缶入り三十六枚分の謝意を受け取ったこと~②

文字数 1,075文字

「私が大学受験の時期の前くらいまで、奈緒が高校に入る前まではやっていたかな。もちろんちゃんと、コミュニケーションとしての線引きはあって、ルールというか。ゲームのようなものだった。ただ、だんだん逆襲も来るようになって、それも楽しかった」
 なるほど。昔は仲が良かった、というのはこういうことか。
「最後の方は私がやり込められることが多くなったから――」
 強敵を育て上げてしまった、と西川代表は首を振る。ちょっと特殊な兄妹関係ではある。このあたり、奈緒さんの歯切れの悪さが頷ける。それに、奈緒さんの隠密スキルが異様に高いのは、この頃に磨かれたからに違いない。
「私が大学に入ると、奈緒も高校生で年頃だったから、さすがにその遊びはしなくなったよ。私が無笑会に入ったこともある」
「動機は? やはり昔の出来事、ですか?」
「気心の知れた相手以外だと、相変わらず笑いという動作が起きない。なんとかしたい思いはあった。そこに、無笑会の誘いがあった。私にとっては、救いの神だった。まさしく私のために用意された組織だと。活動が楽しかった。今思うと、取り憑かれたように、必要以上に入れ込んでいた」
 遠い目、とはこんな感じだろうか、という西川代表の表情である。
「このへんからは、奈緒からも聞いていると思うけれど――」
 昨年、新人スカウトがうまく行かなかったあたりからの話である。西川代表の語ったことは奈緒さんが言っていた通りであった。
「私の代で五年ぶりの活動再開だったが、実質、会は消滅しかかっていたんだ。今後は形式存続ではなく、ちゃんと活動する会として存続させたい、と思った。でも、どうすればいいのかわからない。しかも、今年になって木島がお笑いの才能に目覚め始めた。焦ったよ。それでついに、あの禁じ手の封印を解いてしまった。するとそれは――私の唯一の笑いの手法、いたずらの分野だったんだ」
 確かに、ドッキリはいたずらを仕掛ける手法である。そして、功をあせった西川代表は、そこに書かれていた禁じ手の完成に傾倒して行った。ターゲットも含めて、全員が笑えるドッキリの手法を確立できたら――自分も開放されるのか? 本当は人を笑わせたいのに、全く面白くない、才能のない自分から――その思いに囚われたのだと。
「私にとっては、予言の書に書かれたお告げそのものだった。会の存続のために、禁じ手とされた技を完成させたかった。会の歴史に名を残したかった。そして、技を完成させれば、トラウマも解消されるような気がして――暴走してしまった」
 西川代表は、ここでため息ついた。
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