第30話『その話、ちょっと待った!』

文字数 2,795文字




 フェイタウンの市庁舎内も、外と同じく人の往来が激しかった。

 しかし外とは違い、鬼兎騎士団や予備役兵といった面々が比較的多い。その理由は、この市庁舎に臨時の復興支援本部が設けられたからだ。



 この場所を主軸に、各部署へ命令が伝達される。



 避難場所の受入れ人数や、火災の状況。または混乱に乗じた暴動や窃盗などの情報が、この司令本部である、この市庁舎に集約されるのだ。


 幸いそういった騒動は起きていないが、その前兆――いや、混乱の芽となる事件が発生した。


 セイマン国の亜人たちによる、混乱に乗じた布教活動だ。市民からの早期通報により、幸いにも何事もなく収まった。

 現在、騎士団長が直々に指揮をとる、亜人保護部隊が対処している。今頃アスモデ・ウッサーによる、世にも珍しい顔の引きつった営業スマイルが披露されているだろう。


 それも、情報の一本化による恩恵だ。指揮系統が混在せず、現場の兵士や救助部隊が混乱する事はない。何故なら、下される命令はこの市庁舎からのみ。加えて命令が驚くほど適切であり、現場は上官や他の部署と板挟みになることもないのだ。


 そしてこの中央玄関ホールが、統括指揮を行っている復興支援本部である。



 この場所は正面玄関であるが、舞踏会も開けるほど広い。その広さが功を奏し、多くの人員・種族が行き来しても問題ないほどの余裕があった。



 陣頭指揮をとるのは、市長の補佐官。そして助言役として、漁業組合のレヴィ・アータンと、迎賓館の執事ベールゼン・ブッファ、酒場の主人であるアーモンが就き、サポートしている。


 レヴィは海からの支援を、ベールゼンはこの島に来訪した客人への礼節とお饗しの補佐を。ご意見番としても名高く、顔の広いアーモンは その他の――彼ら、彼女らの預かり知らぬ事柄に関して、アドバイスしている。



 山場は去り、事態は収束に向っていた。



 残る問題は被災者の救助と、創世の魔王を名乗るゼノ・オルディオスに関してである。



 このままフェイタウンに市民を残すか、別の場所に避難させるのかの、重要な選択だ。



 たった一日で万単位の市民を、一気に街の外へ移動させるのは困難を極める。体に新たな生命を宿した女性や、歩くのが困難な老人。療養中の患者もいるのだ。加えて今回の戦火で怪我をした市民もいる。さすがに街の放棄という大規模訓練まではしていない。どのような想定外な事が起きても、今回のように柔軟な対応はできないのだ。


 だが迷っている時間ですら惜しい。もし市民を移動させるのならば、今から行うしかないからだ。街が戦場になるのなら、必ずや、今以上の被害を負うことになる。――それは誰もが思う懸念だった。


 不幸中の幸いにも、敵は自らの優位性を示すためか、時間を与えた。

 彼女の言葉に偽りがないとすれば、一日と半の猶予がある。フェイタウンを収める者に、決断の時が迫ろうとしていた。


 そして市民から選ばれたフェイタウンの責任者が、中央玄関に現れる。サーティンだ。彼はギロピタの入った袋を抱え、執務室がある二階へと上がる。その際に彼は、マーモンとレヴィ、ベールゼンへと目配せをする。


 三人はそれがなにを意味するのかを悟り、階段を上がっていくサーティンに頷いてみせた。
 

 サーティンは執務室のドアを開け、ジーニアスとルーシーを招き入れる。


「さぁ中に入ってくれ。本来なら応接間に案内したいが、今、あそこは臨時の託児所兼、迷子の預かり所となっている。すまないね」


 ジーニアスは問題ないと、サーティンをフォローする。


「いいえ問題はありません。美しい装飾が施された椅子に、豪華な銀食器。このような文化的価値の高いものが見れて、気分が高揚します」


「それはよかった。私としては質素なほうがいいんだかね。市長という肩書ぎなのに、地味な椅子に地味な食器だと、格好がつかないんだよ。おかげでこっちは、執務室が落ち着かない場所になってしまってねぇ。いやはやまったく、笑える話だろ?」


「お気持ちお察しします。交渉する上で相手に優位性を示し、主導権を握るためには、自身の好みに関わらず、こういった無言の圧力も必要――ということですね。装飾のきめ細かさや美しさ、名工すらも唸らせる逸品は、国力の象徴とも言えますので」


「おやおや、どうやら君には、こういったハッタリは効かんようだね。ああもちろん! 君に圧力をかけるために、この執務室に招き入れたのではないよ。本当に、ココでしか内密な話ができないのでね」


 内密な話――その言葉の真相を探ろうとしたジーニアスだったが、まるで代弁するかのようにルーシーが訪ねてしまう。


「内密? 誰にも言えないことって意味ですか? だとしたら、いったいなにを?」


「うむ。ジーニアス・クレイドル君。ローズさんの捜索には全面的に協力する。これは市長として、そしてサーティン個人としての約束だ。その代わりに……今一度、魔王ゼノ・オルディオスを戦ってほしい」



 ジーニアスが率直に尋ねる。



「交換条件ですか?」



「安心してほしい。これは強制ではないし、君に拒否権はある。だが現状、魔獣を斃し、ゼノ・オルディオスと対等に戦ったのは君だけだ――そして一番の問題は、あの魔王は根に持つタイプだ。地の果てまで逃げようが、必ず追って報復してくるだろう」


「先にお話した通り、我々ビジターは異なる世界を、往来する能力があります。魔法を使えば、我々の行っているような時空転移も可能と?」


「まさか。彼女にそこまでの知恵も技術もないよ。だが仮に、君が別の世界に逃げたとしよう。その後、報復の矛先は誰に向けられると思う? 我々フェイタウン市民だ。私は……ただ、それを防ぎたいだけだ」


 言葉を詰まらせるサーティンに、ジーニアスは『そのような意図はなかった』と説明する


「すまない。私が圧力をかけるような物言いになってしまった。私はただ、ゼノ・オルディオスに時空間を移動する術があるのか、それを訊きたかっただけだ。例え交換条件を提示されても、こちらとしては、初めから手を貸すつもりだった。

 それにもう私は……観測者ではない。

 この世界に住む人と同じ、当事者だ。だからとは言わない。だが到底、あの女のする事や、子供じみた難癖を見過ごすことはできない!」


 今まで淡々とした口調だったジーニアス。しかし話の半ばから感情の籠もった口調へと変わる。それは言葉の選別にも現れ、静かな怒りを宿していた。


 サーティンは優しい笑みでその言葉を受取り、感謝する。彼は待ち望んでいた言葉を耳にすることができたのだ。



「ありがとう……ありがとう! ジーニアス君!! 異世界からの来訪者であるにも関わらず! 我々に手を貸してくれるなんて――」




「待て! その話 私が預かる!!」




 突如、執務室のドアが開かれ、何者かが待ったをかける。――それは異界門の前にいた、あの甲冑の少女だった。 



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