エリシアちゃん、一人で全部抱え込んで……辛かったよね?」


「いいえ全然! 私のほうこそ、気を使わせてしまって申し訳ありません! 故郷を焼かれた時と比べれば、こんなの全然平気。へっちゃらですから!」

 


―—そんなわけがない。



 命の恩人であり、衣 食 住 を与えたばかりか、社会的補償までしていた枢機卿。心の支えであり、敬愛していた男——だがその男こそが、エリシアから土着の文化や信仰を剥奪し、人生を狂わせた元凶だった。


 理不尽で残酷な結末。そんな渦中に放り投げ出されて尚、エリシアは笑顔を絶やすことなく、『こんなの』と、笑顔を見せている。


 人は嘘をつく生き物だ。

 ある時は自分のために、

 そしてある時は他者のために、その身が滅ぶことになろうとも、嘘をつくのだ。


 ルーシーは 無言でエリシアを引き寄せると、彼女を抱きしめ、赤子をあやすように背中をポンポンと叩いた。仲間に裏切られたエリシア、そんな彼女の心に届く最善の手段――それは言葉ではなく、行動であると ルーシーは判断したのだ。



 精一杯の慰め。



 エリシアは不思議な懐かしさを覚えつつ、目頭が熱くなる。ただ、ここで泣き出してしまうと周りの人々に迷惑をかけてしまう。場の空気を尊重し、目に涙を浮かべながらも笑顔を繕う。



 その様子を見守っていた包帯まみれの男。彼は、二人に聞こえないような小さな声で「強い子たちだ……」と呟く。



「――さて、そのままで良いから、話を続けさせてもらうよ。先に話していた、ジーニアスの臓器ストックなんだけど、幸い、まだ破棄はされていない。統計観測機構の友人に頼んで、我々の研究施設に到着する予定だ」



「あの……そのような権限を持たれているということは、貴方は……ビジター?」


「え? そんな風に見える? 彼らみたいに、こう、なんていうか……無機質なロボットみたいな喋り方で、心をどこかに置き忘れたような感じ?」


「ああ いえ、そのように指摘したつもりは。もし気分を害されたのなら謝罪を―—」


「いやいや! なにも責めているわけじゃないさ。こうした生活(、、、、、、)をしていると、どこか “ 人間味 ” というものを忘れそうになるんでね。普通と異常——いいや、非日常というべきか。その境が、どうにも曖昧になりがちなんだよ。

 ルーシーはもう気付いているだろうけど、我々はビジターではない」



  男の目配せに、ルーシーは頷く。そして彼が言おうとしていた言葉を、口にする。



「D.E.A――Dimension・Error・Artifact」



 先に言い当てられ、包帯まみれの男は目を丸くしつつ拍手を贈る。



「おっと、これはこれは。まさしくその通りだよ、ルーシーさん。

 さすがはジーニアスが見込んだ娘だ。話の飲み込みが早くて助かるよ。

 現地協力者のマニュアルにも記載されていたであろう、D.E.Aにカテゴライズされている存在だ 。

 掻い摘んで言ってしまえば、その世界にとって在り得ない物(ディメンション・エラー・アーティファクト)—— 例えば 剣と魔法のファンタジーの世界に、なんの脈略もなく装甲車や戦闘機、プロトン砲や反応炉が存在していたら、荒唐無稽で不自然だろ?

 誰かが異世界から持ち込んだのならまだしも、ある日突然家の前や畑にポツンと顕現する―—その世界の技術レベルからしても、ナンセンスで、有り得ない。


 つまり我々D.E.A は、そういった不自然の極み(、、、、、、)さ。


 その世界を歪め、その世界のテクノロジーから逸脱した異能現象や、異物。


 進化の袋小路で躓いている、ビジター。そんな彼らにとって、そういった “ 異物 ” は、不確定要素と同じように研究対象であり、手厚く保護すべき対象。それらD.E.A を解析し、新たな領域に踏み入るため布石——その要となるのが、我々なんだ。


 あ、言い忘れてた。


 ついでだけど、今、装甲車を運転しているエイプリンクスも、まだナンバリングされてないが、D.E.A だよ」



 その言葉を耳にし、エリシアは反射的に こう呟いてしまった。



「エイプ……リンクス? あのお猿さんのこと?」



 エリシアは自身の失言に気付き、自身の手で口を覆いながら「あ! ご、ごご! ごめんなさい!!」と平謝りする。


 エイプリンクスは気分を害するどころか、笑いながらこう返した。


「ハハハッ! そうだよ、そのお猿さんが私だ。これからよろしく頼む」


 エリシアは「は、はい。よ、よろしくです……」と、申し訳なさそうに呟いた。





 キキィイイイイイィイイ―――――ッ!!





 甲高いブレーキ音と共に、装甲車が急停止した。

 車内に短い悲鳴と戸惑う声が入り混じる。


 包帯まみれの男が、機敏な反応速度で態勢を立て直すと、運転室に向かって叫ぶ。


「どうした?!」

「前方から例のUGVが接近! 邂逅まで56ナノクリック!」

「エイプリンクス、魔導機関出力最大! ぶつけ本番になっちまったが、モード・インビジブルでやり過ごすぞ!

 ルーシー、エリシア、よく聞いて! 私が許可を出すまで、なるべく音を立てないで。いいかい。見つかったらすべて終わりだ。君たちは密入者として拘束され、二度と元の世界に帰れなくなる」


 鬼気迫るその言葉に、二人もまた深刻な表情で頷いた。


 魔導機関によって魔力が創生され、装甲車の表面にコーティングされていく。その光沢が周囲の景色と同化し、装甲車の陰影と存在を消していった……


 しかし無人機であるボルドガルドは、速度を増し、装甲車に向かって速度をあげる。



 緊張した様子で、視察窓からその様子を確認したエイプリンクスと包帯の男。そしてルーシーとエリシアもまた、彼らと同じように固唾を飲んで見守った。



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