第35話『希望は地下で華咲く』

文字数 3,524文字

 

 ルーシーとサーティンは観覧席にいた。



 観覧席と言っても娯楽用ではなく、腰をかける椅子は、とても簡素な作りである。あくまで国防関係者が腰を下ろして休む、必要最低限のもの。市庁舎のように、外交的意味合いを持つ、綺羅びやかさは一切必要のない。なぜならここは、身内(、、)だけが使用する施設だからだ。



 そもそも なぜ地下に、このような巨大訓練場が設けられているのか? それは空からの偵察を警戒しての事だ。



 オルガン島は、海に囲まれた島国である。そして この島の魔力故なのか、それとも妖精の加護が働いているのか。ある条件が揃うと、沖合いの波が荒れ、大気も極めて不安定になる。


 常に荒れているわけではない。


 普段は晴天であり、波も静かで穏やか。現にオルガン島の漁師たちは、遠くの沖合いまで漁に出ている。しかし、他国の船――とりわけ、竜騎兵が艦載可能な大型船が近づくと、状況が一変する。


 侵入者を阻むが如く、島に近づく船を、荒れ狂う波が襲うのだ。そして竜騎兵で空から侵入しようものなら、稲妻と横なぶりの乱気流に見舞われてしまう。『帰れ』と言わんばかりに。


 そんな話を聞いた帰還人は、これを『まるで自動迎撃システムだな』と揶揄していた。もちろんそれは冗談で言ったことだが、こうも続くと偶発的とは考え辛い。



 セイマン帝国を始めとする多くの国々が、オルガン島攻略に失敗している。



 まるで島の意思によって生み出された気象の障壁――それに阻まれ、戦う前から大きな損害を被り、侵攻を断念していった。中には荒れ狂う海でなにかと誤認したのか、『巨大な海獣(リヴァイアサン)を見た!』と泣き叫ぶ兵士まで現れる始末。帰路につく頃には指揮は急降下の一途を辿った。


 そして国々の重臣たちが、密かにこんなことを口にするようになった。『やはりオルガン島には、なにか(、、、)がある』――と。



 そこまで恐れられるからこそだろうか。もしくは怖いもの見たさなのか。この国の秘密を探ろうとする者は、後を絶たない。



 雷雨を抜け、オルガン島に強行偵察をした事例は、数件だが確認されいる。

 現にアータン漁港には、見事 荒れ狂う嵐を乗り越え、接岸を果たした セイマン国の最新鋭艦が鎮座している。そして甲板の発着場には、勇者専用の竜騎兵(ドラゴン)が翼を休めているのだ。


――つまり、オルガン島への飛行偵察は もはや不可能ではない。


 とくに空からの強行偵察は、国を守る上で最優先で対処しなければならない事案の一つだ。


 国防における機密の露呈は、敵国に手札を見せるようなもの。

 フェイタウンの切り札が晒されれば、勝てる戦いにも勝てなくなり、外交的にも不利になる。それを未然に防ぎ、訓練や魔導実験を密かに行える場所。それを可能とする施設こそ、この地下訓練場なのだ。

 

 その巨大な地下宮殿の中。観覧席から、心配そうに見守るルーシーがいた。


 ジーニアスは時空を越え、様々な世界を見てきた男である。だがしかし魔法だけは、このフェイタウンにおいて初めて触れたものだった。

 そんな彼にとって未知数の塊である、その魔法を身につけようとしている。だからこそルーシーも、どこか緊張感に苛まれ、祈るような気持ちを抑えられなかった。



「ジーニアスさん……」



 そんな彼女に、市長のサーティンが話しかける。


「大丈夫さ。ヴェルフィは教えるのが上手だ。きっと彼女の影響だろうな」

「彼女って……もしかして薬局のレミーさん」

「その口調だと、ルーシーお嬢様もご存知で?」


「それはもう! 絨毯織の工場でも、二人はお似合いのカップルってもっぱらの評判ですもの!」


「ハハハッ! 年頃の女の子は、恋愛話が大好物ですからな! あの二人には、なんとしても幸せになってもらわねばなりません。オルガン島――しいてはこの世界の未来を担う、架け橋となるために……」


「この世界の未来だなんて大袈裟な……って思ったけど、神出鬼没のヴェルフィ・コイルさんに、様々な病を治療する薬剤師のレミー・マルタン。あの二人なら、世界も救っちゃいそう」


