第108話『タイムリミット【Part3】』

文字数 2,564文字



 ルーシーの駆るエアバイク。重力制御ユニットが紫色の光を放ちつつ、起動する。


 ビークルが床から離れた。


 浮遊したのを確認したミスターストライプが、『このまま天井まで浮上させよう』と提案しようとする―――が、ルーシーは思わぬ行動をとる。


 エアバイクのフロント先端を、進行方向である天井へと向けたのだ。そして垂直状態へと移行すると、そのままエアバイクを発進。一気に加速させた。


 まさかのクラウチングスタートに、ミスターストライプは「ぶひゃぁあ?!」と、情けない悲鳴を上げてしまう。

「ごめんなさい、ミスターストライプさん! こっちのほうが速いと思って!」




 天井を抜けた先は、常識を覆すほど巨大な冷却塔。その冷却塔の中に、制御塔が建造されていたのだ。



 ルーシー達は、地下からこのエリアまで上がって来たので、建物の全容を目視するのは、この時 初めてだった。


 すでに制御塔は結晶に覆われている。


 そしてルーシー達は目撃した。先程 脱出した天井のハッチが、今まさに、結晶に呑み込まれていく瞬間を……


 ミスターストライプは、恐怖に慄く声で呟いた。


「あ、危なかった。 あと数秒遅ければ……」


 しかしルーシー達に、安堵している猶予はない。すでにタイムリミットは3分を切っている。残り2分57秒以内に、この区画から脱出せねばならない。


 ルーシーはエアバイクの速度を上げ、別の区画へ繋がっているブラストドアに向かう。

 ミスターストライプのハッキングによって、ブラストドアの多重装甲防壁が開放される。まるでルーシー達を導くように、回転灯が黄色い輝きを放ち、退路の存在を誇示していた。

 エアバイクは刹那、その黄色いライトに照らされながら、完全に開ききっていないブラストドアの隙間を、潜り抜ける。



 高さ136m 横幅200m の連絡橋 トンネルを彷彿とさせる閉鎖的な空間を、エアバイクは高速で飛翔する――



 速度増加に合わせ、エアバイクのモーフィング・トランスシステムが作動した。流線的なフォルムが、より鋭いものへと変わっていく。バイクに跨っているルーシーも、その可変に合わせ、体を前に倒す姿勢へと変わった。



 バイク全体を包み込むように、フォトンレゾナンスフィールドが形成され、空気抵抗が抑制される。それにより、エアバイクの速度が爆発的に増大した。



 このまま順調に行けば、間に合う。


 そう思ったのも束の間、最後の最後でとんでもないトラブルが舞い込む。


 ミスターストライプが、『どうしたらいいんだ!』と、慌てふためきながら叫んだ。


「ルーシー大変だ! 他の区画へ通ずる最後のブラストドアが、ひ、開かないんだ!!」


「え?! どうして!」


「わからない! 最後のブラストドアだけ、未知のアルゴリズムでプログラムが組まれている! こんなの見たことない! どうなってんだよコレッ!?」



 ルーシーの脳裏に、クラウンの姿が過る――ここはビジターの世界。そんな中で、こんな芸当ができるのは、彼しかいない。

 おそらくスケアクロウに消される直前に、このような嫌がらせ(、、、、)を仕込んだのだろう。


 ルーシーは冷静な判断で、最善策を導き出す。


「ストライプさん! 最後のブラストドアは、スタンダードモデルですよね?」


「そ、そそ、そうだよ! ビジターのあらゆる場所で使われている、標準的な隔壁扉だ!」
 

「――だったら!!」


 ルーシーはエアバイクの速度を維持したまま、M1ガーランドの木製グリップを握り、ミスターストライプに向かって叫んだ。


「エアバイクのコントロールをお願いします!」


「なにをする気?!」


「扉のコントロールパネルを撃ち抜いて、回路をショートさせます! そうすれば開くはずです!」


「コントロールパネルを撃ち抜くだって?! ル、ルーシー! この速度じゃ不可能だ! そもそもライフル弾で撃ち抜いても、確実にショートできるわけじゃないんだよ!!」


「どの道、これ以上速度を落とせば間に合いません! ストライプさん、覚悟を決めて!!」


 臆していたミスターストライプ。だが、ルーシーの決意と覚悟を目にし、消えかかっていた勇気の灯火が、揺るぎない炎と化した。


「わかったよルーシー…… ここまで来れたのも、君のおかげだ。――信じるよ! エアバイクは任せて。君はコントロールパネルの狙撃に集中するんだ!!」

「了解!!」


 ルーシーはM1ガーランドにマウントされている、Steiner T5Xi‐D スナイパースコープを覗き込む。


 エアバイクはミスターストライプの緻密な操作によって、まったく揺れはない。狙撃には最悪のシチュエーションだが、コンディションは最高の状態に保たれていた。


 ルーシーはスコープのレティクルを合わせた。徐々に見えてきた隔壁――その右下にあるターゲットに、狙いを定める。


 有効射程外であるが、ルーシーは銃爪を引く――弾丸はコントロールパネルのど真ん中を撃ち抜く。


 パネルカバーと操作ボタンが吹き飛び、小さな火花が飛び散る。

 しかし回路のショートまでには至らず、扉は沈黙を保ったままだ。


 ルーシーは焦る気持ちを抑えながら、弾丸を放つ。が、その気持ち故か、立て続けに外してしまう。



『焦っちゃ駄目。大丈夫、だいじょうぶ だから……―――』



―――最後の一発。

 ルーシーは、仮想現実(VR)での狙撃訓練を思い出しながら、自分を落ち着かさせる。


 最後の弾丸を放つ瞬間 心の中にジーニアスの顔が浮かぶ。


 そして彼女は、懇願した。


 “ 生きたい! ” 

 “ もう一度、彼に逢いたい! ” 


 その願いと想いを弾丸に込め、銃爪(トリガー)を引いた。


「……… ―――――ッ!」


 轟く銃声。クリップ 排莢による金属音―――


 螺旋を描く願いは、コントロールパネルを撃ち抜き、見事、回路をショートさせる。


 二重構造のブラストドアが、重厚な唸りを上げ、上下と左右へ開き始める。


 エアバイクは限界まで加速し、まだ開ききっていない正方形の穴を、トップスピードで潜り抜けた。



 その直後である――――ルーシー達が数秒前までいた区画は、翡翠の侵略者と共に別の世界へと転移する。自爆装置が発動する前に……



 ビジターの故郷(ホーム)は、結晶による汚染と大規模破壊を免れた。


 そして、その功労者であるルーシーたち。彼女達は任務を全うし、無事に生還したのであった。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み