第90話『その男は、包帯で顔を隠して』

文字数 2,868文字



 巨大な船が旅立つのを見送った二人……



 エリシアは、後方からの物音が気になり、消えてしまった貨物船とは反対側の船渠へと、視線を向けた。



 そこには、巨大な三連装主砲を2基備えた船が、整備されている。


 改装か、それとも建造途中なのかは、エリシアの船舶知識では分かり兼ねた。


 そもそも目の前に聳える巨大船は、エリシアの始めとする異世界の住人にとって、未知の巨大建造物——ただただ、その存在そのものに圧倒されてしまう。


 しかし、金属を切断する甲高い音や、なにか重いものを降ろすような音が、しきりに響いている。


 人の気配が微塵もないのが不自然であったが、少なくとも目の前の巨大船に、なにか(、、、)が施されているのは明らかっだった。


 包帯まみれの男が、興味津々なエリシアに気付き、声をかける。



「排水量72,809トン。

 最大船速は27ノット。

 153,553馬力を誇り、三連装主砲はあらゆる艦船を一撃で葬る、まさしく洋上の要塞。君たちのいる剣と魔法の世界にはない、異形な代物だ」



「洋上の要塞? この大きな建物が、水の上に浮くのですか? でも材質は……見たところ金属……ですよね?」



「金属と金属を繋ぎとめる溶接技術。その技術の進歩によって、荒波でも船の中に水が入らない程の強度を確保できた。それによって、材質が木製ではなく、金属でも浮力を得られるようになったんだ。


 ほら!  縁の深い銀食器の皿を、水の上に放ると、たまに 水の上に皿が浮かんだろするだろ。あれと同じ要領。


 興味あるのなら艦内見学を――と、言いたいが、そんな呑気なことは言っていられないな。ビジターがどこかで目を光らせているかもしれないし、巡回している多脚型UGVも気になる」


 ルーシーは、包帯まみれの男へ振り向くと、『行く宛はあるの?』と訪ねる。


「あの……隠れ家が あるのですか?」


「ビジターから支給されている研究施設はあるが、彼らに所在が知られている以上、胸を張って隠れ家とは言えないな。

 少し話は脱線するが……

 ルーシー。ジーニアスは君のことを、美貌を才能、道徳心と慈愛に満ちた聡明な人――と、評価していた。そんな聡明な君になら、ビジターの目を欺く術、すでに見当がついている だろ?」


 そう言いながら、包帯まみれの男は ほくそ笑む。

 すべてを見透かされているような視線に、ルーシーは反射的に頷いてしまった。現にビジターを欺く手段があるからこそ、このビジターの本拠地へ乗り込むことを決意した――そのことを、包帯の男は見抜いていたのだ。


「なら、隠れ家なんて必要ないさ。悪さをするわけじゃないんだから、コソコソしないで、堂々と、お天道様に向かって背筋を貼って良いんだ。ああでも! 不確定要素(、、、、、)で、ビジターの目を欺くのは忘れずにね」


 悪戯めいた言葉と共に、包帯まみれの男は目を細める。そして肩に載せているリゼを担ぎ直すと、ある方向へ向かって歩き始めた。


「あ! あの! どこへ?!」

「タクシー拾う。 お? 噂をすればなんとやら―― ヘイ タクシー!!」


 それはタクシーと呼ぶにはあまりに攻撃的で、獰猛なフォルムだった。


 全長13.5メートル、全幅6メートル、全高4.5メートル。


 時速100キロで颯爽と登場した装甲車は、エイプリンクスの駆るシャドーヴォルダーだ。

 シャドーヴォルダーは、その巨体に似つかわしくない華麗なドリフトをかまし、ルーシーたちの前で停止した。

 馬車を軽々と越える速度と巨体―― ルーシーは目の前に現れたものが、装輪装甲車という名の乗り物であることを知っていた。

 だが、エリシアはそれを知るはずなく、びっくら仰天。目をまん丸にして、呆然と立ち尽くしてしまう。



 そんな彼女たちをよそに、油圧操作によって下開き式後部ランプが展開する。

 そしてエリシアは、二度目の度肝を抜かれる事となった。



 後部ランプから、白衣を纏った一人の男が降りてくる―—いや、正確には “ 人 ” ではなかった。


 哺乳綱霊長目ヒト科 チンパンジー属に分類される類人猿。


 それもただのチンパンジーではない。アルビノのような白い毛並みに蒼い瞳—— そして腹部には人工臓器が移植され、半透明の人工皮膚に覆われていた。


 白きチンパンジーは装甲車から降りると、焦燥感に駆られているのか、少し捲し立てるような口調で告げる。その言葉の先は、包帯の男だ。



「成功したのは喜ばしいことだが、予定よりも時間が押している。しかも交渉調達局が巡回を強化した」


「あの多脚型UGVか」


「君が破壊した残骸から、いろいろと情報を引き出せたよ。あのUGVの正式名称は、『ボルドガルド』。旧世代で開発された、強襲特化型の無人陸上攻撃機だ」


「ただの再利用(つかいまわし)ってわけじゃないよな……。警戒するに越したことはない。とっとと、ここからズラかるとしますか――」


 包帯まみれの男は、続けてルーシーたちに向かって声をかけ、装輪装甲車に乗車するよう促す。



「積もる話もあるから、話は装甲車の中でしよう。君たちも、知りたいことが山ほどあるだろうし――なにより、ジーニアスの命を救いたい。違うかい?」



 その言葉に、エリシアは『???』と首を傾げる。だがそれと反比例するように、ルーシーは驚きを隠しきれず、思わず疑問の声を上げた。



「ッ?! どうしてそれを! やはり貴方たちは、私達のすべてを――」



「いいや、我々が知っているのは、知っていることだけさ。

 だから空白の部分を会話で補いたい。彼を救うためにも、ね。

 そちらのお嬢さんなんて、いったい何の話か分からず、完全に置いてけぼりじゃないか。皆で腹を割って話そう。情報の共有は、いつの世も大事だ」


 さらに彼女たちに向けて、装甲車の運転席に座ったエイプリンクスが、拡声器越しに背中を押した。



「君たちのために軽い食事や、水も用意してある。とくに水分補給は大切だ。できる時にしておいて、損はない」



 まったくもってその通りだ。とくに、エリシアはリゼを全力で追い回し、喉がカラカラだった。彼女は思い出したかのように「み、水……」と呟くと、フラフラと装甲車へと乗車していく。

 しかしルーシーの足取りは、重かった。未だ心のどこかに、引っ掛かるものがあったからだ。


 彼らを信頼して良いのか、どうかを……


 包帯まみれの男は、優しい口調で問いかける。



「どうしたんだい? ルーシー。もしかして、疑っている?」


「あ、いえ! そんなことは――」


「ルーシー、それで良いんだ。

 ジーニアスも言っていたじゃないか。信頼するのも大切だけど、疑うことも同じくらい大切だよって。

 我々としては、君に気兼ねなく信頼してもらえるよう、最大限に善処する。ただそれだけさ」


 男はそう言いながら、あどけない笑顔を見せつつ、彼女へ手を差し出す。


 なぜかその言葉を聞いた瞬間、ルーシーは直感的に『信頼できる』と感じた。明確な理由はない――しいて挙げるのなら、それは “ 女の勘 ” だった。


 ルーシーは差し出された男の手を掴むと、装輪式装甲車 シャドーヴォルダー へと乗り込んだ。


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