「うむ、違いないですな」



 そんな談笑する二人に、ベールゼンが声をかける。



「ルーシーお嬢様、小腹が空きませんか? 飲み物とお菓子を用意したのですが」

「ベールゼン! 嬉しいありがとう!」

「いえいえ。市庁舎の近くに出店がありましてね。その不思議さに惹かれて思わず買ってしまいました!」


「不思議さ? すごく気になる! どういうものかしら?」


「さぁ、御覧くださいお嬢様! 梨菓子を包む、この摩訶不思議な液体を! なんでも亭主の話では、妖精の自然魔法よって液体が落ちることなく、食べながらにして喉を潤すことのできる画期的な新商品! まさにこれぞ、オルガン島独自のお菓子と言えましょう!」


 それを見た市長も、「こいつは驚いた」と感服した様子で梨菓子を眺める。


「ほほぉ~。妖精の力をこのように使うとは、考えたものだな。妖精はオルガン島独自の固有種であり、このフェイタウンの歴史よりも長き歴史を持つ種族。ベールゼンの言う通り、このような菓子は、ここでしか食べられない」


「島の特産品として外国の方々に振る舞えば、さぞかし驚くでしょう。市長のぶんも買ってきましたよ。レヴィもいかがです?」


 サーティン市長の影に隠れていたレヴィ・アータン。彼女は嬉しそうな表情で梨菓子を受け取ると、パァと晴れ渡る太陽のような笑顔で食べ始めた。被災による仕事詰めで、腹を満たす余裕もなかったのだ。


 市長も梨菓子を食す。


 程よい甘さが口の中に広がり、旨さと同時に、どこか安心感を与えてくれるものだった。こういう時だからこそ、贅沢品である甘味のありがたさを、ひしひしと感じる。普段は当たり前のように食べられるものも、有事となれば呆気なく滞ってしまうものだ。


 ゼノ・オルディオスとの戦いが長引けば、自分だけでなく、多くの市民がこの味から遠のいてしまう。


 市長は梨菓子を食べながら、訓練場にいる希望の胤を見つめる。


 まだ芽が出始めたばかりではあるが、あの二人がこのフェイタウンを救う希望の華となる――市長サーティンは、それを確信し、二人へ熱き眼差しを注ぐ。今の彼にとって、開花するであろう二人の力だけが、フェイタウンを救う最後の切り札だった。



 そんな市長の横で、嬉しそうに梨菓子を見つめるルーシーがいた。


 ベールゼンは心配そうな表情で、ルーシーに声をかける。



「お嬢様? 梨菓子は、お気に召しませんでしたでしょうか? 私としては見かけだけでなく、その味の優しさに惹かれたのです。とっても、とっても美味しいんですよ!」


「優しい味……か。一流シェフの資格を持つ、ベーゼンが言うのなら、出店の亭主もきっと喜んでくれるはずよ」


「事実、これはとても美味しいですから。しいて難点をあげるのなら、まだ名前がないことくらいでしょうか。亭主によると、なんでも『二人で考えたお菓子だから、彼女の意見も参考にしたい』――だそうです」


「いけない私ったら……スパイスにかまけて、名前をつけるのを忘れてた」


「えっ?! ちょっと待ってくださいお嬢様! 今ボソッとなんか言いましたよね! まさかその彼女って、ルーシーお嬢様のことですか?!

 またですか! また私の知らぬ間に、屋敷を抜け出していたのですか!

 そもそも厳重に外から鍵をかけておいたのに、いったいどうやって抜け出したんですか?! あの錠前だって、名のある魔導師によって作られた特注品! どんな鍵師でさえ解錠不可能な錠前を、いったいどうやって!」



 その会話に聞き耳を立てていたサーティンは、少し軽蔑を織り交ぜた視線をベールゼンへと向ける。



「ベールゼン。ルーシーお嬢様のお目付け役として、私が君を任命したわけだが。監禁して物理的に箱入り娘にしろと命じた覚えはないぞ」


「市長ぉ! ちょ、ちょっと待ってください! 誤解です! だって、お嬢様ったらご病気なのに、目を離した隙にひょいひょい街に行っちゃうんですよ! 信じられますか! あれだけ『安静を』と釘をさしたのに!」


「メイドを同伴させたり、薬局のレミーに相談するとか方法があったろう。

 お嬢様もお嬢様です。

 万が一の事があれば、ベールゼンが泡を吹いて倒れることは、目に見えているでしょうに。彼の底しれぬ執着にも似た溺愛っぷりは、君が一番よく知っているでしょう? 保護者を心配させるものではありません。皆、君のことを心配し、想っているのだから……」



 市長サーティンに静かに怒られ、ベールゼンとルーシーは梨菓子をモシュモシュ食べながら、申し訳無さそうに項垂れた。


「「はい……すみません」」


 反省する二人を見て、市長は『分かればよろしい』と、納得した様子で微笑んだ。

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