闇に潜む怪人を取り押さえたこと~⑤

文字数 1,441文字

 無笑会では禁じ手とされているお笑いの実験――
 かつて、初代メンバーが考案したが、何らかの問題があって封印された企画、それが「ドッキリ」だった。それを西川代表が、絶対に怒られない、誰も不快な思いをしない、仕掛けた方も仕掛けられた方も楽しい、八方丸く収まる新たな技として確立しようとしたのである。木島さんへの対抗意識もあるが、無笑会としての悲願でもあったのだ。
 カジ谷君が真剣に仕掛ける姿と、それに驚いた見知らぬターゲットが最後は笑うのを、陰から「見て」笑う。それが、実験と称した仕掛けの全貌。もちろん、ターゲットには後から西川代表が出て行って説明する。場合によっては謝罪することも想定していた。カジ谷君に真相を知らせなかったのは真剣に演技を行ってリアリティを出す目的のためだ。
 身内だけで笑いを完結させる、という目的で、でも自分は誰も笑わせられず、成果を出しつつある木島さんに嫉妬した西川代表が、カジ谷君をそそのかし、実証実験と称して禁断の術の完成を目論んだ――これが、僕と奈緒さんの「疑問」の答えであり、今回の一連の出来事の真相であった。
「どうして、わかった?」と、西川代表が声を絞り出す。
「きっかけは、集会の時の、西川代表の態度ですよ」
 カジ谷君と遭遇したあの夜も、西川代表は現場に居て、どこかで――あの、角の空き家かもしれないが――見ていたのではないか。そのことを疑ったきっかけは、実験結果の考証で財布のくだりが話題になった時だった。その時の木島さんや奈緒さんの反応と違って、西川代表の言動からは、それを

印象を受けたのだ。特に失言レベルの内容ではなかったにもかかわらず、である。そう思うと西川代表は演技もヘタである。ただ、そのことはずっと気になっていたのだが、理由はわからないままだった。
 真相に気付かせてくれたのはMoonBeamsのマスターの何気ない一言のおかげだ。
『真剣に

姿

――』偶然だと思うけれど、このフレーズで「ドッキリ」の可能性に閃いたのは確かなのだ。
 僕が話し終わると、西川代表は、後ろ手に持っていたプラカードを僕らに向けてかざした。

  お騒がせしています ご協力ありがとうございました。 無笑者の会

 そうか、深川先輩はこれを見たから笑ったんだ。実験は――成功じゃないか!
「そう、だったんですか、西川さん」と言うカジ谷君の問いに、西川代表がきっちり頭を下げた。
「すまなかった。大筋では、そういうことなんだ」
 西川代表によると、やはり禁断の書に書かれていた封印部分には、かつて一般人が激怒する事件を引き起こした、過去のドッキリ実験の事例とその経緯が記されていたのだった。絶対確実な手法さえ確立できたら――そこにはそんな無念の思いも書き込まれていたのである。
 実験を仕掛ける側、と思っていたのが、実は実験対象だった。そういう意味で、西川代表はカジ谷君をだましていたことになる。
「自分の笑わせる能力のなさにコンプレックスがあった。どうしても笑わせたいと。焦っていた。自分を見失っていた。自分の中に迷い込んでいた。でも――」
「あの女性が笑ってくれた瞬間、全部吹っ切れたよ」
 その顔は穏やかで、憑き物が落ちたような印象だった。
 でも、ちょっと待て。今の西川代表の言葉「自分の中に迷い込んでいた」。キーワードがまた出てきたではないか。これはいったい――
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