MoonBeamsの夜、闇の扉が開いたこと~①

文字数 1,163文字

「乾杯!」
 店内の後片付けが終わった後、紗枝さんの持ち込んだ高級ワインで、ささやかな打ち上げがとり行われていた。僕も、実はあまり飲めないのだが、ほぼ安酒の味しか知らないというのも悔しいので「一杯だけ」の参加である。残念ながら、この味が高級かどうかの判断はできなかったのだが。ただ、いい匂いと口当たりが良い感じである、と――
「本当に、すごく緊張しました!」と言う深川先輩の顔が赤い。珍しく酔いが回っている様子である。そういえば、宴会でも、あまり飲んでいるのを見たことがないのだが。
「いや、さすがは百合ちゃん。想像以上のパフォーマンスだったわ」と言って、紗枝さんが空になった深川先輩のグラスを満たす。
「また、是非とも頼むよ」と、マスターがグラスを差し出す。
「はい、こちらこそ」
 チン、とグラスを合わせる。
「では、もう一度乾杯!」
「百合ちゃん、占いのその後はどう? うまく行ってるの?」と、マスターが尋ねるた。
「はい! おかげさまで、私の方はなんとかうまく行きそうな気がしてます」
 どうやら深川先輩も紗枝さんに何か占ってもらったらしい。何を占ってもらったんだろう? 今夜は何だか気になるのである。今までは、あまり気にならなかったことなのであった。もっとも、元々「たまに気分転換に」と言ってたし、紗枝さんの占いを勧めてくれたのは深川先輩だったことだし――
 すると、紗枝さんは、僕の方を見て言う。
「あら、心配することはないわよ。こっちも大丈夫よ。信じて行ってごらん。ね」
 僕には、それが何のことか判らなかったのだが、僕に関してなら、つい先ほど紗枝さんのアドバイスで、問題の根本と思われる事もようやく自覚できたところである。
「はい。信頼してますから」と言って、ほんのりほほを染めた深川先輩が笑う。
 マスターがかけたアルバム「Moon Beams」は二曲目の「Polka Dots and Moonbeams」が始まっていた。一曲目の流れるような速めのテンポとは違って、静かな落ち着いたバラードである。
「今夜にピッタリの曲だわ」と、紗枝さんもご機嫌そうだ。
「それにしてもマスター、このレコードが好きですね」と、深川先輩が壁に立て掛けたアルバム・ジャケットを見ながら言う。「本当、綺麗な絵ですよね。こういう感じの女性が理想なんですか?」
 それは、仰向けに首を逸らせてこちらを見ている金髪の女性の顔なのである。
「いやいや、これは実在するニコって言うモデルさんだよ。歌も歌ってるかな」と、マスターは幾分たじろいだ様子で答えた。深川先輩がいつになく絡み気味なのであった。
 僕も酔っているのかもしれない。普段とはなんだかちょっと違った、嬉しそうな深川先輩の顔を見ているうちに、なんだか眠くなってきたのである。
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